第百十七話:現在の道場
サクさんとのアポはすぐに取れた。
忙しい身の上ではあるようだけど、相手が私だからと言うことで、無理矢理時間を作るようなことを言っていた。
あんまり無理はして欲しくないけど、ちょっと休んだ方がいいと思うのも事実。
と言うのも、道場の修業は、ほぼ毎日行われているのだ。
一応休養日として、週に一度の休みは決められているが、現在は人が多すぎるので、サクさんを始めとした一部の兄弟子達は、休日返上で教えているわけである。
決まった日にちにしか来ない弟子達はともかく、これではいずれサクさん達は倒れてしまうだろう。
どうにかしてあげたいけど、私にできるのは、せいぜい魔法で軽く疲労を飛ばしてあげることくらい。
一時的には楽になるだろうけど、言うなればこれは、元気の前借りをしているような状態なので、長く続けば体を壊す。
もちろん、体調が悪くなったなら、それも治してあげられるかもしれないけど、壊れたら直しを繰り返して、自分の時間すらなく教え続けるのは、それは機械的に命令を遂行し続けるロボットと変わらない。
できることなら、一度本格的に休んで欲しいんだけどね。
「とりあえず、道場の方はアポが取れました。これから向かいますよ」
「うむ。道中で、その道場について聞かせてもらえんかの?」
「ええ、もちろん」
向かうのは私とシノノメさん、そしてお姉ちゃんである。
お姉ちゃんに関しては、シノノメさんが安定した生活を送れるようになるまで、全面的にバックアップするつもりのようだ。
手が届く範囲なら、ちゃんと自分の目で確認して、妙なことにならないように目を光らせておきたいらしい。
それには私も賛成なので、引き続きギルドの依頼はお兄ちゃんに任せて、お姉ちゃんには監視役を頼むことにしている。
「まず、師範のサクさんですが……」
私は道中でサクさんの道場のことを話す。
一応、私も以前はよく通っていたので、門下生としてカウントされている。
あの頃は、剣自体を持つのが大変ではあったけど、今なら力も十分にあるし、わざわざ剣を軽くしなくてもちゃんと振るえるようになっているのは成長ポイントだろうか。
技術自体はほぼ覚えているので、私もたまに先生側として教えることもある。
で、現在の門下生はざっと200人ほどいるらしい。
元々いた門下生が約30人ほどだったらしいから、めちゃくちゃ増えている。
道場自体がそんな大人数に対応しているような場所じゃないので、門下生達は曜日ごとに分散してきているらしいのだけど、そうなってくると、門下生一人一人に教える時間が少なくなり、若干ながら不満も出ているのだとか。
元々、サクさんは一人一人に丁寧に教えるタイプだから、このシステムはかなりストレスに感じていると思う。
門下生がそれだけいるのに対し、教える側なのがサクさんを始めとした兄弟子、姉弟子達が約20人。曜日ごとに分けているので、一応間に合ってはいるようだけど、やはりかつかつなので、休む暇がないのが現状のようだ。
道場自体は、門下生も増え、かなり有名になって、今や王都一と呼ばれるほどの道場ではあるのだけど、サクさんもすでに30歳に入る。今は若さがあるからスタミナが持っているけれど、それも長くは続かないだろう。
できることなら、何か対策を立ててあげたいんだけど、今の私には人手を増やすくらいしか思いつかない。
「なるほどの。経営自体はうまく行っているが、人手が足りなくて潰れそうってことじゃな」
「まあ、そういうことになるんですかね?」
多分、道場に関しては今までにも卒業生を出していないことはないし、ミーシャさんを始めとした高ランクの冒険者達も多数関わっているから、潰れるってことはないと思うけど、思うように運営できないのは事実だろう。
「聞いた限り、師範はとても几帳面な性格のようじゃな。それだけの人数を相手にすれば、普通は雑さが出る。忙しければ忙しいほど、運営は雑になっていくもんじゃ。それなのに、クオリティを落としていないように感じる」
「真面目な人ですからね」
「単純に人を増やせば解決はするじゃろうが、あまりいい手ではないような気はするのぅ」
「なら、どうするのが正解だと思いますか?」
一応、人手を増やせば、今の先生達も休養日ができるだろうし、安定はするだろう。
ただ、いくら門下生が増えて収入が増えているとはいっても、人手を増やせばその分お金がかかる。
別に、サクさんはお金目当てで道場を運営しているわけではないけれど、元々の目的は安定した生活を送るためと、道場を潰さないためである。
それに、あんまり人を増やしすぎて妙な人を引き込むのも問題だろうし、単に人を増やして解決って言うのは確かに最善ではないと思う。
でも、それ以外に方法なんてあるだろうか?
