第八十五話:元の姿に戻る方法
刺すような痛みを感じて目を覚ます。思わず呻き声を上げるが、それが言葉になることはなかった。
開くまでもなく開かれた瞳にピンク髪の少女が映り込む。
どうやら場所は変わっていないようだった。多くのぬいぐるみに囲まれ、しきりに私の腕に何かをしているようだった。
「ん? 気が付いたか?」
『……はい。何をしてるんですか?』
「腕を直してる」
角度的に私の目には映らないが、ちぎれてしまった私の腕を治療してくれているようだった。
ちらちらと糸が通された針が映り込む。ああ、痛みはこれのせいか。
今の身体からしたら小さな針でもかなり大きく見える。まるで槍のようなそれを突き刺されたらそれは痛いだろう。
思わず呻いていると、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「ごめんな。直さないと、戻した時にちぎれたままだから……」
『戻してくれる気になったのですか?』
「うん。だって、一緒にいてくれるんでしょ?」
彼女が見せた笑顔はまるで憑き物が落ちたかのように爽やかなものだった。
ああ、これだ。私が見たかったのはこの笑顔だ。
これが見られただけでも、腕をちぎられた甲斐があったというものだ。
「ごめんな。腕、痛かったよな?」
『大丈夫ですよ。直してくれるんでしょう?』
「うん。針仕事は得意だから」
針が突き刺されるたびにじくじくと痛むが、その動きは早く正確であるとわかる。
なくなっていた腕の感覚が次第に戻っていくのが感じられた。
こんな簡単に壊れてしまう脆い体ではあるけれど、それと同じくらい直すのも簡単なんだね。
今の身体の非常識さを実感しながら痛みに耐えていると、ほどなくして治療が終わったようだ。
動かすことはできないが、見なくても綺麗に繋がっていることはわかる。本当に腕がいいようだ。
「これで大丈夫。後は元に戻すだけ」
『どうやって戻るんですか?』
「魔物の血を使うんだ。確かその辺に……」
ごそごそと棚を探しているサリア。しかし、なかなか見つからないのか次第に探す場所は増えて行き、タンスの中やベッドの下まで覗きだす。
……なんか嫌な予感がするんだけど。
しばらくして戻ってきたサリアは焦ったように呟いた。
「……魔物の血がない」
どうやら私が元に戻れるのはまだ先になりそうだ。
うん、まあ、元に戻してくれる気になっただけ良しとしよう。
サリアさんによると、人間からぬいぐるみに変える時は人間が持つ魔力が多少なりとも変換されて効率がいいし、変化後の体は小さいから大して魔力も必要としない。だけど逆にぬいぐるみから人間にする時は、ぬいぐるみという無機物が持つ魔力は少なく、変換効率も悪いためそれに代わるものが必要になるらしい。それが魔物の血なのだとか。
正直よくわからないけど、まあとにかく魔物の血がなければ元に戻ることはできないらしい。
『魔物の血って、どんな魔物でもいいんですか?』
「できれば魔法適性か耐性が高い奴のがいい。そうじゃないと、中途半端に戻ることがある」
『それはそれは……』
「本当ならそのために育ててたオーガがいたんだけど……」
ああ、それならこの間片っ端から討伐してしまいましたね……。
てっきり王都陥落のために準備してた戦闘力だと思っていたのだけど、違ったのかな?
そのことについて問うと、サリアはため息をつきながら答えてくれた。
「あれはあいつらが勝手にやったことだよ。確かに戦闘力としても期待してはいたけど、そんな目的に使うためじゃない」
『サリアさんは組織でどの程度の地位にいるんですか?』
「ああ、言ってなかったっけ。一応ボスだよ。一番上」
『ぼ、ボス?』
平然と言いのける目の前の少女の言葉に驚きを隠せない。
どう考えてもボスっていう風には見えないんだけど……。
そんな思惑が伝わったのか、口を尖らせて言った。
「本当だからな? 友達が欲しくてあっちこっち手を出してるうちに出会ったんだけど、僕の力を見たら傅いて来たから部下にしてあげた」
『友達とは程遠い連中のような……』
「うん。だからあいつらはただの遊び相手。まあ、色々好き勝手やってくれたみたいだからお仕置きしたけど」
『もしかして、最近の殺人事件は』
「うん、僕がやった奴だよ。腕をもぐとピーピー泣くから面白かったよね」
まさかあんなグロい殺人の犯人がサリアだったとは……。
確かに、ぬいぐるみにしてしまえば手足をちぎるのも簡単だ。そしてその状態で人間に戻されれば死ぬだろう。
私も同じことをされた身だからね。想像するとちょっと怖い。
「あ、お前にやったのは悪いと思ってるからな? ほんとごめん」
『いえ、そのことはもういいですよ……。それより、血は調達できそうですか?』
「んー、血を売ってる商人もいるけど、出来れば新鮮な方がいいかな。ダンジョンに潜ればそれっぽい奴がいるかも」
『なるほど、現地調達ですね』
魔物は素材として多く流通しているとはいえ、血はなかなかお目にかかれない。
一応、魔法の触媒として使えなくはないけど、魔石と比べたら全然だし、持ち運びもしにくいからあまり使われない。
となると直接魔物を狩って調達するのがいいんだけど、一つ問題がある。
『……この姿で狩れるかな』
今の私はひ弱なぬいぐるみだ。一応動けるし、多少の魔法が使うことが出来るけれど、魔物を相手にするのは少々分が悪い。
ゴブリンとかの低位の魔物なら何とかなるだろうけど、お探しの魔物の血は中位以上だろう。オーガが例なわけだし。
うーん、不安しかない。
「僕は戦闘はそこまで得意じゃないけど、お前のためなら頑張るぞ」
『え、もしかして、サリアさんが狩るんですか?』
「そうだぞ?」
何を当たり前なことをという風にきょとんとしているサリアさん。
そういえば、お姉ちゃんを倒すくらいには強いんだっけ。
戦闘が苦手とは言っていたが、あの時見た闇魔法は無詠唱のように見えた。私のように特殊な覚え方をしていない限り、かなり使い込んでいる証拠だろう。
少なくとも、今の私よりは戦力になることは確実だった。
「僕のせいでこんなことになっちゃったんだし、お前は絶対戻してやるからな」
『サリアさん……ありがとうございます』
「お礼を言われるようなことはしてないからな?」
すっかり前向きになってくれているようで嬉しい。そういった意味を込めてお礼を言った。
さて、となるとまずは着替えなくてはならないだろう。
今のサリアの姿はご令嬢よろしくドレス姿だ。流石にこんな格好でダンジョンに潜るなんてできない。
着替えを促すと、サリアはその場で着替え始めた。
え、待って、ここで着替えるの?
本来ならばメイドの仕事であろう着替えを一人でできるのは偉いと思うが、いきなり私の目の前で着替えられるのはちょっと、その、うん。
いや、今は女の子だからいいんだけどね? でもなんか、凄い罪悪感があるんだ。
というかこの部屋にあるぬいぐるみってほとんど元人間だよね? みんなが見てる中で着替えなんかしちゃっていいの?
内心バクバクしながらもサリアは手早く着替えを済ませ、動きやすい服装になった。
「さて、それじゃ行くか」
『う、うん、そうだね……』
感想ありがとうございます。