第七十五話:補導対象
その後、たっぷりと話し、その間に一夜が夕食を作ってくれた。
今日はなぜだかハンバーグである。
ぱっと思いついたらしいが、この人数を作るのは大変ではなかっただろうか。
私はお兄ちゃん達を相手にしていたからあんまり手伝えなかったし、ちょっと不安である。
まあ、全然気にした様子がないので大丈夫だとは思うけどね。
精霊組は一足先にお風呂に入りに行き、残ったメンツで先に夕食を食べる準備をする。
ただ、出来上がったのはいいのだけど、まだユーリが帰ってきていない。
おかしいな。あれからすでに一時間以上は経っていると思うのだけど……。
「ユーリさん遅いね」
「うん。もう外も暗くなってきてるのに、どうしたんだろう」
何かあれば通信魔道具もあるし、連絡してくると思うのだけど、未だに連絡はない。
どこ行ったんだろうか。まさか、何かトラブルに巻き込まれたとか?
「あ、連絡が来た」
そんなことを思っていたら、通信魔道具に連絡があった。
慌てて出てみると、凄い小声で声が聞こえてきた。
『ハク、ごめんなさい、もうちょっとかかりそう』
「ユーリ、今どこにいるの? 何かトラブル?」
『まあ、トラブルと言えばトラブルかなぁ……』
話を聞いてみると、ユーリは用事を終えて、ここに戻ってくる最中だったという。
その途中、不良っぽい男に絡まれている女性を発見したんだとか。
見るからに困っている様子だったので助けに入ったが、不良っぽい男は割って入ってきたユーリに怒声を浴びせ、殴りかかってきたのだという。
ユーリはとっさにその手を受け止め、その勢いで男を投げ飛ばし、近くに止めてあった車に激突させて気絶させた。
結果として、車はへこみ、窓ガラスは割れ、さらに警報が鳴り響くことに。辺りは騒然となり、近くにいた人は警察に通報。逃げようにも絡まれていた女性をそのままにするわけにもいかず、その場で待機し、今は警察に事情聴取を受けている最中なのだとか。
「えぇ……大丈夫そう?」
『とりあえず、男を投げ飛ばしたこと自体は正当防衛として認められたけど、この時間に私が一人でいることが問題だって言うので親元に連絡したいって……』
「ああ、ユーリって見た目は子供だしね」
本来の年齢を知っているから忘れがちだけど、ユーリは見た目10歳程度である。
現在時刻は19時を過ぎているし、そんな時間に子供が一人で出歩くのは確かに危ないかもしれない。
でも、言ってもまだ19時過ぎである。補導対象になるには少し早いような気もするけど……。
「連絡先教えたの?」
『ううん。私が親に連絡しても誰だってなるだろうし、そもそも覚えてないしね。だから知らないって言ったんだけど、そしたら名前と住所を聞かれて……』
「それで困ってると」
『うん……。ハク、助けに来てくれない?』
この世界で一番気をつけないといけないことの一つが、警察の厄介になることである。
私達は、こちらの世界での身分証を持っていない。つまり、名前も住所も何もかも説明できないのである。
嘘を言ったところで、調べられればすぐにばれるし、では何も言わないのかと言われたらそれはそれで疑われる要因となる。
ユーリの場合、そのまま保護されて警察署行き、なんてことになるかもしれない。
まあ、ユーリは私達と違って日本人っぽい顔してるし、そう悪いことにはならない気もするけど、それでも面倒なことに変わりはない。
さっさと助けてあげないと、立場が悪くなる一方だ。
「わかった、すぐに行くよ。警察には、適当に言ってはぐらかしておいて」
『うん。ごめんね、迷惑かけて』
「いやいや、こういうことを想定してなかった私も悪いし。それじゃ、すぐに行くね」
ユーリに場所を聞いた後、一度通信を切る。
それにしても、まさか補導まがいのことをされるとは思わなかった。
いや、見た目を考えれば当然のことなんだけど、ユーリもそこらへんは気を付けていただろうし、そもそもそこまで暗くなる前に帰ってこられるはずだったのである。
