第百二十二話:市民証を得るために
昨日はメンテナンスで更新できなかったので、今日は二話投稿します。
サクさんの道場の件は、私やお姉ちゃんを通じて関係者に通達された。
一応、元から道場を広くしたらどうかと言う意見は出ていたようで、他にも道場を建てて、そこで自主修行してもらうという発想はすぐに受け入れられた。
ミーシャさんなんかは、すぐさまサクさんの道場に向かい、詳細を確認したようで、場所探しに奔走しているようである。
こちらにも任せてください! と息巻いていたので、場所の選定に関しては任せてもよさそうだ。
なので、私達は他のことをやる。差し当たって、今日はシノノメさんの市民証を発行する手続きをしなければならない。
そういうわけで、現在は城へとやってきていた。
「おお、まさか城に入ることになるとはのぅ。人生何があるかわからんもんじゃ」
「シノノメさんは、城に仕えてたりしなかったんですか?」
「いんや? 家を出た後は、各地を放浪しておった。特にやりたいこともなかったしのぅ」
「それだけ強いなら、勧誘とかありそうな気がしますけど」
「あったな。すべて断ったが」
シノノメさんの経歴はよくわからない。
恐らく、武士、というか、剣士の家系だと思うんだけど、調べてみてもそれらしい情報は出てこなかった。
そもそもの話、まだ解決していない疑問もある。
例えば、シノノメさんの使う、離魂の術の出所とかね。
代々受け継がれてきたものらしいけど、言葉がどう聞いても日本語にしか聞こえなかった。
それを考えると、転生者が関わっていそうなんだけど、今の転生者って、大体40代くらいが限界で、それ以前にはあまり見られなかったように思えるんだよね。
その中でもアーシェントさんは割と年を取っていた方だと思うけど、それでも代々受け継がれるようなものってことは、何百年も前の話だろうし、そんな時代から転生者がいたのかと考えるとちょっと納得できないところがある。
まあ、昔は転移魔法陣を用いて地球と交易していたようだし、その時にこちらに来た地球人が残した子孫の家系がシノノメさんの家系だと考えるなら、辻褄が合わないことはないけど、だとしたら相当昔から続く家系だよね。
普通だったら失伝しててもいいところだと思うんだけど、もっと後に転生者が出てきていたんだろうか。
聞きたいけど、あんまり転生者だってことばらしたくないし、聞くに聞けない。
まあ、別に知らないからと言って何か不利益があるとも思えないけどさ。
「それよりも、わしはおぬしの方が気になるんじゃが」
「私ですか?」
「うむ。普通、市民証を得るために、王太子を呼び出すか?」
「それは、まあ……」
確かにそれはその通りだ。
一応、市民証を得るためには、役場に行って手続きをすれば取得することはできるらしいんだけど、手続きがものすごく面倒くさいのである。
例えば、別の国の国民だが、訳あってこちらの国の国民になりたいと言った場合、まず真っ先に疑われるのはスパイの容疑だ。
別に、国に入り込むだけなら、商人やら冒険者やらに成りすまして入ればいいだけの話だけど、長期的に情報収集をする場合、こうして国民になる場合もある。
今は戦争が起こるような気配なんてないけれど、だからと言って他国のことを全く調査しないのは馬鹿のすることだし、こうして時折スパイが入ってくることもあるのだ。
だから、それを調査するために、数日から数ヶ月の間、その人物のことを調査する期間が設けられている。
どんな事情で国を追われることになったのか、それらを調べて、白だと判明すれば、ようやく市民証を発行してもらえる権利を得ることができるのだ。
他にも色々あるけど、そういうわけだから、スムーズに発行できたとしても相当な時間がかかる。
もちろん、その間は滞在しているだけで違法になってしまうので、どこかで待機する必要がある。今のように、家で匿うことも違反なので、正規の方法で手続するにはリスクが高すぎる。
一応、そう言った手続き待ちの人を置いておく場所もないことはないが、扱いはあんまりよろしくないらしい。
だから、そういうのをすっ飛ばせるように、アルトにお願いしたのだ。
アルトなら、私の口添えがあればよほど怪しくない限りは許してくれると思うし、こちらの方が断然早い。
まあ、そんなことができるのは私くらいなものだろうけど。
「なんじゃ、王太子の愛人か何かなのか?」
「違いますよ。ちょっと縁があっただけです」
「ほー、ちょっとした縁で王太子と仲良くなれるなら相当な豪運じゃな」
「シノノメさんだって、国の偉い人から声かけられたんでしょう?」
「ふむ、まあそれもそうか。案外簡単なのかもしれんな」
いや、それはないと思うけど……。
職権の乱用と言えばそうなのかもしれないけど、シノノメさんが悪い人でないことはお姉ちゃんからよく聞いているし、初めから疑いようもないなら処理をすっ飛ばしても構わないだろう。
傍から見たら市民証も持ってない怪しすぎる老人だけどね。
「二人とも、そろそろ口を閉じてね。来たわよ」
「はーい」
アルトの気配を感じたので、お喋りをやめて居住まいを正す。
しばらくして、応接室にアルトが入ってきた。
「やあ、ハク。よく来てくれたね」
「久しぶり。元気にしてた?」
「ハクが遠出をする時は寂しくて心がざわめきそうになるけど、元気ではあるよ」
「それはごめん」
アルトには、地球に行けることは話していないから、私が遠出すると言うと、詳しい場所を言えないんだよね。
まあ、アルトは特に追及はしてこないんだけど、内心は聞きたくてしょうがないことは何となくわかる。
今度からはなるべく早く帰れるようにするから、それで許してほしい。
「構わないよ。それより、そちらが?」
「うん。シノノメさん、お姉ちゃんのお師匠さんだよ」
「シノノメじゃ。今日はよろしく頼む」
今回は、正式な謁見の場ではないから、特に話し方に関しては制限しなかった。
アルトも、そっちの方がやりやすいだろうしね。
物怖じしないシノノメさんは凄いと思うけど、アルトも特に驚くことなく、笑顔で対応してくれた。
「私はアルトだ。こちらこそ、よろしく頼む」
お互いに自己紹介を終え、さっそく本題に入る。
「市民証を発行してほしいとのことだけど、何か訳ありなのかい?」
「訳ありと言えば訳ありだね。ひとまず、事情を説明するよ」
私は、シノノメさんのこれまでの経緯を話す。
もう結構昔の人物であり、その時から体が成長していないどころか、さらにはフェアリーサークルに迷い込んだ稀有な人間。
同じ条件の人を探せと言われても見つかることはほぼないだろう。
そんな経緯に、流石にアルトも目を丸くしていた。
「そういうわけで、世間ではもう死んだことになっていて、市民証も紛失している。だから、この国で新しく生活するために、市民証が欲しいというわけ」
「な、なるほど。随分と壮絶な人生を送ってきたんですね……」
「人生何が起こるかわからないもんじゃのぅ」
ほんとにそう。
私だって、転生したら竜王と精霊女王の娘だった、なんてとんでもない経歴だしね。
平凡な生活を送っていたはずの自分が、まさかこんなことになるだなんてといつも思う。
他の人達だって、割と濃い人生を送っていそうだし、ちょっと踏み込んでみれば、人生ってそんなものなのかもしれない。
そんなことをしみじみと思いながら、説明を続けた。
感想ありがとうございます。




