第百六話:妖精の暴走
妖精に気に入られ過ぎた。それは人にとっては少々厄介な状態らしい。
元々、妖精や精霊は、よほど気に入った相手でなければ人前には姿を見せない。時折、気まぐれに加護を落としたり、いたずらしたりすることはあるが、そういう時もあまり人前には姿を現さない。
だから、普通はそんな状況ほとんどないのだけど、極稀にそういう状況があり得るらしい。
精霊の抱擁と呼ばれる、精霊が相手の体をすり抜けて遊ぶ遊びがあるが、あれをやりすぎると、その人物は精霊に対して色々な感情を抱くことになる。
急に愛おしくなったり、恐怖を抱いたりね。
中にはそうやって依存させて、その人物を意のままに操ろうという精霊もいるようだ。
しかし、その感情は一時のものであり、一生続くものではない。急に熱が冷めるように、途端に興味を失うこともある。
大抵の場合は、精霊側もそこまで気にせず、違う人を探すなりするわけだけど、その精霊がその人物のことを本当の意味で気に入る、要は好きになってしまった場合、そのアプローチが止まらなくなる可能性がある。
何度も精霊の抱擁をして、気を引いたり、他にも加護を落としたり、物理的に好意を抱かせる行動を取ったり、とにかく気に入られようと必死になるようだ。
しかし、加護は一人の人間が何度も受けていいようなものではない。行き過ぎた好意は、時に人を傷つけることがあるように、その人物の人生を歪めてしまうものでもある。
まあ、何十と言う精霊の加護を受け取っている私が言うと説得力ないかもしれないけど、普通の人間はそういう感じらしい。
だから、大抵の場合は人間の方から離れていく。するとどうなるか?
精霊の方が暴走する。
離れ離れになるくらいなら、この人を殺して自分も死ぬ、みたいな感じになるらしい。
ヤンデレかな?
その結果、目覚めない呪いをかけられて、今に至るんじゃないかって可能性があるらしい。
なんというか……まじで?
「そ、そんなことありえるの?」
「精霊が人を好きになって、暴走するパターンは割とよくあることよ? 中にはそのまま結婚する精霊もいるしね」
「えぇ……」
精霊と結婚する人なんているんだ……。
まあ、妖精はともかく、精霊は見た目は普通の人に見えないこともないから、見えているんだったらできないこともないだろうけど、周りからしたら一人でぶつぶつ言ってるやべー奴に見られそうである。
「妖精がそうなるのは珍しいけれど、ないことはないでしょう。でも、大抵は他の精霊に諭されたり、急に興味を失って離れて行ったりして終わるんだけど、よっぽど気に入られていたのかもね」
「うーん……」
その二つの可能性があるとしたら、まだ前者の方が可能性ありそうな気がする。
死の呪いかどうかはわからないけど、浄化魔法で治らないほどなんだから強力な呪いには違いないだろうし。
対処が楽なのは……まだ後者の方が楽かな? 死の呪いと仮死状態を解除するのは難しそうだし。
もしかしたら、効かなかったのではなく、すでに死の呪いは解除されているけど、妖精が施した仮死状態の何かが邪魔をして目覚めないという可能性もあるかな。
強力な呪いだったとしても、解呪魔法で解けないにしても何となくわかりそうなものだし。
「いずれにしても、恐らくその妖精は、フェアリーサークルに関係していると思うわ」
「フェアリーサークル?」
フェアリーサークルとは、妖精にとっての秘密基地の入り口のようなものらしい。
時折、花が何も手入れしてないのに円状に綺麗に並んでいたり、茸が輪のように並んでいたりする場所は、フェアリーサークルである可能性があるようだ。
で、そこには何があるのかと言うと、異空間のようなものが広がっているらしい。
世界の時間軸から少しずれた場所にある、デッドスペース。妖精達は、時折そこを改造して、自分にとって心地のいい秘密基地を作ることがあるらしい。
時間軸がずれている関係なのか、その異空間にいる間は時間が進まず、老いることがないらしい。
シノノメさんが、最後に会った時から姿が変わっていないのは、それが原因だとお母さんは考えているようだった。
「でも、シノノメさんが最後に行方不明になったのは、海だって聞いているよ?」
「海にもフェアリーサークルはあるわよ? 何なら空中にも存在する可能性はあるわ」
「そうなんだ」
そうなると、行方不明になった時に偶然フェアリーサークルに飛び込んでしまい、その後しばらく妖精と共に暮らしていた、ってことなんだろうか?
それがなぜ今になって出てきたのかはわからないけど、さっき言った、妖精ヤンデレ化現象が発生したのだとしたら、シノノメさんが耐えきれずに出て行こうとしたところに呪いを、って感じなのかもしれない。
「お母さんはその妖精について心当たりはある?」
「残念ながら、わからないわ。フェアリーサークルは、妖精しか入れないの。妖精が許可すれば入れるけど、基本的に精霊は入れない。だから、情報が入ってこないの」
「そうなんだ……」
あれ、そうなってくると私も入れないのでは?
もし、そのフェアリーサークルの妖精が原因だとしたら、何とか説得して呪いなり仮死状態を解いてもらおうと考えていたけど、そもそも入れないのでは意味がない。
事情を話したら許可くれないだろうか。いや、余計に怒らせるだけかな?
なんにしても、面倒なことになったかもしれない。
「もし、その人を助けたいなら、その妖精に何とかしてもらう必要があると思うわ」
「お母さんじゃ治せない?」
「治せないことはないかもしれないけど、完治はできないかもしれないわ。時間を操るほどの妖精のいたずらなら、その妖精なりの加減があるだろうし、暴走しているなら、恐らくだけど、その人は心臓か、魂か、何かしらを取られてると思う。それを取り戻さない限り、目覚めても完全とは言えないわね」
「そっかぁ……」
お母さんでも無理となると、やはり直接行って話をつけてくるしかなさそうだ。
一体、どんな妖精なんだろうか? 妖精が人を気に入る基準は魔力の多さだと思うんだけど、シノノメさんの魔力ってそんなに多かっただろうか。
確かに、普通の人よりは多かった気がしないでもないけど、そこまで気にいるほどかと言われたらそういうわけではない気がするし……。
とりあえず、このことをお姉ちゃんに伝えないとだね。
「わかった。ちょっと行ってみる」
「もし、話し合いが難航するようなら、近場の妖精に呼び掛けて無理矢理開かせるわ。その時は頼ってね」
「う、うん」
いくら精霊が入れないとは言っても、お母さんなら妖精の配下もいるし、強引にこじ開けるくらいはできるのか。
できればその手はあまり使いたくないけど、話し合いがうまく行かなければ頼らざるを得なくなるかもしれない。
そうならないように努力していこうか。
私はお母さんに礼を言いつつ、その場を去る。
さて、うまく交渉できるといいのだけど。
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