第百二十七話:市民証を受け取る
ひとまず、もう夜も遅いし、あんまり家を空けていると心配させてしまうということで、家に戻ることにした。
術に関しては、また後でゆっくりと言うことで、特に明確に時間は決めず、その場の流れに身を任せるという何ともふわっとしたものになってしまったけど、私もシノノメさんも、この術のことを特に大事に扱おうという気がないから仕方ない。
探せばこの術を知りたいって人はたくさんいるだろうけどね。実用性はともかくとして、魂を別の何かに移すことができるというのは、結構な超技術なわけだし。
「さて、とりあえずはこれでシノノメさんもこの国の国民になれましたね」
「うむ。色々協力してくれてありがとうな」
「いえいえ、お姉ちゃんのお師匠様ならこれくらいはさせてください」
翌日。城に向かい、シノノメさんの市民証を受け取った。
結構簡単に作れるんだなと思ったけど、そこは権力でね、とちょっといたずらっぽく笑っていたアルトが少し可愛かった。
いやまあ、あんまり権力を乱用しては欲しくないけどね。でも、使うべきところではどんどん使うべきだとも思う。
結局、強い力もその使い方次第なんだよね。
「ところで、シノノメさん。少し聞きたいことがあるんですけどよろしいですか?」
「なんじゃ?」
市民証を受け取り、そのまましばらく雑談していると、アルトが笑みを浮かべながらそう言ってきた。
この感じ、もしかして怒ってる?
アルトとはもう結構長い付き合いだし、笑顔の裏でどんな感情を持っているかは何となくわかる。
この場合は、多分怒ってるだと思うんだけど、何かしただろうか。
「昨夜、巡回の兵士から報告がありましてね。なんでも、路地裏に少女を連れ込む怪しい人物を見たと」
「ほう、そんな人もいるんじゃな」
「すぐに駆けつけようと思ったそうですが、よく見れば相手がハクだったので、大丈夫かと引き返したようです」
「ふむ? ああ、わしのことを言っとるのか?」
「その通りですよ」
どうやら、昨夜のことを目撃していた兵士がいたらしい。
おかしいな、一応、探知魔法で探りはしたんだけど、誰もいなかった気がしたんだけど。
探知魔法を閉じた後にやってきたのかな。確かに、お前を殺す、なんて言われてちょっと動揺したのは確かだし、あの後は探知魔法を見た覚えがない。
「まあ、その様子だと何事もなかったんでしょうが、一体何をしていたんです?」
「なあに、ちょっと質問をしておっただけじゃよ。わしにとって、この世界は知らないことが多いのでな」
「ほー? 夜に、路地裏で聞きたいことですか?」
「夜風に当たりながらと思って歩いていたら、たまたまあそこに辿り着いただけじゃよ。のぅ、ハクや」
「え? あ、うん、まあ、そう、ですね?」
実際には、お姉ちゃんに聞かせられない話だったから家から離れた場所に行きたかった、だと思うけど、明らかに疑ってきてる王族を前に、一切動揺することなく嘘で返すって、相当肝が据わってるなぁ。
しかも、完全な嘘かと言われたら、一部真実も混ざってるし、完全な嘘ですとも言い難い。
恐らく、私の正体を言いふらさないようにあえてこんな風に言ってるんだろうけど……なんというか、流石だな。
「心配せんでも、おぬしからハクを取ったりせんよ。わしは老いぼれじゃが、王族の愛人を奪って死にに行きたいとは思っとらん。そもそも、年が違いすぎるでな」
「ふむ。まあ、今回はそういうことにしておきましょう」
アルトも、シノノメさんのあまりに堂々とした物言いに、嘘ではないと感じたのか、特にそれ以上言及することはなかった。
と言うか、愛人じゃないって何度説明すればいいんだろうか。アルトもアルトで否定もしないし、なんとなくもやもやする。
アルトがこちらに目で合図してきていたので、こちらも小さく頷いておいた。
別に、隠すようなことではない。
