幕間:滑稽な契約者
侯爵級悪魔、ベルの視点です。
人は時として面白いことをする。最近起こった出来事は、その最たる例だろう。
その時、私を呼びだしたのは一人の人間だった。
私達悪魔は、一部の人族にとっては神聖視されているようで、こういう召喚の形をとる時は、割と雰囲気を大事にする。
それらしい部屋、それらしい装飾、それらしい生贄。
別に悪魔にとってそんなものは飾りでしかなく、メインディッシュがいただけるなら何でも構わないのだが、その人間はまあ傲慢な奴だった。
まず場所は檻の中だった。
そこには何人かの人々が収容されていたのだろう、召喚のための生贄にされたのか、辺りは人の死体で溢れかえっていた。
そして、ただ一人残ったその人間は、私を見るなり、こう言ってきたのだ。
『竜に復讐をさせろ』
確か、人族にとっての竜は、災厄の象徴のような存在だっただろうか。
かつて、魔王の配下として活動し、多くの人々を虐殺した悪の権化とかなんとか。
まあ、そんなの悪魔にとっては大したことでもないけれど、この人間は相当竜に対して恨みが溜まっているらしい。
事情を聞いてみると、どうやら自分が住んでいた場所を竜によってめちゃくちゃにされ、それを呼び寄せたらしい竜の巫女によってこの場所に閉じ込められたのだという。
言っていることが前後する上に、感情のままに喋るものだから全く聞き取れなかったが、まあ目的ははっきりしていた。
竜に復讐すること。それが願い。であれば、私がやることは決まっている。
もちろん、ただ単に竜の下に案内し、復讐できるだけの力を与えてやるわけじゃない。
そもそもここは、竜の巣窟である竜の谷だったし、復讐したいならすぐにでもできたことだろう。
こんなところで、仲間と思われる人々を犠牲にしてまで私を呼びだしたのは、本当に滑稽なことだった。
とはいえ、私としてもこの場所に長居はしたくない。
別に竜くらい捻れるが、流石にエンシェントドラゴンが出張ってきたら面倒くさい。
この場所は竜の拠点であり、竜の王であるハーフニルがいる。
あんな化け物を相手にするくらいだったら、こんな奴見捨ててさっさとおさらばしたいくらいだった。
しかし、呼び出してくれたことは事実。せっかくの遊び相手なのだから、できる限り要望は叶えてあげないといけない。
だから私は、ここを離れ、且つ竜に仕返しできる方法として、アースという竜を利用することにした。
アースはエンシェントドラゴンの一角であり、とある国で宰相の真似事をしている。
直接対決するのは面倒だが、こいつに対決してもらうくらいはいいだろう。
私はただ、こいつの願いを叶えているだけ。私に非はないのだから。
そうして、願いを聞き届けた私は、対価を要求した。悪魔と契約するのには、対価が必要不可欠である。
もちろん、対価は何でも構わない。人族の間では、生きた人間がいいとか言われているようだが、別に動物でも物でも何でも構わない。
ただ、その対価に応じた内容しか叶えないというだけで。
奴が対価に差し出したのは、心臓だった。
もちろん、自分のじゃない。その辺に倒れていた奴の心臓を抉り出し、こちらに差し出してきたのである。
これには私も笑いをこらえるのに必死だった。
だって、ここで血まみれになって死んでいるのは私を召喚するための生贄となった人々である。それなのに、その生贄を再利用するが如く、心臓を差し出すのは面白かった。
まあ確かに、魂を生贄に捧げたと考えれば、残った肉体はまだ捧げられていないと考えてもいいかもしれないが、だとしてもそれを目の前でやるのはどうなんだ。
せめて、あらかじめ用意しておくのが筋だろう。少なくとも、格上である悪魔を相手にするのに、この態度は滑稽過ぎた。
まあ、真面目に形式ばって対価を差し出してくる奴よりは、こういった奴の方がおもちゃとしては面白いので構わないが。
私は願いを叶えてやった。その方法は、奴の魂をゴーストとして取り出し、アースの国の奴に入れるというもの。
別に、対価は何でもいいとは言ったが、さすがにリサイクルされた心臓では物足りなすぎる。だから、ちゃっかり奴の体自体も対価としてもらうことにした。
どうやら奴は再び教皇として返り咲くことも望んでいたようだし、であるならそんな老いた体はいらないだろう。
若く、みずみずしい体で、しかも枢機卿という教皇に最も近いポジションを用意した。まあ、それが叶うことはないだろうがね。
そうして、遠くから面白おかしく眺めていたら、まさかの横やりが入った。
いや、あれには本当にびっくりさせられた。なにせ、ただの精霊かと思っていたら、神だったのだから。
今の地上に神は存在しないはずである。いや、もしかしたら存在するかもしれないが、今ならそこまで人に干渉してくることはないはずだった。
それが、がっつりと私的な理由で干渉し、しかもこちらに向かって契約破棄をしろと迫ってくる始末。
元から、色々と混ざっていたよくわからない存在ではあったが、まさか神だなどとは思いもよらず、私は結局契約を破棄することになってしまった。
悪魔が契約を履行できないなど本来はあってはならないことだが、流石にこれは許されるだろう。
竜には対抗できても、神には対抗できない。悪魔と神、いや、悪魔でなくても人族と神の間には埋めようのない差があるのだから。
「しかし、まあ、今となっては面白い結果となってくれてよかったのではないかね」
私は結局、契約を破棄して、彼女のことを他の悪魔にも伝えた。
反応としては、そんなのありえないだとか、日和っただけじゃないかとか、さんざん言われたけれど、実際に彼女の姿を見せてやれば、うーん? と首を傾げていた。
まあ、どうやら彼女は神ではあるが、常にその力を解放しているわけではないらしい。
あの時持っていた神剣も、限定的な使用しかできないようで、その後は見ることはなかった。
ただ、色々混ざっているのが、精霊と竜、そして人間というのがおかしなポイントである。
神と人の間に生まれた者だって、こんないびつな交わり方はしないだろう。一つの体にいくつもの魂が混じっている、いや、逆か? 一つの魂に、色々な体の要素がつぎ込まれているというべきか。
魂自体も、おかしな色をしていたし、あれが神かどうかは置いておいて、不思議な存在であることは皆わかったようだ。
もしかしたら、若いのはちょっかいをかけてしまうかもしれないが、その時は私はしっかりと教育しなければならない。
なにせ、手は出さないと約束してしまったからね。悪魔として、約束は守らなければならない。
「手は出さないが、その行く末を観察することくらいはしてもいいだろう。さて、どんな結末を迎えるのかな?」
今や彼女は悪魔にとって注目の的である。
報復する輩はないないとは思うが、もしそうなった時は、仲介役と称して近場で結末を見させてもらうとしよう。
新たな楽しみが増えたと喜びながら、今日も遠くから彼女を観察していた。
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