それを、不良から女性を庇ったばっかりにこんなことになるとは。
ユーリの行動を間違いとは言わないけど、とりあえずその不良には反省してもらいたいところだね。
「さて、ユーリが補導されかけてるみたいだから迎えに行ってくるね」
「え、補導って……確かにちっちゃかったけど、早くない?」
「なんか不良から女性を助けたら警察が来て、そんなことになってるみたい」
「なんか、運が悪いね」
運が悪いというか、これはもうユーリの性だと思う。
まあ、今回は怪我人から怪我を移したわけではないし、まだましな方だと思うけどね。
「ハク兄一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちゃんと大人モードで行くから」
「ああ、ええと、【擬人化】だっけ? ほんと便利な体よね、ハク兄って」
「これは偶然手に入れたものだけどね」
場所はそこまで遠くはないようだし、軽く走ればすぐに辿り着くことができるだろう。
いや、走ったらまずいか? いくら夜が近づいてきていて人気が少ないと言っても、あんまり速く走りすぎると目立ちそうだ。
ここはやはり、屋根から屋根に飛び移る方法で行くとしよう。夜なら、そこまで空は見えないだろうし。
お兄ちゃん達にもユーリを迎えに行く旨を伝え、そのまま外に出る。
一緒に行きたがっていたけど、すぐそこだからとあしらってきた。
流石に、お兄ちゃん達がついてきたら余計に面倒なことになりそうな気がするし。私だって、銀髪緑眼とここでは結構浮く見た目だからね。
目撃者は少ない方がいい。
「さて、と」
周りに人気が無いことを確認し、跳躍魔法で飛んでいく。
そうして、ユーリが待っている場所の近くまで行くと、適当な路地裏で【擬人化】し、それらしい服を着た。
残念ながら、大人モード用の服はこちらでは買っていないので、あちらの世界の私服になるけど、まあそこまで突飛なものでもないし多分大丈夫だろう。
「……あ、来ました」
さりげなく通りに出てみると、そこには人だかりができていた。
近くにはパトカーも止まっていて、そのそばで警察官と向き合っているユーリの姿が確認できた。
私はふぅとため息を吐いた後、警察官に話しかける。
「お世話になっております。私、そちらの子の保護者です」
「おお、あなたがそうですか。失礼ですが、お名前は?」
「ハクヤと申します。いつまで経っても帰ってこないものですから、探しに出てみたら人に囲まれていて、警察の方までいたのでびっくりしました。何かあったのですか?」
「ええ、実はですね……」
警察官は私にこれまでの経緯を説明する。
概ね、ユーリが言っていたことと違いはなさそうだ。
ただ、投げ飛ばされた不良は車に激突したせいで骨折したらしく、救急車で運ばれていったらしい。
これに関しては、周りの人の証言や、女性の証言もあって正当防衛と認められたので問題ないが、やっぱり子供がこの時間に歩くのはちょっと問題だということで、事情聴取ついでに身元を聞こうとしていたようである。
仕事熱心で何よりだが、そこはスルーしてもよかったんだよ?
「そうでしたか。お騒がせして申し訳ありません」
「いえいえ、むしろ、怯まずに女性を助けたことは称賛されるべきでしょう。ですが、まだ子供なのですから、あまり無理はしないようにお願いしますね」
「はい、よく言いつけておきます」
その後、いくつか話をした後、ユーリは解放されることになった。
住所とか聞かれたけど、一応、ユーリは女性を助けようとしてこうなったわけだし、そこまで深くは追及されなかった。
ユーリが助けた女性は、深々と頭を下げ、ユーリにお礼を言っていた。
まあ、面倒ではあったけど、人助けできたなら良かったのかな。
私はユーリと手を繋ぎながら、ふぅとため息を吐いた。
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