第九十一話:結婚の挨拶
翌日。私はお兄ちゃんとお姉ちゃん、そしてユーリを伴って、実家へと転移していた。
すっかり忘れていたのだけど、やっぱり、一応は結婚したわけだし、その相手を両親に紹介しないわけにはいかないということで、こうして会いに来たというわけである。
一応、ここに来る前に事前に連絡はしておいた。一夜のスマホから連絡してもらって、私が結婚したことを含め、報告したのである。
出たのはお母さんだったのだけど、驚いてはいたようだけど、特に何か追及してくることはなかった。
相手はどんな人かと聞いては来たけど、会いに行くと言ったらじゃあ待ってると言ってきて、そのまま通話は途切れた。
今思うと、もしかしたら怒っていたのかなと思わなくもないけど、大丈夫かなぁ……。
別に、結婚なんて許さん! みたいな両親ではないと思うんだけど、なんとなく心配だ。
「ハク、緊張してるの?」
「そりゃあね。ユーリはしてないの?」
「してないわけじゃないけど、まあ、大丈夫かなって」
半分精霊になった影響なのだろうか、それとも今までに経験してきた場数のせいだろうか、ユーリは割と物怖じしないタイプだと思う。
時にはその能力を使って自ら死にかけることもあるくらいだし、多少のことでは動揺しないのかもしれない。
その克服の仕方はどうかと思うけど。
《ハクの前世でのご両親か、一体どんな人だろうな》
《私達の親みたいなくずじゃなきゃいいんだけど》
《あれと比べるような人達ではないから……》
間違いでも、私とお兄ちゃん達の両親、すなわちあの貧しい村にいた両親より下だなんて思われたくない。
あんなの、お兄ちゃんやお姉ちゃんが優秀だったからそれなりに発言力があっただけで、あの人達自体はただのろくでなしである。
そう言えば、あの人達どうなったんだろう。全く音沙汰ないけれど。
お兄ちゃん達も見限ったようだし、すでに亡くなっているのかな?
そのうち、気が向いたら見に行ってみるとしよう。気が向くかは知らないけど。
「……さて、いつまでも玄関の前で立ってるわけにもいかないし、行こうか」
私は一度深呼吸をする。
この姿が受け入れられないのではないかという不安はすでにないけれど、やっぱり結婚相手を紹介するとなると緊張する。
意を決して、インターホンを押すと、すぐにお母さんが出迎えてくれた。
「おや、来たね」
「うん。ただいま、お母さん」
「お帰り。まあ、まずは上がりな」
お母さんはそう言って私達を中に招き入れる。
靴を脱ぎ、リビングへと通されると、そこにはお父さんの姿もあった。
「さて、久しぶりの帰省だ。ゆっくりしていって、と言いたいところではあるけど、今日は大事な話があるんだろう? まずは紹介してくれないかね」
「あ、うん、えっとね」
テーブルの周りに腰かけ、まずは自己紹介をしていく。
せっかくだからと、アリアとミホさんにも姿を見せてもらって、紹介したら、二人とも目を丸くして驚いていた。
私が異世界の住人になったことは承知していたようだけど、流石にこうして見せつけられるとびっくりするようだ。
まあ、これからもっとびっくりすることを言わなきゃならないんだけど。
「本物の精霊を見られたって思うと本来の目的を忘れそうになるけど、ひとまずそれは置いておいて……」
「兄、なのか? 結婚相手ではなく?」
「え? う、うん、この人は私のお兄ちゃんだよ。結婚相手はこっちの、ユーリ」
「……どう見ても女性じゃないか」
「あはは……」
まあ、今のユーリは女性モードだし、その指摘は間違いじゃない。
今の私の性別も女性だし、普通に考えたら、唯一の男性であるお兄ちゃんが結婚相手と見るのはある意味当然っちゃ当然だったか。
そこらへんはちょっと予想外だったけど、気を取り直して、私はユーリのことを詳しく説明する。
「ユーリは私と一緒で、こっちの世界からあっちの世界に転生した転生者なんだよ」
「ふむ、なるほど、つまりは元々の性別で合意したというわけか」
「ああ、いや、そういうわけでもないんだけど……」
ここらへんは素直に言っていいものか。
ユーリが私と結婚したいがために、性転換して男になりましたとか、普通に考えたらとんでもないことである。
しかも、その性別は私が居ればいつでも変更可能という意味不明な状況。
いくら異世界が何でもありみたいな認識があるとしても、流石に受け入れられなさそう。
「まあいい。ユーリと言ったな、年は?」
「事情があって誕生日を失念しているので詳しくはわかりませんが、おおよそ25です」
「なるほど。とてもそうは見えんが」
「私は竜人という種族で、今では半分精霊にもなっていますので、体の成長が著しく遅いのです。見た目はあまり気にしないでいただけると」
「まあ、白夜もこの見た目だしな。そちらの世界では、それが普通なのだろう」
お父さんはその後も、色々と質問を重ねていく。
私が結婚したことを否定することも肯定することもなく、ただひたすらにユーリを質問攻めしているのは、一体どういう意図があるんだろうか。
単純に、ユーリのことを見極めようとしている?
確かに、見た目にはまだまだ子供に見えるし、そういう意味では頼りなく見えたりもするだろうけど。
お母さんも何も言わないけど、じっとユーリのことを見ているし、なんだか緊張感がある。
ユーリは特に物怖じすることもなく、はきはきと答えているけど、果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……。
「……一つ聞きたい。お前さんは、白夜に、幸せにしてもらう覚悟はあるか?」
「お、お父さん?」
「幸せにしてもらう覚悟、というとちょっと違うかもしれませんが、一緒に幸せになる覚悟ならできていますよ」
「……そうか」
お父さんは、そう言ってお茶をすする。
いったい何の確認だったんだ……。
そりゃ、私はユーリのことを幸せにしたいと思っているし、ユーリも私のことを幸せにしたいと思ってくれていることだろう。
というか、結婚したからには相手のことを幸せにするって言うのは当然のことだし、わざわざ聞くまでもないことでは?
質問の意図が理解できず、首を傾げていると、お父さんは私のことをそっと撫でてきた。
「いい嫁さんを貰ったな」
「え、え?」
「元々、お前の結婚に反対する気などないが、見極める必要はあると思っていた。あまりに無責任な奴だったらどうしてくれようかと思っていたところだ」
「そんな大げさな……」
そりゃ、ユーリとの結婚は半分成り行きみたいなところもあるとはいえ、ユーリは前世から私のことを思ってくれている一途な人だ。
私も、そんなユーリのことは嫌いになれないし、そうでなければいくら必要に迫られていたとはいえ、結婚などしていない。
もし、ユーリがただの下心だけで結婚しに来たのなら、少しは考えていただろう。
見極めるなんて、必要ないと思うけど、でも、お父さんとしては必要なことだったのかもしれない。
誰だって、親なら子供のことが心配になるものだろうしね。
「大したもてなしはできないが、もし近くに来ることがあったらいつでも来なさい。歓迎しよう」
「ありがとうございます」
「よし、では飯にしようか。母さん、用意してくれ」
「はいはい、ちょっと待っておくれ」
そう言って、お母さんは席を立つ。
そう言えば、もうお昼時なのか。案外、長く話していたのかもしれない。
とりあえず、ユーリのことを認められてよかった。
ほっと胸を撫でおろしつつ、久しぶりのお母さんの手料理に少し期待していた。
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