第百二十八話:エルの違和感
「ところで、気になってたんだが」
「どうしたの?」
「エルはどうしたんだ?」
私の育ての親とも言っていいエル。私がこの世界に来てから、ずっとそばにいてくれたエルだけど、今はその姿が見えないことに疑問を持ったのか、アルトがそう聞いてきた。
そう、それは私も思っていた。エルは最近、私に構ってこようとしない。いや、どちらかと言うと、距離を置かれているような感じがする。
例えば、以前私が地球へと向かう際にも、ついてくることはなかった。
以前のエルであれば、私の側にいますとべったりだっただろうし、何なら配信に飛び入り参加してきてもおかしくないくらいだっただろう。
最初に私が地球へ誤って転移してしまった時も、自分の責任だと死すら覚悟していたのに、今回はそれが薄いように感じる。
理由を聞いてみても、いえ、なんでもありませんくらいしか返してくれないので、理由もよくわからない。
まあ、エルにもプライベートな時間があってもいいだろうと今まではそこまで気にしていなかったけど、確かに気になることは気になる。
「さあ、今日も昨日も、家で留守番してるからって来なかったの」
「珍しいこともあるものだ。一応、エルはハクの護衛なんだろう? 離れたらダメなんじゃないか?」
「それはそうだけど……私は護衛と言うよりは、家族って思ってるけどね」
私の親は、地球に残してきた両親と、この世界の両親であるハーフニルとリュミナリアではあるが、エルもまた親と言っても過言ではない。
この世界に転生したばかりの私に物事を教えてくれたのはエルだし、私のことを助けてくれたのもエルである。
今でこそ、強い力を手に入れはしたけど、そうでない時は命がけで私のことを守ってくれたし、エルを失ってしまったら、私は泣き崩れてしまう自信がある。
「何か心当たりはないのか?」
「うーん、特には……」
別に、エルに嫌われるようなことをしたわけではないと思う。
わざわざそんなことしようとも思わないし、仮にしたとしてもエルはその程度は気にしない気もする。
私が心の底からエルを嫌って、もう来ないで、って言ったなら、それを察して近づかない可能性もあるけど、そんなことは絶対にしない。
タイミング的には……二か月くらい前? いや、しばらく地球の方に行っていたから、この世界で言えば半年以上前になるんだろうか? 確か、そのあたりから少しずつよそよそしくなっていった気がする。
無意識のうちに何かしてしまったんだろうか。
「気にするほどのことではないかもしれないが、きちんと話はしておいた方がいいかもしれないな」
「どうして?」
「今なら軽いすれ違いで済むかもしれないが、場合によってはここから深い溝になる可能性もある。ハクだって、エルを手放したくはないんだろう?」
「それは、もちろん」
「ならなおさらだ。もし、ハクに悪いところがあるなら直すように努力する、あちらに悪いところがあるならそれに寄り添う。そうやって関係を深めておいた方がいいと思う」
「うーん、確かに」
今更、私とエルにそんな深い溝があるとは思っていないが、確かにアルトの言う通りではある。
とびっきりの親友だと思っていた相手が、ある日突然裏切ってくる可能性もゼロではない。
人間関係とは曖昧なものだ。とても仲がいいように見えても、ほんの少しの亀裂ですぐに粉々になってしまう時もある。
手放したくないのなら、傷が浅いうちに修復し、より強固な関係を築いておいた方がいいだろう。
「わかった。タイミングを見て、話を聞いてみるよ」
「それがいい。私としても、国としても、ハクとエルが仲違いするなんてことになったら一大事だ」
「そんなことにはならないと思うけどね」
国としては、竜が喧嘩なんてことになったら堪ったものじゃないから、ぜひ解決してほしいって意味もあるんだろうけど、私からしたら大げさだと思う。
まあ、エルの件は気に留めておこう。
「さて、もういい時間だし、お茶会はこの辺りにしておこうか」
「そうだね。誘ってくれてありがとう、アルト」
「いやいや、今後も時間があったら、また参加してほしい」
「うん、喜んで」
時間も時間だったので、お茶会はお開きとなった。
シノノメさんのことも気になるけど、エルのことも気になる。これは、早いところ解決しておきたいところだね。
帰ってみて、タイミングがよさそうなら聞いてみようかな。
そんなことを考えながら、帰路についた。
「お帰りなさい。お茶会はどうだった?」
「楽しかったよ」
家に帰ると、お姉ちゃんが出迎えてくれた。
すでに夕方だし、夕食の準備をしなくちゃと思っていたんだけど、今日はお姉ちゃんがやってくれたらしい。
ちょっと申し訳ないことをしたけど、たまにはお姉ちゃんの料理も悪くない。ここは素直に感謝していただいておこうかな。
「……」
夕食は、みんなで同じテーブルを囲んでするのだけど、ちらりとエルの方を見ていると、ちらちらとこちらを見ているエルの姿があった。
あれは何というか、怯えている? いや、違うな。申し訳ないって感じだろうか。
私の知らないうちに、盛大なミスでもしたんだろうか?
エルがそんなことをするとは思えないし、したらしたですぐに報告しそうなものだけど。
「ねぇ、エル、ちょっといい?」
「は、はい! な、なんでしょう?」
夕食の後、私はエルの部屋へと向かった。
以前は、私と一緒に寝ていたのに、最近になって自分の部屋を欲しがったのも、よく考えれば大きな違和感だった。
私のことを嫌いになった? いや、そんなはずはない。エルが私を嫌いになるはずがない。
でも、だったら理由がわからない。一体エルは、何を隠しているんだろうか?
「私、エルに何かしちゃったかな?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「ほんとに? 明らかに避けてるよね?」
「そ、そんなことは……」
「ううん、避けてる。明らかに、以前より接触の回数が少ないし」
「……」
エルは、額に冷や汗をだらだらとかきながら、あっちこっちに視線を動かしたり、手をわたわたさせたりしている。
明らかに動揺しているって感じだ。
でも逆に、ここまで動揺をあらわにするのも珍しい。エルならば、たとえ腹を突き刺されようが平静を保ちそうなものだけど。
「何かしちゃったなら、言って欲しい。悪いところは直すように努力するから、私を見捨てないで?」
「み、見捨てるなんてとんでもありません! 私はハクお嬢様がどんなことをしようが、決して見捨てはしませんよ!」
そう言って、私の手を包み込むエル。
わかっていたことだけど、忠誠心が薄れたとか、私のことが嫌いになったってわけではないようだ。
では、ますますわからない。なんで避けるのか?
「なら、教えて? なんで避けるの?」
「えっと、それは、ですね……」
目を泳がせるエル。でも、私がじーっとエルのことを見てやったら、観念したのか、小さくため息をついて、こちらに向き直った。
「あの、怒らないでくださいね?」
「怒らないよ。だから、言って?」
「はい。それでは……」
エルから聞かされた内容を頭の中で反芻し、ようやく納得がいった。
まさか、そんな理由だったとは……。
私は安堵半分、驚き半分で小さくため息をついた。
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