第九話:オークの襲撃
翌日。ガタガタと揺れる振動によって目を覚ました。起き上がってみると、移動中の馬車の上らしい。どうやら寝過ごしてしまったようだ。
「すいません、寝坊しました」
「いやいや、いいんだよ。ほら、簡単だけど朝食」
隣で馬を操るロニールさんが干し肉を手渡してくれた。おお、お肉だよ。
今まで木の実中心というか木の実のみの超バランスの悪い食生活を続けていたが、ついに肉が食べられる時が来たようだ。
そういえば、森で狩ったホーンラビット、結局食べてないな。【ストレージ】に入れている間は時間が進まないから腐敗したりはしないけど、その内食べたいなぁ。
干し肉に齧り付くとじわっと肉の旨味が伝わってくる。ああ、やっぱり肉っていいなぁ。
夢中で食べているとあっという間になくなってしまった。もっと食べたいところだけど、流石に催促する気はない。
今日も天気が良く、馬車旅には絶好の日和だ。このまま問題なく進めば、早ければ今日の夕方頃には着くとのこと。
町に着いたらとりあえず冒険者ギルドを探そう。それと、服もなんとかしないとね。まあ、別に今のところ困ってないからそんなに気にしなくていいかもしれないけど。
そうして考えている間もロニールさんはよく話しかけてきてくれる。どうやらまだ私が盗賊に襲われた生き残りだと思っているようで、どこで襲われたんだとか色々聞いてきたけど、いい加減騙している気がして居心地が悪いので、盗賊に襲われたわけではなく、森に捨てられさ迷っていたら魔力溜まりに落ち、なんやかんやで街道まで出てきたのだということを告げるととても驚かれてしまった。
盗賊に襲われるより、魔力溜まりに長い間居て助かる方が稀らしい。大抵の場合は激しい頭痛と体調不良によって動けなくなり、そのまま餓死してしまうのだとか。魔力溜まりにある木の実は正直食べられたものではないし、一人で迷い込んでしまったのなら脱出は困難になるだろう。そう考えると、助けてくれたアリアには感謝するしかない。
ちらりと肩の方を見ると、姿の見えないアリアが微笑んでいるように感じた。
勘違いだとわかったら馬車を下ろされてしまうかもとも思ったが、ロニールさんはより一層同情してくれた。護衛のリュークさんなんか少し涙ぐんでいる。
一年以上の時を経てようやく出会えた最初の人がとても親切な人だったことに感謝した。
その後も何事もなく馬車の旅は続き、日もだんだんと落ち始めた頃、それは唐突にやってきた。
目の前にいるのは二メートルはあろうかという巨躯を持つ集団。人型ではあるが、その頭部は豚のそれであり、皆それぞれの手には棍棒や斧などが握られている。オークと呼ばれる魔物だ。
数は……五体。馬車を囲むように陣取っている。
オークはゴブリンと同じでどこにでも生息しているが、力が強く、そこそこ厄介な相手だ。しかも、集団となればなおさら。
いち早く魔物の接近に気付いたリュークさんは剣を抜き、果敢に斬り込んでいく。相手は動きが遅いので素早さで攪乱しながら攻め立てるが、いかんせん数が多すぎるようだ。一撃一撃の威力も重く、次第に追い詰められていくのがわかる。
「旦那! これはもう走って逃げるしか!」
「くっ、積み荷を諦めることになるが、止むを得ないか」
苦々し気に表情を歪めたロニールさんは即座に馬車から降りると、私の手を取って走り出す。行く手を阻むようにオークが立ちはだかるが、リュークさんが突貫してなんとか退路を切り開く。
その隙をついて走り抜けるが、別のオークが振り上げた棍棒が目に入った。
これは、やるしかないね。
私は瞬時に手を突き出し、魔法陣を思い浮かべる。手の平に出現した魔法陣から水の刃が飛び出し、オークの首を刎ねた。
「……えっ?」
続いてリュークさんに襲い掛かっているオークに対して刃を放ち、同じように首を刎ねる。同じように他のオークも的確に首を狙い、一撃の下に切り伏せていく。
最後の一匹を始末しようとしたら、こちらが何かする前に脳天に風穴を開けて倒れてしまった。どうやらアリアも加勢してくれたらしい。
「アリア、ありがとう」
他の人に聞こえないように小さくお礼を言うと、辺りを見回す。首を刎ねられ、地面に倒れ伏すオーク達。凄惨な光景ではあるが、無事に倒せたという安堵からほっと胸を撫で下ろした。
うまくいってよかった。
思っていたより緊張していたのか、へたりとその場に座り込む。魔力切れ、というわけではないが、ほぼ初めての戦闘ということもあり、無意識に力が入っていたらしい。