アルトは私が竜であることは知っているし、お父さんやお母さんのことも知っている。シノノメさんよりも詳しいくらいだ。
私に聞けばいいところを、あえてシノノメさんに聞いたのは、まあ、嫉妬と言うか、癇癪みたいなものだと思う。
もう立派な大人なんだから、中身も大人になって欲しいんだけどな。
「師匠、そんなことしてたんですか?」
「まあ、軽くな」
「ハクに手を出したら許しませんからね?」
「ほっほっほ、わかっておるよ」
お姉ちゃんが軽くシノノメさんを小突いている。
そう言えば、お姉ちゃんにも伝えてなかったから、これでばれちゃったわけか。
まあ、内容を聞かれたわけではないし、会ったこと自体は別に隠すようなことでもないから問題ではないけど、後で色々聞かれそうで怖いなぁ。
「さて、それじゃあ市民証の件はこれで完了だ。他に何か用事はあるか?」
「いえ、特には」
「なら、お茶会と行こうか。あー……君達もどうかな?」
「堅苦しいのは苦手でな。わしは遠慮しておくよ」
「私もです。ハクと楽しんでください」
「そ、そうか! ではハク、ご一緒にどうかな?」
「ええ、喜んで」
誰が見ても嬉しそうな表情のアルトに手を引かれ、お茶会へと移行する。
他の二人にも聞いたのは、ここで誘わないのは流石にマナー違反だからだろうけど、顔に来るなと書いてあった。
王族なのだから、少しは表情を隠した方がいいと思う。たとえ、親しい間柄の人物が相手だとしてもね。
「気合入りすぎじゃない?」
「いや、ハクとお茶会できると思うと嬉しくてね」
「だとしても、顔に出しすぎ」
「すまない」
お姉ちゃんとシノノメさんを見送った後、いつものテラスでお茶会を始める。
私はお茶にはあまり詳しくないけど、なんとなく、こちらの好みに合わせてくれているんだろうなと言うことはわかる。
本来なら、高級品を選ぶのが普通なんだろうけど、私の舌にはあまり合わないって伝えてから、味が素朴な感じになったからね。
王族としてのプライドよりも、こちらのことを優先してくれるのは素直に嬉しい。
「さて、実際のところどうなんだい?」
お茶を一口楽しんだ後、アルトがさっそく切り出してくる。
先程の会話のことだろう。路地裏で何をしていたのか、気になってしょうがないようだ。
「別に、変なことはしてないよ。ただ、私の正体を見破られただけ」
「正体って言うと、竜だって言う?」
「そう。まさか見破られるとは思わなかった」
これまで、私の正体を見破ったのは、シノノメさんくらいじゃないだろうか。
私が竜だということを知っている人は結構な数いるけど、こちらが隠そうとしてばれたのは多分初めてだと思う。
流石は達人だなと思うけど、今後はああいう人にもばれないようにしていきたいね。
「それは、大丈夫なのか? 言いふらされる前に、口封じした方がいいんじゃ」
「大丈夫だよ。シノノメさんはそんなことする人じゃないし、そうだとしてもお姉ちゃんの師匠を殺すなんて私にはできないよ」
これが全くの他人だったというなら、場合によっては口封じも少しは考えたかもしれないけど、どっちにしろ私は殺しが嫌いだ。結果的に私以外の誰かが殺すことになるのだとしても、それを指示した身にはなりたくない。
それをするのは、本当にどうしようもなくなった時だ。
「相変わらず、ハクは優しいな」
「死なないに越したことはないもの。それに、こんなに苦労して見つけたのに、結局殺すことになったら骨折り損じゃない?」
「それは確かに」
シノノメさんを見つけるために、少なくない時間を費やしたのだから、せめてその分くらいは取り返したいと思う。
まあ、それはあくまで建前だけどね。
私はシノノメさんの観察眼を褒める。アルトは、それを聞いてシノノメさんのことを評価する。
お茶会とは少し遠い内容になってしまったけど、これはこれで有意義な時間だと思った。
感想ありがとうございます。




