第百十五話:元に戻って
「それにしても、ちゃんと戻れるんですか?」
「うむ、もちろんじゃ」
了承も得たところで、さっそく元に戻る準備をする。
シノノメさんの話によると、こうして魂を別の入れ物に憑依させるのは、シノノメさんの家系に代々伝わる秘術らしく、離魂の秘術と呼ばれているらしい。
シノノメさん自身、こんなにもうまく行くとは思っていなかったようだが、今回こうして憑依できていることを考えると、本物のようだ。
しかし、魂を別の入れ物に移動させるって、結構な技術だよね?
一応、私も魂をわずかにいじることはできる。
魂自体を見ることはできないけど、精霊の抱擁を用いれば、魂に直接触れることができ、その気になれば多少形を変えることができる。
まあ、形を変えることによってどんな影響が出るかわからないから、やっているのはせいぜいユーリの性別転換くらいだけど、私でもそのくらいしかできない。
そもそも、魂を直接いじくるって言うのがかなり規格外なことだしね。
それを、家の秘術とはいえ、扱えているシノノメさんは一体何者なんだろうか。
「ただ、戻るための器が必要になる。わしの体がまだあるなら、それをここに持ってきてくれんかの」
「まあ、それくらいならすぐに持ってきますよ」
まあ、戻る体がなければ戻れないのは当たり前だしね。
私はいったんフェアリーサークルの外に出て、転移魔法で自宅に戻り、シノノメさんの体を回収する。
ユーリに会ったけど、そろそろけりがつきそうだと伝えたら、笑顔で微笑んでくれた。
最近は全然相手してあげられていなかったし、後でデートでもしたいところだね。
「はい、持ってきましたよ」
「早いな。おぬし、ただの娘ではないな?」
「ええ、まあ、妹ではありますよ」
「なんと、サフィの妹であったか。なるほど、目元の当たりがよく似ておる」
なんだかおじいちゃんみたいなこと言うね。
まあ、お姉ちゃんと似ていると言われるのは悪い気はしない。正確には、私とお姉ちゃんに血の繋がりはないから、似ているとしたらただの気のせいだと思うけど、それでも多少影響されているというなら嬉しい。
「どうじゃ? わしの弟子にならんかの?」
「師匠?」
「じょ、冗談じゃよ……」
「あはは……」
お姉ちゃんの師匠の手ほどきを受けられると考えるといい話なのかもしれないけど、すでに私にはお姉ちゃんと言う師匠がいるし、なんなら道場を開いているサクさんとも交流がある。
実際に使うことはあまりないけれど、実力で言えばすでに十分な実力があると思うし、わざわざさらに学ぶ必要はないだろう。
まあ、教わっているのは剣術だし、刀に関してはまだ教わっていないから、そういう意味では教わってみてもいいとは思うけどね。
「それで、これで戻れますか?」
「う、うむ、大丈夫じゃ。少し離れておれ」
そう言って、シノノメさんはなにやらぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める。
ちょっと聞き耳を立ててみたんだけど、どうにもその言葉が、日本語のように聞こえた。
なぜ日本語? もしかして、これって転生者由来の秘術だったりする?
「きぇぇええい!」
最後に叫ぶと同時に、シノノメさんの像は動きを止め、逆に本物の体の方がピクリと反応する。
しばらくすると、ゆっくりと目を開けた。
「師匠!」
「う、む、どうやら成功のようじゃな。ふぅ、疲れたわい……」
横たわった姿勢のまま、ため息を吐くシノノメさん。
ゆっくりと体を起こし、自分の体の感覚を確かめているようだ。
だいぶ長い間元の体から離れていたと思うんだけど、体に違和感はないだろうか。
「今度こそ、本当に師匠ですよね?」
「何を言っておる。初めから話しておったじゃろう?」
「師匠ー!」
お姉ちゃんはようやく体を取り戻したシノノメさんに抱き着く。
なんだかんだ言って、心配だったのは間違いないだろうからね。あんな像の姿ではなく、本来の姿になったことで、ようやく戻ってきたという実感が沸いたんだろう。
一応、【鑑定】もしてみたが、きちんと呪いは消えている様子。
なんで呪い判定になっていたかはわからないけど、とりあえず無事に戻ったようで何よりである。
「ようやく出て行ってくれるのか」
「うむ、世話になったな」
「ほんとだよ。もう二度と迷い込まないでくれよ」
「はっはっは、それは確約できんな」
「おい」
元に戻ったのを見て、クロシュさんもようやくここからシノノメさんがいなくなると安堵したのだろう。周りにいた妖精達も、なんだかんだ気になるのか、ちょこちょこと近寄ってきて、不安そうな目で見ている。
「正直、まだ教え足りないと言えばそうじゃが、お前達は十分に強くなった。これからは、お前達の手で、他の妖精達に伝えて行って欲しい」
「他の奴が興味持つかはわからないけどな。まあ、こいつらもそこそこ楽しめただろうし、気が向いたら教える時もあるかもな」
「それでよい」
シノノメさんは、妖精達一人一人に握手をする。
若干怯えた様子の妖精達だったが、これが最後になるかもしれないと思ったのか、恐る恐ると言った形でその手を取っていた。
なんだかんだ、シノノメさんに加護を落としている妖精もいるし、嫌われまくっていたってわけでもないのかもしれないね。
「さて、では戻るとしよう。サフィ、そして妹の……」
「ハクですよ」
「ハクか。では、ハク、行こうか」
「ええ」
クロシュさん達に別れを告げ、フェアリーサークルを出る。
ちゃんと、外に出た時のことも考えて、水中呼吸魔法はあらかじめかけておいた。
ここで出た瞬間に溺れましたじゃ締まらないしね。
「それじゃあ、私達も帰るわね」
「はい。手伝ってくれてありがとうございました」
「リュミナリア様から頼まれたら、そりゃ全力でやるわよ。じゃ、またね」
一緒に来ていたメールドさん達も、役目を終えたとばかりに去っていく。
後に残されたのは、私達と、シノノメさんだけだった。
「久しぶりの外が海の中とはな。我ながら、よく生き残ったものじゃわい」
「ほんとですよ。なんで生きてるんですか」
「それだと生きていてはまずかったみたいにならんかの? 生きとったら嫌じゃったか?」
「生きていてほしかったに決まっているでしょう。もう、これからは安全に過ごしてもらいますからね」
「むぅ、この数年で変わった世界を見てみたい気もするが……」
お姉ちゃんに抱えられながら、そんなことをぼやくシノノメさん。
確かに、シノノメさんって、感覚的にはもう15年以上も前の人なんだよね。
私は成長しないからあれだけど、普通の人の15年は結構な年月である。
お姉ちゃんだって、シノノメさんと修行していた頃は、まだ成人したばかりだっただろうしね。
15年もあれば常識も変わっているだろうし、シノノメさんはこれから何かと苦労しそうである。
まあ、お姉ちゃんがいれば多分何とかなるだろうけどね。世話する気満々みたいだし。
とりあえず、しばらくは家で一緒に暮らすことになるのかな。そんなことを考えながら、海上を目指した。
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