「だ、大丈夫か?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
ロニールさんに気遣われて立ち上がる。どうやらロニールさんも無事のようだ。捨て身覚悟で突貫したであろうリュークさんも大した怪我は負っていないようで安心する。
「凄いじゃないかハクちゃん! あの数のオークを一掃するなんて!」
「まさか一人で全部やっちまうとは思わなかったよ」
少し落ち着いたところで興奮した様子の二人が話しかけてくる。
今回は相性が良かったと言える。オークは基本的に武器や素手による打撃を中心に戦うから遠距離から攻撃する相手には分が悪い。今回は距離が近かったけど、魔法陣を暗記しているおかげで普通の魔術師よりも遥かに速い速度で魔法を撃てることから接近された時の弱点を補えたと言えるだろう。
「魔法は少し、得意なので……」
「いや、おかげで助かった。ありがとう」
「俺からも礼を言うよ。ありがとうな、お嬢ちゃん」
辺りを見てみると、そろそろ暗くなってくる時間となっていた。このままここにいると血の匂いで別の魔物が集まってくる可能性もあったため、少し進んだところで野営をすることにした。
一応、オークの死体は【ストレージ】に回収しておいた。オークの肉は食用としても広く扱われており、ギルドに持って行けば換金もできるので何かの役に立つと思ったのだ。
その際、【ストレージ】を使えることにさらに驚かれた。まあ、レアスキルだしね。
火を起こし、野営の準備が整うと、せっかく仕留めたのだからとオークの肉を使って軽く調理をすることにした。
オーク肉は村にいた頃にも食べたことがない。ワクワクしながら下処理をし、薄く切って焼いていく。ロニールさんが塩を持っていたから、それを軽くかけて焼肉だ。
食べてみると、味は豚肉に似ていた。顔も豚だったし、その辺りが反映されているのかもしれない。
焼肉なんて前世でもめったに食べたことはない。久しぶりに味わう贅沢な味に思わず頬が緩んだ。
「それにしても、ハクちゃんはまだ7、8歳だろう? なんでそんなに魔法が使えるんだい?」
「私、11歳ですよ?」
「えっ?」
私の身長は平均的な11歳の女の子と比べるとだいぶ小さい。135センチメートルくらいだろうか? 元々貧しかったせいもあり、あまり栄養が足りていないのかもしれない。
それにしても、だいぶ下に見られたなぁ。私、そんなに子供っぽいのかな。
「そ、そうか、それは失礼した」
「いえ……。魔法は魔力溜まりにいた時にできるようになりました」
「そういえば魔力溜まりに落ちたと言っていたね。しかし、魔法はそんなすぐに使えるようになるものではないと思ったんだが」
「すぐにはできませんでしたよ? 大体一年くらいかかりましたし」
「い、一年!?」
魔法なんて適性と魔力があれば誰だってできるはずだ。私の場合は魔力が足りなくて少し苦戦した時もあったけど、魔法自体は割とすぐに使えるようになった。
村の子供達だって10歳になったら魔法の才能を生かして冒険者になるために町に行くのだ。魔法を使うだけならそんなに難しいことじゃないと思う。むしろ私が時間がかかりすぎだろう。
今でこそ魔法の扱いにはだいぶ慣れたが、アリアがいなかったらもっと時間がかかっていただろう。アリアには感謝するばかりだ。
「魔力溜まりに一年いたということにも驚きだが、そんな短い期間であそこまでの魔法を放てるとなると……」
ロニールさんが何やらぶつぶつと呟いている。
本来、魔力溜まりはそんなに長い間入れるような場所ではないらしい。激しい頭痛と体調不良に襲われ、次第に動けなくなり、最期には餓死してしまう。それが魔力溜まりだそうだ。
私もアリアが木の実を運んできてくれなかったら同じ結末になっていたと思う。アリアと出会えたのは本当に幸運だった。
いつかこの借りはちゃんと返さないとなぁ。
しばらく私の話で盛り上がっていたけれど、襲撃されるというのは長年行商人をやっているロニールさんでも大きなストレスとなったようで、早々に眠りにつくことになった。
私はストレスというより初めての戦闘という余韻があったのかなかなか寝付けなかったけど、それも数分の事。暖かい毛布にくるまってすやすやと寝息を立てるのにそう時間はかからなかった。
淡々としすぎか、と思わなくもないです。