第八十九話:オーガロード
振り返るや否や、振り下ろされた棍棒を寸でのところで回避する。
無造作に振るわれたように見える一撃だったが、その威力は先程までいた場所に小さなクレーターを作るほどだった。
「でっかいな。オーガ……じゃないな、オーガロードだ」
その巨体は今まで見てきたオーガよりもかなり大きい。張り詰めた筋肉に極太の角は、オーガを統率するものとしての風格を漂わせている。
強さは通常のオーガと比べるべくもなく、さらに青白い皮膚はこれが変異種であることを示していた。
これは、まずいか?
オーガであれば一応戦闘経験がある。弱点もはっきりしていて、隙をつけば倒せないこともない相手だ。
だが、相手はオーガロード。それも変異種の。どう考えても一筋縄ではいかない相手だ。
『サリアさん、やれますか?』
「ちょっと厳しいぞ。逃げた方がいいんだろうけど……」
じりじりと後退しながら手を考える。
一対一で戦うような相手ではない。万全の状態でならまだしも、疲労によって動きが鈍っている今戦うべき相手ではない。
しかし、間が悪いことにこの場所は袋小路だった。
いや、道はあった。しかし、その道はすぐ先で落盤により塞がっている。この場所から脱出するための通路はオーガロードの後ろにある通路の他になかった。
闇魔法によって隠密すれば目を盗んで抜けられるのではないか、とも考えたが、オーガロードがその場から動くことはなかった。
ここは広場のようになってはいるが、そこまでの広さはない。オーガロードが棍棒を振るえばそれだけですべての範囲を攻撃することが出来る程度の広さだ。むしろ近づいてしまえば壁に棍棒が阻まれてしまい、満足に攻撃することもできない。
流石に隠密していたとしても動けば足音などから気配を察知されてしまうだろうし、強引に抜けるには一撃の重さを考えると少々リスクが高かった。
結果として、現状では戦う他に選択肢が無くなってしまったのだ。
「オオォォォオオオ!」
天井を掠りながら棍棒が振り降ろされる。
動き自体はそこまで速くはないので躱すだけならそこまで苦労はない。だが、振り下ろされるたびに小さな落石が発生しており、それが足場を悪くしていた。
これ、このままだとこの部屋崩落するんじゃないか?
ただ避けているだけではじり貧になる。とにかく行動を起こさないと。
『サリアさん、私が注意を惹きます。その隙にうなじを攻撃してください』
「え、ちょっ!?」
私はサリアさんの腕から抜け出し、自力で浮遊する。そして、オーガロード目掛けて水の刃を発射した。
オーガは魔法耐性に優れており、並の魔法ではダメージにならないことは知っている。だからこれはただのタゲ取りだ。
オーガロードは避けることもせずに水の刃を受けているが、傷一つついていない。流石に硬いな。
何度か攻撃してみるが、軽く手で払われる程度で全く動じていない様子。
鬱陶しくは思ってるみたいだけど、相手にするほどではないって感じかな。
だけど、気にしてくれるだけで十分。少しでも注意がこちらにそれれば、隠密魔法が生きてくる。
「もう、無茶するなよ!」
サリアさんは少し納得いかなそうな顔をしながらも隠密魔法で姿を消していく。
探知魔法を発動している暇はないからどこに行ったかはわからないけど、きっとこの隙をついてくれるはず。
より隙を作るために水の刃を顔に放つ。狙うのは目だ。
パシュパシュと水の刃が炸裂し、水飛沫が目に飛び込んでいく。
いきなり目に水が入ったら痛いよね。案の定、オーガロードは瞬きを繰り返していた。
流石に看過できなくなってきたのだろう。私に向かって棍棒が振り下ろされる。
風を操ってそれを避けるが、どうにもこの体は軽すぎるらしい。
風圧だけで吹き飛ばされてしまい、壁に激突してしまった。
いてて……避けてもこれじゃやってられないね。
「……そこだ! シャドウブレイド!」
サリアさんの声が響き、オーガロードの後ろに漆黒の剣を構えたサリアさんが現れる。
振りかぶった一撃は狙い過たず、オーガロードのうなじを切り裂いた。
「グオォォォォオ!!」
オーガロードの断末魔が響き渡る。
よし、これで!……ッ!?
「えっ……」
「グオォォォオオオ!!」
喜んだのも束の間、瞬時に振り返ったオーガロードは棍棒を持っていない方の手でサリアさんを掴み上げた。
確実に急所に当てたはずだった。振り返って露わになったオーガロードのうなじには確かに傷が刻まれている。しかし、それは瞬きの間に消えてしまった。
まさか、再生した? この一瞬で? そんな馬鹿な……。
「あああああ!!」
オーガロードが腕に力を籠めると、サリアさんの叫び声が上がる。
まずい、このままだとサリアさんが!
「はあっ!」
魔力消費がどうのとか言ってる場合ではなかった。
私は水の矢を複数生成し、サリアさんを掴む腕目掛けて一斉に放つ。
よほど魔法耐性が高いのか、そのほとんどは弾かれてしまった。ならばと追加で水の剣を生成し、ありったけの力を込めて腕に突き刺す。
矢、剣、槍、斧、ありとあらゆる武器を模して何度も切りつけ、ようやく腕の力が緩んだ。
「こんの……!」
身体強化魔法をかけ、動かない腕を動かしてサリアさんを引き抜く。
時間稼ぎの目潰しも忘れない。生成したウェポン系の魔法で攻撃し、なんとか脱出までの時間を稼ぐ。
ようやく腕の中から救出し、即座に距離を取った。地面の上にサリアさんを寝かせ、容態を確認する。
『サリアさん、無事ですか!?』
「うぅ……」
無理矢理締め付けられたせいか骨の何本かが折れているようだった。血こそ出ていないが、腕の一本はあらぬ方向に曲がっている。
即座に治癒魔法をかけ、回復を促すが、完全に治すまでには至らなかった。
魔力が足りない。魔法の最適化はしたが、それが役に立つのは落ち着いた状況で使った場合の話だ。
あの時はそんな余裕はなく、通常の魔法と同じように使ってしまったがために魔力の消費が激しい。普段ならまだまだ大丈夫な量でも、今の身体では致命的だった。
「やってくれたな……」
呻きながらもなんとか起き上がるサリアさん。折れてしまった腕を庇いながら立ち上がり、オーガロードを見上げた。
私自身、もはや自力で飛行することも難しくなってきている。サリアさんもこの状態ではまともに戦えないだろう。
もしかしなくても、絶体絶命のピンチだった。
「ありがとな、ハク。おかげでまだ戦える」
『サリアさん、無理しては……』
「大丈夫だ。これでも一応ボスだからな」
オーガロードを睨みつけるサリアさん。最初の構図と同じだった。
さっきのどさくさに紛れて通路側に出られればとも思ったが、サリアさんの状態を考えればすぐに追いつかれていたことだろう。
悔いている暇はない。サリアさんがまだ諦めていないのであれば、私もそれに応えよう。
足りない魔力を振り絞ってサリアさんの隣に浮遊する。
一瞬、サリアさんがこちらに目を向けてきた。こちらも顔を動かすと、ウインクして見せた。
「闇魔法の真髄見せてやる。合わせていくぞ、ハク」
『了解です』
こんなところで負けるわけにはいかない。生きるために、僅かな希望に賭けて、呼吸を合わせ、同時に魔法を行使した。
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