「まあ、聞いた限りの感想じゃから、実際に見て見ないことにはわからんよ。まずは現状を確認せんとな」
「それもそうですね」
現状は知っているつもりではあるけど、確かに見て見ないことには始まらない。
そんな話をしつつ、道場へと辿り着く。
今日も、道場の中からは元気な声が聞こえてくる。
門下生は、基本的には10代の子供達だ。そこに平民も貴族も関係なく、分け隔てなく修行に励んでいる。
この体制に対して文句を言ってくる貴族もいるけれど、サクさんは覆す気はないようだ。
まあ、元がそう言う体制だしね。今更貴族だからと偉ぶられても困る。嫌なら参加しなければいいだけだし。
「あ、ハクお姉ちゃん! いらっしゃい!」
出迎えてくれたのは、きらめく金髪が美しい20歳くらいの男性である。
そんな人物が私のことをお姉ちゃんと呼ぶのは違和感があるが、これは昔からの癖みたいなものだ。
何を隠そう、この人はルア君である。サクさんの弟で、初めて私の魔法を享受した人物でもある。
「久しぶり、ルア君。元気そうだね」
「ふふ、忙しいけど充実した毎日を送ってるよ。今日はお兄ちゃんに用があるんだっけ?」
「そうだよ。一応紹介しておこうか、こちらが指南役候補の」
「シノノメじゃよ。よろしくな」
「おおー、強そうなおじいちゃんだね。僕はルアだよ。よろしく、シノノメさん」
自己紹介も済ませたところで、ルア君は道場の中に案内してくれる。
道場内では、多くの門下生達が木刀を片手に模擬戦を行っていた。
見た限り、なかなか筋はいいように思える。サクさんの剣術は、基本的に相手の動きに合わせ、カウンターを食らわせるというものだ。
それ故に、先に動いた方が負け、みたいな考えがあるのだけど、実際試合結果もそんな感じになりやすいようである。
だから、この道場では、先攻後攻が先んじて決められている。そして、先攻を取った者は、次は後攻からスタートになるという方式だ。
お互いの実力を発揮するには、こうするしかないからね。
「お兄ちゃん、ハクお姉ちゃんが来たよ」
「ああ、ありがとう。ハクさん、ようこそ来てくださいました」
「堅いですよ、サクさん。いつも通りでいいですから」
「そ、そうですか? お客さんの前ですし、師範としてしっかりしておこうと思ったんですが……」
「そうしたいなら構いませんけどね。私はいつも通りで行きますが」
「はは……それじゃあ、こちらもいつも通りで」
サクさんだけど、あれからかなり成長している。
会った当初は、どことなく死に急いでいるような感覚を覚えていたけど、今は落ち着きがあり、貫禄も感じさせる。
ルア君もそうだけど、みんなが成長する中、私だけ成長しないのはちょっともやもやするけれど、そこは気にしないようにしている。
今はとりあえず、シノノメさんのことが優先だ。
私は、先ほどと同じようにシノノメさんを紹介し、さっそく話の本題に入った。
感想ありがとうございます。




