第百七話:はぐれた場所
家に戻り、お姉ちゃんに事の次第を報告する。
お姉ちゃんは驚いていたようだけど、そういうことなら何としてもフェアリーサークルを見つけないといけないと息巻いていた。
それにしても、極端な二択である。
片やシノノメさんを守るために身を粉にして頑張った妖精で、片やシノノメさんを気に入るがあまり永遠に眠らせて来ようとするヤンデレである。
まあ、もしかしたらそれ以外の可能性もないことはないけど、お母さんがそういうなら多分どちらかではあるんだろう。
妖精に気に入られるなんて、本来なら人にとっては幸運なことだが、そのせいでこうなっていると考えるとシノノメさんも災難である。いや、前者だったなら妖精が居なかったらシノノメさんは死んでいるからやはり幸運なのかな?
いずれにしても、早いところそのフェアリーサークルを見つけなければならない。
「さっそく探しに行きましょ。ハク、手伝ってくれる?」
「それはもちろん。私もお姉ちゃんの師匠は助けたいしね」
お姉ちゃんは、あんなくず親から生まれたとは思えないほど優れた人ではあるけど、その剣の腕は師匠がいたからこそだろう。
それがなければ冒険者としてやっていけなかったかもしれないし、町に出た瞬間に魔物に襲われて死んでいたかもしれない。
であるなら、シノノメさんはお姉ちゃんの命の恩人と言っても差し支えない。
もう過去の人だと切り捨てることは簡単だけど、今ここで生きているのだから、助けないわけにはいかない。
「それなら、この人は私が見ておくよ。もしかしたら、何かの拍子に目覚めるかもしれないしね」
そう言って、ユーリが看病を申し出てくれる。
目覚めないのが妖精が施した仮死状態のなにかなのか、呪いのせいなのかはわからないけど、確かに原因がはっきりしていない以上は目覚める可能性もゼロではない。
うまく事態を解決できれば、私達が戻ってくる前に目覚める可能性だってあるわけだし、看病役は必要になってくるだろう。
ユーリには悪いけど、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「ありがとう、ユーリ。それじゃあ、なるべく早く見つけないとね」
「なら、さっそく行きましょう」
ユーリに留守番を任せ、お姉ちゃんと共にフェアリーサークルの捜索を開始する。
さて、まずはどこを探したものか。
「とりあえず、港町にもう一度行きましょう。私が師匠と別れることになったのは、その町だから」
「そうだったんだ。それなら、そこから調べれば何か見つかるかもしれないね」
どこの港から行ったのかと思っていたけど、まさかあの町だったとは。
しかし、それなら好都合である。あそこなら、転移魔法ですぐに行けるし、そこまで沖に出ないのであれば捜索はできるだろう。
ただ、もし海の中にある場合はちょっと工夫が必要になるかもしれないけど。
ひとまず、まずは行動だということで、港町に転移する。
「詳しい場所は覚えてる?」
「流石に、海で目印が少なかったから正確な位置までは……。でも、そこまで港から離れてはいないはずよ」
あのあたり、とお姉ちゃんが指さす先には、広い海が広がっている。
流石に指さされてもわからないけど……とりあえず飛んで確認してみようか。
私は背中から竜の翼を出し、お姉ちゃんを抱える。
長時間移動するなら完全な竜の姿を取るが、とりあえず確認する程度だったらこれで問題ないだろう。
ちょっと背が小さくて抱えるのが大変だけど、お姉ちゃんもしっかり抱き着いてくれたので落とすことはない。
「この辺?」
「うーん、多分もっとあっちの方」
隠密魔法をかけ、姿を消し、港から飛び立って指さされた場所へと向かう。
一応、方角を見失わないように太陽の位置には常に気を付けているけど、お姉ちゃんが示している場所は周りにほとんど何もない海の只中だった。
確か、魔物討伐した時は沖に出るほどではなかったと言っていたような気がするんだけど、ここは十分沖の方では?
まあ、結構前の記憶だろうし、周りに目印がないなら勘違いしてもおかしくはないけども。
「ここ?」
「た、多分……」
結局、何度かぐるぐると同じところを回った結果、正確な位置はわからないという結論に至った。
まあ、仕方ないよね。最終的に沈没させられたらしいし、魔物討伐が目的なら、それ以外が記憶からなくなっていてもおかしくはない。
その時はお姉ちゃんも必死だっただろうしね。
しかし、一応ある程度の範囲は絞り込むことができた。
結構広いけど、もしここで沈没したのなら、その船が残っているかもしれない。海に潜って探せば、合っているかどうかわかるだろう。
「それじゃあ、これから海に潜るよ」
「えっと、大丈夫なの? 探すにしても、海の底までは息が続かないと思うけど」
「そこは魔法で何とかするから大丈夫。ちょっと待っててね」
私は魔法陣を思い浮かべ、魔法を発動する。
私とお姉ちゃんの周りに泡のようなものが出現し、私達の体を覆っていく。
いわゆる、水中呼吸魔法だ。
前々から、水中を移動することになる可能性は考えていた。
竜の姿であれば、水中でもそれなりの時間活動することはできるけど、やはり肺呼吸をしている以上、息継ぎをする必要がある。
水竜であるエリアスなら、いくら水の中にいても問題ないかもしれないけど、他の竜はそうはいかない。
しかし、竜脈は海の底にある場合もある。そう言った場所を整備するためにも、海の中に潜る手段は必要になってくる。
そういう場所は水竜が対応したりする場合が多いけれど、一応他の竜が対処する場合として、結界で体の周りを覆って、無理矢理水の侵入を防ぐというやり方が使われていたようだ。
結界は、侵入してくるものを選ぶことができる。こちらの攻撃だけを通し、相手の攻撃だけを防ぐと言ったことができるのは、そういう理屈だ。
だから、水の侵入だけを防ぎ、空気の侵入を許せば、水中でも息ができる空間が出来上がるわけである。
ただ、水中にも酸素はあるとは言っても、地上ほど効率よくはない。なので、この方法だと、潜っていられる時間には結局限界がある。
そこで私は、どうにかこれを解決できないかと密かに魔法の研究を進めていたわけだ。
その結果出来上がったのが、この水中呼吸魔法と言うわけである。
「なんか、泡みたいのが包んでるけど、これは?」
「簡単に言えば、空気を内包した泡を作って、その中に入ることで水の中でも活動できるようにした、って感じかな。他にも水圧とか光度の調整とか色々してるけど、細かいことは知らなくても大丈夫だと思うよ」
「へぇ……」
少なくとも、この魔法が続いている間は水の中にいても呼吸ができなくなることはないし、水圧で潰れることもないし、真っ暗で何も見えないということにもならない。
ただ、泡と言う形をとっているので、衝撃にはあまり強くない。
竜のひっかきくらいで壊れてしまうので、あんまり海の中で激しい戦闘とかをすると壊れてしまう可能性もあるので要注意だ。
まあ、そこらへんは防御魔法を併用すれば解決できるけどね。
さて、準備もできたし、さっそく潜っていこうか。
私はお姉ちゃんを抱えたまま、ゆっくりと海の中へと潜っていった。
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