第七十三話:尾行がついたら
柳瀬さん達は、オーダー通り普通っぽい見た目の服を選んでくれた。
まあ、何着か欲望が入り混じったような派手な服もあったが、基本的には普通、どちらかというと地味目の服を選んでくれて、ついでに帽子を被ればそこまで悪目立ちすることはないだろうというコーディネートになった。
これで服の問題は何とかなりそうである。
ただ、その代償として、私の服も選ばされることになった。しかも、こちらは普通とか完全無視の可愛い全振りみたいな服ばかりである。
そんなフリフリ私には似合わないよ! って叫んでみたけど、そんな声はすげなく却下され、私は言われるがままに着せ替え人形にされるしかなかった。
なぜだ。みんな私が元々は男だったということを知っているはずなのに……。
そんなすったもんだがありながらも、何着かを選び抜き、一夜がまとめて購入した。
さっきお昼を奢ったばかりでお金が足りないと思ったけど、そこは抜かりなく、きちんと事前に降ろしていたようである。
先輩としての威厳もしっかりあるようで、なんだか少し安心した。
まあ、この出費はいずれ返さなければならないけど。ちゃんとメモしておかないとね。
その後も、小物類だとかアクセサリーだとか、色々と見て回った後、その日は解散となった。
買い物してるとすぐに時間が経っちゃうね。外に出た時、すでに日が暮れ始めていたのを見た時はびっくりしたよ。
「五十嵐さん、もしかしたら尾行がいるかもしれませんのでご注意を」
「ああ、まあいるかもなぁとは思っていました。大丈夫、きちんと撒きますよ」
「すいません、余計な手間を取らせてしまって……」
「いいんですいいんです! ハクちゃん達と買い物できて、とても楽しかったですから」
尾行の目的は恐らくお兄ちゃんとお姉ちゃんだろうけど、三人にも全くつかないとは限らない。
もしかしたら、知り合いということで狙われるかもしれないし、一応忠告はしておいた。
まあ、大丈夫だとは思うけどね。いざとなればあの時渡したアクセサリーの防衛機能が働くだろうし、襲われて怪我するなんてことはないだろう。
どちらかというと、問題なのはこちらだ。
撒くのは簡単だけど、どこで撒こうか。あんまり超常的な撒き方はしたくないんだけど。
「それじゃあ、そちらも気を付けて」
「明日の配信、楽しみにしてるからねぇ」
「はい、そちらもお気をつけて」
そう言って、三人は去っていった。
さて、とりあえず駅まで行こうか。最寄駅を特定されたくないし、できればそれまでに撒きたいところだけど。
「さて、帰ろうか」
「うん。ちゃんと尾行は撒くからね」
「それはいいんだけど、どうやって撒くの? 転移でもするの?」
「それでもいいけど、まあ普通に足の速さで撒けばいいかなと」
駅は人混みが多いし、そこをちょっとかいくぐってやれば簡単に撒けると思う。
さっきまでならお兄ちゃん達が視線を集めて難しかったかもしれないが、今は買った服に着替えて地味仕様だしね。
まあ、地味とは言っても普通に格好いい部類ではあるんだけど。
「わかった。なんか久しぶりだなぁ、尾行を撒くって」
「一夜も尾行されたことあるの?」
「あるよ。最近、ジムに行ったんだけど、その時にちょっと絡まれてね」
「その話詳しく」
「え? う、うん」
話を聞いてみると、どうやら一夜は自分の身体能力を確かめるために普段はいかないジムへと向かったらしい。
これは、私が一夜と契約したことにより、私の力が一夜に流れていくことによって身体能力が向上したことが原因のようだ。
元からゲームがうまかった一夜だが、これによって動体視力なんかも向上したらしく、特にFPSなどのエイムや敵の発見率が格段に上がり、みんなにうまくなったねと褒められたんだとか。
まあ、それはいいとして、ジムと言えば、大抵は男性が利用するイメージである。
そりゃ、もちろん女性だって利用しないわけではないと思うが、やはり男性の比率が多かったようだ。
で、一夜はそれなりに顔が整っている。言うなれば美人の類だ。それでなのか、ジムで言い寄ってくる男がいたらしい。
軽くあしらっていた一夜だったけど、男は諦めきれなかったようで、帰っていく一夜を尾行し、住所を突き止めようとしたようだ。
それに気づいた一夜は、曲がり角を曲がった時にとっさに走り、見事に撒いたというわけである。
「まあ、だから特に被害もなかったし、あれ以来そのジムには行ってないから会うこともなかったよ」
「そっか。ならよかった」
「心配してくれたの?」
「そりゃそうだよ」
「ありがと。でも、ハク兄は私にいろんなものをくれたから、そのおかげでどうにかなってるよ」
これもあるしね、と以前去り際に渡したアクセサリーを見せる。
確かに、それがあれば襲われたとしてもきちんと守ってくれることだろう。
元々、一夜は身体能力は高い方だった。私と違って、体育の成績も優秀だったようだし。
それに私の精霊の加護が加わって余計にハイスペックになったとあれば、そこら辺の人間に後れを取ることはないのかもしれない。
それでも、犯罪に巻き込まれかけたというのは気になるし、心配もする。
無事でよかった。
「せっかくだし、競争でもする?」
「別にいいけど、私が置いていかれるだけだと思うよ?」
「ハク兄ってそんなに足遅いの?」
「いや、見た目を考えてよ」
一夜は大人、今の私は子供である。同じ足の速さでも、歩幅の差で負けるだろう。
もちろん、本気出したら追いつけるから別に競争してもいいけど、その場合はお姉ちゃんがぶっちぎりの優勝して、さらに辺りを騒然とさせるだけになるからやめた方がいい。
というか、お姉ちゃん一人だけ先走ったら迷子になるのが目に見えている。方向音痴ではないと思うけど、言葉も通じない世界で一人きりはやばいだろうし。
「そっかぁ。ま、それじゃあ、尾行を撒く程度に急ごうか」
「うん」
結局、少し遠回りをして目的地を悟らせないようにしつつ、駅に向かうということになった。
まあ、お兄ちゃん達は冒険者装備のまま駅に行っているし、もしかしたらSNSとかでばれている可能性もあるけど、そこらへんはどうしようもない。
せめて、あんまり拡散されないことを祈るばかりだ。
そんなことを思いつつ、少し急ぎ足で駅へと向かうのだった。
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