第百二十一話:いろんな人を巻き込んで
シノノメさんは、いくつもの案を出してくれた。
事前に話していたというのもあるが、今の体制が明らかに無理があるものだということはすぐに把握できたらしい。
サクさんの剣は素晴らしいし、門下生達一人一人に丁寧に教えていく姿勢も悪いわけではない。けれど、やはり一人では身に余る。
このままでは、サクと言う鬼才は過労によってそうそうに命を落とすことになるだろう。
シノノメさんはそれが許せなかった。しかし、サクさんはこの体制を改める気がない。
だからこそ、サクさんの負担を減らしつつ、今の体制を続けて行けるような案をたくさん出してくれたのである。
正直、シノノメさんがそこまで考えているとは思わなかった。
確かに、お姉ちゃんは出会った当時から神速のサフィと謳われるほど物凄い冒険者だった。
Bランクでも化け物と呼ばれるようなレベルなのに、その若さでAランクにまで上り詰めたその実力は本物である。
だが、元々はただの辺鄙な村の出身なのだ。当然ながら、剣なんて触ったこともなかったし、本来ならそんな早く上り詰めることなどできない。
それを、短期間でAランクまでのし上げたのが、シノノメさんである。
それを考えれば、シノノメさんは凄い剣の達人なんだろうとは思う。
けれど、だからと言ってそこまで考えが至っているかという印象はなかった。
最初の印象が強いのかもしれないけど、普通なら、自分の考えを押し通して、強引に弟子を減らせと迫るか、あるいはこんなところでやってられるかと帰ってしまってもおかしくないと思う。
相応のプライドは持っているようだけど、それをあまり鼻にかけない謙虚さ。
これが、年の功って奴なんだろうか?
「ま、こんなところじゃろうな。何を採用するかは自分で決めい。わしの提案を聞いてもまだそれが間違ってると思うなら、突き通せばよい」
「いえ、色々ありがとうございました」
「わしはただ口出ししただけじゃよ。細かいことは任せる」
なんだかシノノメさんが頼もしく見えてきた。
実際、これまで出してくれた案は、なかなか思いつかなかったことばかりだ。
確かに、よくよく考えればそれもありだと思うことばかりではあるけど、サクさんの気持ちを優先するあまり、現状からの変化を拒んでいた。
どうにかしなきゃと口だけ言って、実際は何もしない。これでは寄り添っているとは言えないよね。
サクさんは私の大切な親友である。このまま過労死なんて私が許さない。
私も気合を入れて事に当たるとしよう。
「そういうことなら、場所の確保はこちらでやりましょう。王都の空き物件を探せば、道場にできそうなところもあるかもしれませんし」
「えっ!? い、いや、ハクさんがそこまでやる必要は……」
「まあまあ、いいじゃない。当然、私も手伝うわ。この際だから、いろんな人を巻き込んじゃいましょうよ」
慌てるサクさんに、アリシアがいい考えだと言わんばかりに手を叩く。
確かに、別に道場を作るなら、この道場を作り直すために協力してくれた人達にも事情を話さなければならないだろう。
こちらで勝手にやって、妙な勘違いをされても困るし、みんな大事なスポンサーだから、サクさんの危機となれば喜んで力を貸してくれるだろう。
私はちらりとお姉ちゃんの方を見る。お姉ちゃんは、少し肩をすくめながら、懐から手帳を取り出して何かを確認していた。
恐らく、みんなの連絡先とかだろうな。お姉ちゃんがかけあえば、少なくとも冒険者連中は来てくれると思う。
「い、いいんですか? お、お金もかかりますし……」
「そこらへんは気にしなくて大丈夫ですよ。サクさんのためなら、喜んで出します」
「そ、そういうわけには……」
「なら、こういうのはどうですか? 今度一緒に、ご飯でも食べに行きましょう。そこで奢ってくれたら、それで構いません」
「つ、釣り合ってないと思いますが!」
「私がいいと言ったんだから、いいんです。私だって、サクさんが過労死する様なんて見たくないんですよ」
「え、えっと……」
サクさんはその後も何か言おうとしたようだが、結局思い浮かばなかったのか、もごもごと口を動かすだけだった。
まあ、何の対価もなく、他に道場を建てたりしてもらえるなんて虫が良すぎる話ではある。
サクさんは私や、関わったみんなに借りができる形となり、いつそれを返せと言われるかわかったものではない。
けれど、その借りを悪用する人はいないだろう。そうでなければ、最初にこの道場を再建する際に、何の見返りもなくお金を使ったりしない。
サクさんとしては、借りができて気持ち悪いかもしれないけど、それでサクさんの健康が保たれるのなら、安い犠牲だと思う。
まあ、もし返したいと思うなら、これからも長生きして、門下生達に剣を教えて行ってくれたらいいんじゃないかな。
私にとっては、サクさんが生きていてくれることこそが、最大の見返りだからね。
「して、わしはどうすればいいかのぅ? これだけ師範に逆らったらクビじゃろうか?」
「あ、いえ……そもそも、シノノメさんは俺の技を見て、できると思いましたか?」
「できるかできないかで言えば、できる。ただ、おぬしのようにどんな動きからも返す、と言ったことはできんじゃろう。型としての動きならできるが」
「教えることも?」
「まあ、できるじゃろうな」
「なら、お願いします。俺の技を、受け継いでくださいませんか?」
そう言って、頭を下げるサクさん。
サクさんにとって、シノノメさんはどういった人物なんだろうか。
自分の方針にケチをつけるおじいさん? それとも、自分の技を認めてくれる剣士?
まあ、どう思っていようとも、シノノメさんが剣の達人で、自分の技を教えられるほどに腕の立つ人物であることはちゃんと理解したようだ。
若干の不安はあるが、ここでシノノメさんを手放す手はない。仮に休みが増えるとしても、どっちにしろ人手不足なのに変わりはないし、相談役としても有用だろうしね。
「うむ。任せれよう。大船に乗ったつもりでいるがよい」
シノノメさんは、大きく頷くと、サクさんに握手を求めた。
サクさんもそれに応え、ここに契約は成立した。
一時はどうなるかと思ったけど、丸く収まったようで何よりである。
まあ、これから場所の選定とか、色々やらなくちゃいけないことは増えたけど、時間はあるし、問題はないだろう。
後は、シノノメさんの市民証をどうにかしないとね。
「では、今日のところは失礼するとするかの。騒がせてすまんかった」
「い、いえ、こちらこそ、色々とすいません」
「すぐに謝る癖はどうにかした方がいいと思うぞ。……いや、それも一つの一面か」
「ハクさんも、ありがとうございます」
「いえいえ、準備が整ったら、また連絡させてもらいますね」
他の門下生達にも挨拶をした後、道場を後にする。
さて、どう転ぶかわからないけど、うまく行くといいね。
感想ありがとうございます。
 




