第七十四話:帰宅して
その後、無事に尾行を撒き、家まで帰ってきた。
そう言えば、結局またお兄ちゃん達を連れてきてしまったな。
一応、有野さんからマンションに住む許可は貰ったのだけど、流石に即日でというわけにはいかないらしく、住める状態になるのは最低でも明日以降になるらしい。
だから、今日はこうしてまた一夜の部屋に泊るしかない状況である。
ちょっと申し訳ないけど、また今回もリビングで寝てもらおうか。
「ハク兄、ちゃんと告知忘れないようにしてね」
「あ、忘れてた」
「もう、ちゃんとしてよ?」
私は一夜に呆れられつつも、パソコンを開く。
こうやって告知を出すのも久しぶりな気がする。
まあ、久しぶりと言っても数えるほどしかやったことないけど、これもなんだか懐かしい気がした。
SNSに告知を出すと、すぐに返信が来た。
どうやら、私のアカウントを常に見張っているような人がいるらしい。昨日の一夜の配信を見て待機していたって言うのもあるかもしれないが、みんな待ってたと言ってくれていた。
瞬く間に拡散されていき、あっという間に万単位のいいねが付く。
みんな大げさじゃないだろうか。私はただの月夜アカリのおまけ程度のものだと思うのだけど。
「私のおまけというか、私がおまけじゃない?」
「いや、そんなわけないでしょ。先に始めたのも一夜だし、登録者とかも一夜の方が上でしょ?」
「そりゃそうだけど、多分ハク兄にはすぐに抜かされる気がするよ」
「そうかなぁ……」
ヴァーチャライバーの界隈がどういう仕組みで競争しているのかはよくわからないけど、そんな簡単に新人に追い抜かれてしまうものなんだろうか?
そりゃ確かに、私は設定という意味ではかなりガチガチに固められているという印象を持たれているだろう。
ちゃんと設定を守っている人もいるが、大抵は設定はおまけで、やっていくうちに素の自分というものがあらわになっていくと思う。
そう言った中で、設定に忠実で、理想の妖精を演じられる私は稀有な存在なのかもしれない。
でも、別に素の自分を出すことが悪いわけではないだろう。むしろ、そういうところにギャップを見つけたり、独特の良さを見つけたり、というのもあるだろうし、そちらの方が人気は出そうな印象がある。
だから、私がいくら頑張ろうが、それはキャラの立ち絵としての魅力や設定の忠実さということだけで、そこまで人気になる要素ではないと思うんだけどな。
むしろ、月夜アカリという姉がいるからこそ、新人でも見てもらえているのではないかと思う。
そんな私が追い抜くかと言われたら、うーんと言わざるを得ない。
「今はわからないかもしれないけど、きっとそのうちわかる時が来るよ」
「なに、その意味深な言い方」
「そんなことより、今日は色々話を聞かせてよ。私も配信ないし、ハク兄も今日はやらないでしょ?」
「まあ、それはそうだけど」
明日復帰配信をするというのに今日やるわけにはいかないしね。
ま、仮に私が月夜アカリよりも登録者が増えようがそうでなかろうが、私としては別に興味はない。
できることなら一夜を活躍させたいとは思うが、私が何かしなくても一夜なら勝手にどんどん努力してどんどん上に上がっていきそうだし、私がお節介を焼く必要はないと思う。
私がすべきことは、それ以外の部分。特に、異世界に関することを話したらいいんじゃないかな。
あちらのことがわかれば、一夜も少しは安心すると思うし。
「そう言えば、ユーリさんは? いないみたいだけど」
「そういえば確かに」
部屋を出る際、ユーリは行きたい場所があると言って私達とは別行動をとった。
それ自体は別に不思議でも何でもないんだけど、その際、ユーリは鍵を持っていかなかった。
まあ、鍵が一つしかないから渡しようがなかったというのもあるんだけど、そしたらユーリは「こちらが早めに帰ってきたら外で待ってますよ」と言って、そのまま行ってしまった。
元々、このマンションに入るには家主の許可が必要になる。家主が不在だった場合、マンションの入り口すら通れない仕様だ。
だから、もし帰っているならマンションの入り口で会うことになると思うんだけど、見当たらなかった。つまり、まだ帰ってきてないということである。
