幕間:尊敬する人
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
エンシェントドラゴン、アースの視点です。
人間とは難儀な生き物だと思う。一人では生きていけないほど弱いのに、人を疑わなければ生きられないのだから。
事の発端は、この世界の危機が起こった時だ。
我が担当するルナルガ大陸の一角で、カオスシュラームという、増殖と侵食を繰り返す厄介な泥が現れた。
それは神の手違いによって地上にもたらされたものであり、人がそれに触れると精神を冒され、闇の眷属となってしまう。
除去する方法は神しか知らず、その神が地上を去ってから久しい今となっては、もはや除去する手段はない。
あの時は、ハク様がハーフニル様と共に神に直接話をつけ、事なきを得たが、本来だったらそのまま世界から人はいなくなり、荒廃した世界になっていたことだろう。
今、この大陸で暮らしている奴らはハク様に土下座して感謝してもいいと思う。それほどまでに、大変な事態だったのだ。
しかし、現状では奴らはハク様の偉業を知らない。それどころか、悪魔などにそそのかされて、我を蹴落とそうとする始末。本当に情けない限りだ。
我はハク様が事態を解決するための時間を稼ぐため、ひとまず犠牲を出さないためにも、人々を避難させた。
一応、ルナルガ大陸随一の国の宰相を務める身ではあるが、確かに若干権力を逸脱していたのではないかとも思う。
人々に促せるのはせいぜい避難勧告くらいであり、強引に集めて移動させるなんて本来はできない。
これは、我が竜だからこそ実現できたごり押しであった。
別に、人々を助けたかったわけじゃない。いや、かといって死ねばいいとも思っていないが、人々が少しでも犠牲になることによって、ハク様が悲しむ姿は見たくなかった。
だからこそ、多少強引でも、万全を期して隣の大陸まで避難させたのである。
結果として、犠牲者は一人も出なかった。
カオスシュラームがあるということを気づかせてくれた、一人の精霊の犠牲はあったが、彼女も後にしっかりと回復したし、最終的な犠牲はいなかったと言っていいだろう。
しかし、重要な説明ができていなかったとして、糾弾する者が多数現れた。
勝手に移動させられたおかげで家がめちゃくちゃになった、賠償しろ、というくらいなら何の問題もない。
ハク様もそのあたりは気を付けたようで、それぞれの人々に十分な賠償金が支払われた。
ただ、過激な思想として、大量に人を移動させたのは悪魔召喚をするための生贄にするためだ、なんて突飛な想像をする輩も出てきたのが面倒だった。
悪魔など、関わってもろくなことにならないことなど誰でも知っていると思ったが、人族はそうではないのだろうか?
あれは天性の邪悪であり、人をもてあそび、その苦痛を糧とする畜生である。
ある程度抵抗する力を持つ竜の前に現れることは稀ではあるが、もし現れようものなら思わずブレスを吐いてしまうかもしれない、そんな相手だ。
そんな奴を、なぜ我が召喚するために人を集めなければならないのか、全く理解できない。
いや、今となってはその理由もわかってはいるが、それでもなぜそんな手を使ったのかがわからなかった。
最終的には、悪魔はハク様の手によって退けられ、契約した者は滅せられた。ある程度の火種こそ残したが、そこまで犠牲を払うことなく、収めることができたのである。
やはり、人々はハク様に泣いて感謝すればいいと思う。そうでなければ、この国は割れていたかもしれないのだから。
「アース、ここにおったか」
「これは皇帝陛下。はい、少し休憩しておりました」
この国に潜入してからどれくらいの時が流れただろうか。
かつては侵略国家として、周りの国に喧嘩を売っては軍事力に物を言わせて征服していた時代があった。
その時は我はまだ宰相ではなかったが、一人の軍人として、一騎当千の活躍を見せていた。
まあ、竜の力を持つ者が、人族に後れを取ることなどそうそうありえないから当たり前ではあるが。
そうして名を上げ、いつだったか宰相に取りざたされた。
別に、地位に興味などなかったが、周りから見れば、我は頼りがいのある人物に見えてしまったのだろう。
