第八十六話:王都のダンジョンへ
サリアさんに抱かれ、屋敷を出た私達はその足で町の外へと向かっていた。
今のサリアの格好は例の組織愛用の灰色ローブ姿だからワンチャンギルドの人に目を付けられる可能性があるんだけど、その辺りは全然気にしていないらしい。
強者としての余裕なのか、それともただの慢心なのかはわからないけど、まあ私も大丈夫だとは思う。
今まで捕まってきた構成員はほとんど男性だし、サリアさんは一応貴族で身分もはっきりしてる。咎められたとしても、たまたま同じローブを着ていたで済むだろう。
サリアさん自身、このローブはお気に入りらしいし、無理矢理剥ぎ取るのもなんだか気が引ける。
『サリアさんはどんな魔法が使えるんですか?』
「闇属性と、一応風属性も。だからあんまり戦闘は得意じゃないんだ」
闇属性は基本的に隠密や拘束に長けている属性。
大体の人はせいぜいボール系やウェポン系を使うくらいで、上級魔法となるとあまり見かけない。他の属性と比べて若干威力が低いという特徴があるから確かに戦闘には少し不向きかもしれない。
しかし、使いようによってはかなり厄介な属性でもある。私はあんまり使ったことはないけどね。
『その、大丈夫なんですか?』
「大丈夫だぞ。オーガ程度なら不意を突けばやれるからな」
不意打ちは闇属性魔法の真骨頂。まあ、いざとなれば私が手助けすれば何とかなるかな?
過信は禁物だけど、いざとなったら逃げれば何とかなるだろう。逃走においても闇魔法は便利だからね。
そんなことを話している間に町の外に出た。
出る際に門番から魔物には十分注意するようにと注意を受けたが、その魔物を狩りに行くと言ったら面を食らったような顔をしていた。
まあ、サリアさんは見た目凄く綺麗だし、魔物を狩りに行くようには見えないよね。私も似たような反応されたことがあるからわかる。
町を出たら向かうべき場所は森の中にあるダンジョンだ。
先日、オーガ騒動の時にオーガが出てきたとされるダンジョンが森の中にあるらしい。
歩いて数時間という近場であることから、ダンジョン目当てで王都を訪れる人もいるんだとか。
オーガが溢れた原因は未だ調査中らしいけど、あれから出てこないところを見ると狩りつくされたとみていいだろう。
もしかしたらまだ数匹くらいはダンジョンの中に居座ってるかもしれないけど、調査に入った冒険者が何も言ってないんだから出会う可能性も低い。
まあ、今回の場合はむしろ出会いたいんだけどね。その血が必要だから。
『そういえば、ダンジョンって今はギルドが封鎖してるんじゃ?』
完全に安全が確認されるまではあのダンジョンは封鎖されているはずだ。前にギルドマスターが言っていたから。
私の問いにサリアさんはふふんと得意げに鼻を鳴らすと、大丈夫と私の頭を撫でた。
「私しか知らない裏道があるから大丈夫だぞ」
『そんなものが……』
ダンジョンの入口って結構厳重に管理されているらしいんだけど、なんか案外ガバガバだな。
まあ、基本的にダンジョン内の魔物は外に出てこないから何とかなってるんだろうけど。例外はともかくとして。
しばらく歩いて森に入ると、すいすいと木々の間をすり抜けていく。そして、小さな沢が流れる岩場の近くまでくると足を止めた。
「ここだ。今開くから待っててな」
サリアさんはおもむろに手を上げ、目の前の崖に埋まった大きな岩に向かって翳す。すると、岩の表面が揺らぎ始め、やがて大きな穴となった。
これ、隠蔽魔法か。
「出来た。それじゃ、行こうか」
『は、はい』
軽く腕を払うと、私を抱きしめ直して穴の中へと足を踏み入れる。
初めて潜るダンジョンに少しドキドキしながら周囲の気配を探り始めた。
ダンジョン内は意外と明るかった。
周囲には巨大な根っこが壁を這い、足元はごろごろとした中くらいの石が散らばっている。壁のところどころには宝石のように煌めく尖った石が飛び出ており、それが淡く光を発しているようだった。
「……なあ、そう言えばお前なんて名前なんだ?」
『ああ、まだ名乗ってませんでしたね。すいません。私はハクといいます』
交渉するつもりで来たとはいえ、完全に敵の親玉と会う覚悟できていたから名乗り忘れていた。説得するのに必死だったしね。
「ハクな。よし、覚えた」
『よろしくお願いします。……ところで、私、邪魔じゃないですか?』
私は今サリアさんの腕の中に収まっている。
当初は飛んでいくつもりだったのだが、なんだか流れでサリアさんが持つことになりここまで連れられてきたのだが、正直邪魔なんじゃないかと思う。
魔法主体で戦うとはいえ、私を抱いた状態では動きにくいだろうし、手が塞がるのもできれば避けた方がいいだろう。
確かに魔力を温存するという意味では抱いててくれた方がありがたくはあるが、多少なら大丈夫だとは思うし、無理に抱く必要はないような。
「別に、邪魔じゃない。こっちのほうが落ち着く」
『そ、そうですか。でも、戦闘になったら遠慮なく放り出していいですからね?』
「わかった」
そう言ってぎゅっと私を抱きしめるサリアさん。
ほんとにわかってるのかなぁ……。
こうして抱かれることに文句は……多少はあるけど、人間に戻るまでの間だし構わないと言えば構わないけどさ。
しばらくダンジョン内を散策する。特に魔物に出会うこともなく、私達はずんずんと奥へ進んでいった。
ダンジョンと聞くと、奥底にある宝を守るために門番のように多くの魔物が闊歩しているようなイメージがあったんだけど、全然出会わないな。
この調子じゃ本当に目当ての魔物の血を手に入れることが出来るかどうか怪しい。ちゃんといるよね?
「うーん、やっぱ少ないな」
『ダンジョンってこんな感じじゃないんですか?』
「いや、ほんとはもっと魔物がいる。あの馬鹿どものせいで数が激減してるみたいだな」
ちっと舌打ちをしながら表情を歪める。あの馬鹿どもとはオーガ騒動を引き起こした奴らのことだろう。
あの事件で多くのオーガが討伐された。サリアさんはいくつかのオーガを故意に増殖させていたようだったけど、それもいなくなってしまった。
ダンジョンには一定の間隔で魔物を生み出す能力が報告されているけど、流石にいっぺんに討伐されたとあってはすぐに補充できるわけもなく、今のがらんどうなダンジョンが出来上がっている。
うーん、思わぬところで障害が出てきてしまったな。
まあ、しばらくしたらダンジョンの機能が働いて魔物が生み出されるだろうからそれまで待てばいいんだろうけど、出来れば早く元に戻りたいんだよね。
良くも悪くも、この体は脆すぎる。
「んー、もっと奥行けばいるかぁ?」
『危険じゃないですか?』
「大丈夫、一対一ならどうとでもなる」
そう言ってずんずん進んでいく。
うーん、実力があるのはわかってるんだけど、そこはかとなく不安だ。
見た目がいいからか、どうしても彼女を戦闘要員として見れない。年齢の割に幼いし、私がしっかりしないといけないよね。
周囲の気配に注意しつつ、サリアさんの様子を窺う。
どことなく、楽しそうだな、と思った。この状況を楽しんでいるのか、今にも鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
私が、彼女の支えになれてるってことでいいのかな?
その気持ちがぬいぐるみによるものなのか、私自身によるものなのかはわからないけど、後者であることを願いたいものだ。