第百三話:浜辺に打ち上げられた人
第二部第四章、開始です。
方々に帰ってきたと挨拶をし、ようやく落ち着いてきた。
地球へと行けるのはいいのだが、それによってこちらの世界でかなり長い時間が経過するのが最大の問題で、あちらの世界で一週間も滞在しようものなら、こちらの世界では半年以上の時が過ぎてしまう。
だから、あちらの世界に長期滞在した後は、こうして挨拶をしないと心配をかけてしまうのだ。
以前、事故であちらの世界に行った時も大変だったしね。
今回は、事前に長期間空けると告げてあるので問題は少ないけれど、やっぱり半年以上も経つと色々と新しい情報もある。
その中に、一つ気になる情報があった。
「そう言えば、港町の方で、浜辺に打ち上げられた人がいるって言う話を聞いたよ」
アルトを交えての王様とのお茶会で、そんな話が飛び出してきた。
浜辺に人が打ちあがる。これは結構珍しいことだ。
基本的に、この世界で海で遭難なんてしたら、陸に辿り着く前に海の藻屑である。
本当に偶然陸に辿り着けたとしても、その時には事切れていることが多く、その港町とかではそれなりに話題にはなるだろうが、王都まで話が上がってくることはほとんどない。
それが、なぜアルトが知っているかと言うと、その人物の格好が特徴的だったからだそうだ。
「話によると、羽織というこの辺りでは珍しい服を着ていて、手に刀を持っていたらしいよ」
「羽織に刀……侍か何か?」
頭の中に、時代劇で見るような恰好が思い浮かぶ。
一応、この世界にもそういう服はないことはないらしい。闘技場の結界魔道具を仕入れている国である、ヒノモト帝国では似たような恰好をしている人もいるのだとか。
ただ、ヒノモト帝国は知っての通り、この大陸の二つ隣の大陸にある。そこから流れつくなんて、ほとんど不可能だ。
もちろん、ヒノモト帝国の人達がいくら外に出ないとは言っても、魔物に転生した人の家族や、やむに已まれぬ事情で国に保護された人もいるので、全員が魔物に転生した転生者って言うわけでもないので、中には外に出て武者修行の旅、って言う人もいるかもしれないけど、だとしてもそんなところにいるのは不思議である。
偶然近くを通る船に乗っていて、偶然船が沈んで流れ着いたってことなのかな?
「サムライかどうかはわからないけど、これの凄いところは、その人は生きていたって話だよ」
「まじですか」
ただでさえ、死んでいることが多いのに、その中でもさらに生きているとなれば、確かに話題に上がってもおかしくないかもしれない。
海で遭難したと思ったら、運良く打ち上げられて奇跡の生還。なんか、アニメとかでそんな展開ありそうだよね。
「その人は、今はどうしてるの?」
「それが、生きてはいるんだが、ずっと目を覚まさないらしい。今は教会で預かっているらしいけど、正直どう接したらいいか困惑しているようだ」
なるほど、流石に無傷とはいかなかったわけか。
教会に預けても目を覚まさないってことは、ヴィクトール先輩の治癒装置でも治せなかったってことだろうし、もしかしたら何か呪いでも受けているのかもしれないね。
「今は知り合いがいないか探しながら様子を見ているらしいけど、このまま誰も見つからず、目を覚まさないようだったら、残念だけどそのまま眠らせてあげるって言う方針らしいね」
「それは、なんだか可哀そうな……」
せっかく生き残ったのに、目を覚まさないからと言ってそのまま眠らせちゃうのはどうなんだろう。
いや、教会は確かに慈悲を与える場所ではあるけど、スペースが無限にあるわけじゃない。
いつまでも回復の兆しがない人をずっと置いておくよりは、安らかに眠らせてあげた方がいいというのはわかる。
私の予想的に、目立った怪我もないのに目覚めないのなら、何かしらの呪いである可能性があると思う。
教会なら、その可能性に気づいて浄化魔法を施していても不思議はないけど、それでは目覚めなかったんだろうか?
なんにしても、結構気になる話題である。
どのみち、今やることと言ったら、ローリスさんに頼まれたゲームをするための魔法陣の研究くらいだし、ちょっと見に行ってみてもいいかもしれないね。
「私もそう思う。どうだろう、ハクさえよければ様子を見に行ってやってくれないか?」
「私も気になるから、行ってみるよ。何かわかったら、報告するね」
「助かる。頼んだよ」
「うん」
アルトにも頼まれたことだし、明日にでも行ってみるとしようか。
そう思いながら、今日のところは家に帰ることにした。
「……って言うことがあってね」
「へぇ……」
家に帰り、夕食をみんなで囲みながら、私は今日聞いたことをお兄ちゃん達に話していた。
もし、打ち上げられたって言うのがヒノモト帝国の人だったとしたら、ぜひとも助けてあげたい。場合によっては、ローリスさんに報告して、保護してもらわないといけないかもだし。
うまく目覚めてもらって、話を聞けたら一番楽なんだけど。
「……ねぇ、その人って羽織に刀を持ってたんだよね?」
「え? うん、そう聞いたけど」
話していると、お姉ちゃんが何か考え込むような仕草をしながらそう聞いてきた。
何か心当たりでもあるんだろうか?
「じゃあ、顔に傷があるとか聞かなかった? こう、左目を縦に斬るような感じの」
「いや、そこまでは……」
そういう人がいると聞いただけで、顔の特徴までは聞いてなかった。
しかし、そういう聞き方をするってことは、お姉ちゃんも何か心当たりがあるのかもしれない。
もしかして、知り合いだったりする?
「……ちょっと気になるから、私もついて行っていい?」
「いいけど、知り合いなの?」
「もしかしたらね。確証はないけど」
まさかこんなところに関係者がいるとは。
まあ、まだ決まったわけではないけど、それも含めて明日確認すればいいだろう。
「お兄ちゃんも来る?」
「いや、俺は溜まった依頼を片してくるよ。今更俺がやることでもない気がするけどな」
お兄ちゃんは一応まだ冒険者を続けている。
もちろん、すでに40間近だからそろそろ引退も視野に入れる必要があるんだけど、まだまだギルドは手放してくれないらしい。
お兄ちゃんが王都に帰って来てから、難易度の高い依頼を溜め込まずに済んで助かっていると以前ギルドマスターのスコールさんが言っていた気がする。
そろそろお兄ちゃんやお姉ちゃんに代わるAランク冒険者を見つけないと、いざいなくなった時大変そうだなぁ。
「そっか。頑張ってね」
「おう。サフィがついてれば大丈夫だと思うが、そっちも気をつけろよ」
「もちろん」
まあ、戦いに行くわけではないから、何も起こらないと思うけどね。
夕食を食べ終え、片付けをしながら、明日のことを考える。
さて、一体どんな人なんだろうね。
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