国の行く末を決めるつもりはなかったが、宰相という立場もあり、一応国が潰れないようにと心を砕いてきたつもりだった。
その結果、国力もあり、領土も大きく、軍事力という武器も持つ、軍事大国になっていった。
果たしてこれがこの国の正解だったかはわからないが、我としては、そう悪くないのではないかと思っていた。
「なあ、アース。あのハクという少女、ただの人間ではないな?」
「何をおっしゃいますやら。陛下には人間以外の何に見えたのでしょう?」
「いや、別に咎めるつもりはない。ただ、確認しておきたかっただけなのだ。お前のように、敬意を払うべき者なのかどうか」
休憩中に話しかけるのはあまり感心しないが、ハク様の話題となれば話は別である。
皇帝の方へと向き直り、いつもの不愛想な顔を向けると、皇帝も真面目な視線でこちらを見返してきた。
皇帝が我のことをただの人間でないと気づいているのは知っている。
それはそうだ。すでに何百年という時間をこの国で過ごしてきたのだから、その間姿が変わらなければ、人でないと思うのは当然のことである。
いっそのことエルフのようなそれなりに長命な種族の見た目を取るのも手かと思ったが、当時はそんなこと考えつくこともなかった。
そこまで見た目が好みというわけでもなかったしな。
まあ、それは置いておいて、人間ではないかもしれないと思っている我を、それでも右腕として重用しているのは、これまで積み上げてきた信頼があるからだろう。
我はいつでもこの国を裏切ることはなかった。裏切る必要もなかったとも言えるが、我は我なりに、この国に誠実であり続けた。
それは今の皇帝も、それ以前の皇帝の前でも同じことである。
だからこそ、こうして多少怪しまれても見逃されているのだ。
我としては、城を追い出されでもしない限りは特に問題はない。勝手に好意を抱いてくれるのならそちらの方が都合がいい。ただそれだけのことだった。
だがそれでも、それなりの付き合いになって来たのである。ある程度は愛着もあるし、嫌われるよりは好かれている方がいいのも確か。
だから、こうして信頼してくれる皇帝は、素直に信用していた。
「一つ教えて欲しい。彼女はアースにとって、ただの恩人なのか?」
「ただの、と言われたら否定せざるを得ません。彼女は私にとって、一つの希望となっているのですから」
ハク様のことはハーフニル様と同じくらい尊敬している。
寿命がない竜にとって、子はとても貴重な存在だ。今若いとされている竜だって、すでに三桁歳に突入している輩もいるだろう。
そんな中、肉体的には700年以上を生きているとはいえ、精神的にはまだ赤ん坊のような年齢であるハク様は、とても庇護欲を掻き立てられるのである。
もちろん、ハク様はすでに我など凌駕できるほどの力を持っているし、我がハク様に勝てることなど、せいぜい年の功くらいなものである。
だがそれでも、ハーフニル様の大切な御子であることに変わりなく、何者にも代えがたい存在であるのは確かだ。
恩人と言ったのは、生まれてきてくれて感謝しているという意味もある。
世界の管理を任された身とて、楽しみくらいは欲しても罰は当たらないだろう。
ハク様の成長を見守ることこそが、今の我の楽しみであり、希望なのだ。
「……そうか。答えてくれて感謝する」
「いえいえ。我はただ、率直な意見を述べたに過ぎませんから」
皇帝はやれやれと言った様子で肩をすくめ、その場を去っていった。
今の言い方だと、ハク様は我よりも上の存在と取られてもおかしくないだろう。
別にそれは間違っていないからいいが、人の身においては我の方が地位は上である。それなのに、そんな言い方をしたらまずいのではないかとも少し思った。
だが、誰もハク様の活躍を知らずに終わるのもなんだか気に食わない。一人くらい、ハク様の活躍に気が付いてもいいのではないか、そんな考えが浮かんだのだ。
これが吉と出るか凶と出るかはわからない。しかしまあ、悪いようにはならないだろう。
してやったり、と若干表情をゆがめながら、窓の外を見る。
空は今の我の心を表しているかのような、雲一つない快晴だった。
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