第五十七話:計画の進行
第二部第三章、開始です。
ソーキウス帝国の件だが、あれから特にデモなんかは起こっていないらしい。
最初は俺は悪くない、悪いのはアースだと喚いていた人も少なくなかったようだが、世論に押されてなのか、徐々にそんな声も小さくなっていき、まだ一か月くらいしか経っていない今でさえ、そんな話を聞くのは酒の席でくらいなものらしい。
要は、酔った席でもなければ、そんな話出てこないくらいに表立って言うことは憚られる話ってことだね。
下手なことしない方がいいと思ったから、特にイメージアップの噂なんかも流していなかったけど、軍事国家だけあってトップに流されやすいんだろうか。
とにかく、アースが糾弾されて、城を追い出される、なんてことにはならなさそうで何よりである。
「今度はしっかりしないとね」
元はと言えば、今回の件は私がのんびりしすぎたのが原因でもある。
避難させたっきり帰さないってなったら、そりゃ怒る人がいるのも当然だ。しかも、無理矢理連れてこられた人もいるとなれば、暴動が起きてもおかしくないのである。
世界の危機は去ったと安心して、のんびり静観していた私の落ち度だ。
だから、今度はそう言うのを見逃さないように、しっかりとやるべきことは整理しておかないといけないね。
「今のところは、大丈夫だよね?」
今のところ、多分見逃していることはないと思う。
予定は色々入ってるっちゃ入ってるけど、王子との対談だったり、サリアとのお出かけだったり、私的な用事ばかりだったように思える。
それらも、念のためということでちゃんと記憶しているし、メモにも残しているので、忘れてすっぽかすってことはないだろう。
少なくとも、重大な決断を迫られることはないとは思う。
「なんだか最近また忙しくなってきたような……」
以前はなんだかんだで色々なことがあった。それも、立て続けにね。
だから、私の周りでは常に何かが起こるのが当たり前の状況になっていた。
学園を卒業してから、多少はその波も収まりつつあったけど、ここにきてまた何かが起こり始めているような気がする。
これは私の運が悪いのか、ただ単に私が首を突っ込みすぎなだけなのか、どっちなんだろうね?
まあ、無視できない内容だから、首を突っ込まざるを得ないんだけど。
「ハクお嬢様、たまには一日中ごろごろしてみるのもいいのでは?」
「十分ごろごろしてると思うけどなぁ。むしろ何かやってないと落ち着かないし」
「それってワーカーホリックじゃないの?」
私の呟きに、ユーリが苦笑交じりにそんなことを言ってくる。
私そんなに仕事中毒じゃないと思うんだけどなぁ。
そもそも、今の私って無職も同然なんだよね。冒険者として登録はしているけど、別にランク上げのために奔走しているわけでもないし、積極的にお金稼ぎをしようともしていない。
言うなれば趣味でやっているだけであって、依頼を受けるのもたまーに気が向いたら程度である。
もちろん、ギルドマスターとかに頼まれたらやるけど、最近はそう言うこともなくなってきたしね。
後は一応、王様に頼まれて騎士団の防具とかに刻印魔法を施したり、聖教勇者連盟で竜との連絡役をしていたり、後はヒノモト帝国で神力取得のために頑張ってる人達にエールを贈ったりしているけど、ほとんど趣味か仕事とも言えないようなことばかりである。
まあ、聖教勇者連盟の一員っていうのは立派な肩書かもしれないけどね。非常勤だけど。
だから、基本的には思ったことをやっているだけであって、仕事はしていないのだ。
これで、お金ならいくらでもある、なんて言える立場なのだからおかしな話だよね。真面目に働いている人達にちょっと申し訳ない。
まあ、多少は世の中に還元しているし、それで許してほしいところだね。
「自覚ないところもそれらしいよね」
「えー、そうかなぁ」
「そうだよ。たまにはずーっとベッドの中で惰眠を貪ってたら?」
「うーん……」
まあ、それはそれで憧れではあるけど、今の時期にそれをやるのはそこまで魅力を感じない。
今夏だからね。冬なら布団が暖かいかもしれないが、夏だと暑いだけだし。
いやまあ、その気になれば空調設備くらいちょちょいと作れるけど、今でもそこまで不便を感じてないからなぁ。
「まあ、適度に休むことは大事でしょう。気づかぬうちに体力を使い果たしていた、なんてことにならぬようにお気を付けください」
「はーい」
何事も適度にやるのが一番である。むしろ、めちゃくちゃ働いたから休みの日は寝貯めしよう、なんて思ってもあんまり効率的ではないしね。
適度に働き、適度に休む。それが一番効率がいいと思う。
さて、今日は何をしようかな。アースの件は片付いたと思うし、ソーキウス帝国に関してはそこまで気にしなくてもいいだろう。
せっかくだし、旅行でもしてみるか? サリアとも、いつか旅行行きたいねって話してたし、今ならいい機会なのでは?