現在は日も暮れて暗くなってきた頃。そろそろ帰ってきてもいい時間だとは思うんだけど……どこにいるのかな。
「ちょっと連絡してみようか」
幸いにして、ユーリは通信の魔道具を持っている。
魔力がないこの世界でも、魔石の魔力を消費して使用する魔道具は使えるはずだし、多分繋がるだろう。
もし繋がらなくてもその時は探知魔法で探せるだろうしね。この世界で魔力がある存在なんて、異世界から来た人くらいなんだから。
『もしもし、ユーリ? 今どこにいるの?』
『ああ、もしもし。ごめん、ちょっと遅くなっちゃったかな』
通信魔道具で連絡すると、ほどなくして返事が返ってきた。
聞くところによると、ちょっと目的地に行くのに手間取ってしまい、帰りが遅くなったらしい。
もうすぐ着くとのことなので、心配しないでと言っていた。
ユーリのことだから、てっきり怪我人とかを見つけて、能力を使って自分にその傷を移す、とかやっているのかと思ったけど、そういうわけでもないらしい。
流石に、それがこの世界では異常すぎることだということは自覚しているようだ。まあ、もしかしたら死にそうな人がいたらやるかもしれないけど。それが油断ならない。
そういう意味では、一人で行かせたのは危なかったかな? いやでも、あまり束縛するのもあれだしなぁ……。
まあ、とりあえず無事なら何よりである。
「どうだった?」
「もうすぐ帰るって」
「そう。それならよかった」
あと少しで帰ってくるというなら、夕飯の準備をしていたらできる頃には帰ってくることだろう。
ついでにお風呂の用意もしておこうか。
《ハク、そろそろいいか?》
《ああ、ちょっと待って》
と、お兄ちゃんがそわそわと待ちきれないと言った様子で話しかけてくる。
というのも、今回服を買うために服屋に行ったわけだが、服屋と言っても実際はデパートのような場所である。
私としては、庶民的な服でも十分だったのだが、寄ったのは普通におしゃれな服がたくさん置いてあり、値段もそこそこする、そんなお店だった。
なので、お兄ちゃん達が着ている服は結構しっかりとしたデザインのものであり、いくら地味目と言っても、それなりに映える意匠である。
そして、このレベルの服は、あちらの世界では貴族が着るものだ。
貴族というと、パーティ用のきらびやかなドレスとかが印象的だが、私服として使うものもある。ドレスと比べたら確かに地味ではあるが、それでも金貨が何十枚と飛ぶ代物だ。
時たま、古着屋には貴族家が使用しなくなったお古なんかが並ぶ時もあるが、それでもそれは古着とは思えないほどの高級品として取引されることが多い。
簡単に言えば、庶民にはほとんど着る機会のないものということだ。
それを、今自分が着ている。しかもそれは、大量にあった、貴族家が着ていてもおかしくないものの中から選ばれたものであるということに対して、興奮しているわけだ。
別に、お兄ちゃん達だってAランク冒険者なのだし、買おうと思えばそれくらいの服買えると思うんだけど、どうにもそのあたりの感覚がまだ一般人らしい。
装備に金をかけるのはいいが、私服にそこまで金をかけたくない。そんな風に思っているのかもしれないね。
で、そんな風に興奮しているものだから、何度も服について聞かれたわけだけど、お店で騒ぎすぎるのもどうかと思っていたから、後でねとあしらっていた。
だから、家に帰った今、もういいだろうと鼻息荒く話しかけてきているわけである。
まあ、別にいいんだけど、そんな大したことでもないと思うんだけどなぁ。
いや、そりゃ確かにあちらの世界の服と比べたら、裁縫技術も発達しているし、ずれやほつれが一切ない完璧な服って言うのもあると思うけど、手縫いという範疇であればあちらの世界でも十分にうまい。というかあちらの世界の方が上回っているまであるし、そんなに興奮することでもないと思うんだけどなぁ。
まあ、そうやって純粋に喜んでくれるのはこちらとしても嬉しいし、ここは付き合って上げよう。
私はひとまず、一夜に許可を取ってから、お兄ちゃんとお姉ちゃんを相手にするのだった。
感想ありがとうございます。
 