「……っと、誰か来たね」
そんなことを考えていると、扉の前に突如気配が舞い降りた。
この感じからすると、まあ、あの人だろう。私は特に警戒することもなく玄関に向かい、扉を開く。
そこにいたのは、修道服のような黒い服を着た二足歩行の蒼いワーキャット、ウィーネさんだった。
「ウィーネさん、お久しぶりですね」
「ああ、久しぶりだな。全然来ないから陛下が心配していたぞ?」
「それはすいません。色々立て込んでいたもので」
ひとまず、応接室に案内する。
ウィーネさんはいつも唐突に現れるけど、ここ最近はそんなに会うこともなかった。
まあ、恐らくカオスシュラームの件で色々あったんだろうけどね。
あの時、結果的にはヒノモト帝国までは被害は届かなかった。けれど、念のためにと、住人達は避難させていたようである。
ウィーネさんとローリスさんは最後まで残っていたようだけど、結局来なくて拍子抜けしていたようだ。
でも、避難させてしまった以上は呼び戻さなくてはならないし、家を空けていた間の保証もしなければならない。
私がアースの件で大変だったように、あちらもあちらで大変だったんだと思う。
まあ、こうしてここに来たってことは、その問題も終わったのかもしれないけどね。
「それで、本日はどのような用件で?」
「それなんだが、以前ハクに頼んで、魔力溜まりに人を住まわせ、神力を獲得しようという計画があっただろう? あれについてだ」
ウィーネさんが話したのは、以前始めた計画についてだった。
ヒノモト帝国で見つかったダンジョンで、地球へと行ける魔法陣を見つけた。ただ、その魔法陣を起動するためには膨大な魔力が必要であり、魔石だと数千個単位が必要となって来て、普通に運用するのは難しかった。
しかし、この魔法陣はどうやら本来は神力を使って起動するものであり、神力は魔力の上位互換とも呼べるような存在である。
神力を取得できれば、少ない消費で魔法陣を起動することができるし、無駄に大量の魔石を使うこともないだろう。だから、まずは神力を取得することを目指して、私の経験を基に、何人かの人々を魔力溜まりに住まわせ、神星樹の実を食べて生活してもらうことによって神力を得よう、という試みがなされたのである。
その計画を始めたのが大体四年半前。私の場合、魔力溜まりにいたのは一年くらいだが、それでもわずかながらに神力を取得することができていた。であれば、その四倍もの時間を過ごした彼らなら、すでに神力を取得できているのではないかと考えたわけである。
「まだ確認はしていないが、実際に魔法を使ってもらうなどして、その威力や消費の激しさを見て、抑えられているようだったら実際に魔法陣の起動に使えるかを試すつもりだ」
「なるほど。まあ、あれから結構経ちますし、そろそろものにできていてもおかしくはないですね」
「うむ。それで、その場にハクも立ち会ってくれないか?」
「私がですか?」
「ああ。お前なら、神力の見極め方も何となくわかると思ってな」
なにせ、神に会ったのだからな、とちょっと自信ありげに言う。
まあ、確かに神力に関しては見分けができるくらいには扱えるようになっただろう。いや、それどころか、私の魔力はほぼすべて神力に変わってしまったので、マスターしていると言ってもいい。
実際、探知魔法で見る魔力と、自分の持っている神力は別物だと感じ取れるしね。
神様に会ったから、というよりは、神様になってしまったから、というべきかもしれないけど。
あれ? そうなると、私はすでにあの魔法陣を簡単に起動できるってことなのか?
何となく、神力を使いこなすまではいけないとは思っていたけど、今ならその条件はすでに満たしていると思うし、もうためらう必要はないのかもしれない。
そうなってくると、ちょっと楽しみになって来たな。久しぶりに一夜とも会いたい。
「わかりました。行きます」
気が付けば、私は返事を返していた。
他の人達が行けるかどうかはわからないけど、いい機会だし、地球へと行ってみることにしよう。
あまり表情は変わっていないとは思うけど、内心では結構ワクワクしていた。
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