第五十六話:アースの対処
今年もありがとうございました。よいお年を。
アースの評判だが、低くはないけど、でも前と比べれば低い状態である。
あのデモも、首謀者が心を入れ替えたということにはなったけど、傍から見たら、いきなり態度が変わったように見えるし、普通に考えたら、拷問にでも掛けられて考えを改めさせられたと見てしまうだろう。
元より、アースは人間ではないのではないかという噂はちらほらとあったようで、今回、悪魔召喚に関わったのを、スレートさんにすべて押し付けて、自分は難を逃れようとしているのではないかと考えている人も少なからずいるようである。
まあ、デモの首謀者が消えた今、それに賛同する人はそこまで多くはないとは思うけど、それでも数十人、数百人がその疑念を持っているわけだ。
今は問題なくても、今後アースの行動は逐一監視されることになるだろうし、少しでも失敗を犯せば、やっぱりあの行動は間違っていなかったんだと再びデモが起こる可能性もある。
いや、デモとまではいかなくても、アースの求心力が下がり、それを重用している皇帝まで疑われることになってしまったら最悪だ。
そう言う考えを持っている人を片っ端から捕えて、注意勧告するなりなんなりするというのも手だが、一度疑問に思ってしまったことを完全に取り払うことは難しいと思うし、何らかの形でアースの身の潔白を証明しない限り、完全に問題解決とはならないだろう。
かといって、何か案があるわけでもない。
もっと未然に、デモが起こった直後とかだったら、洗脳されていたんだ、で済むかもしれないけど、今となっては洗脳関係ないところまで来てしまっている。
何かアースの身の潔白を証明できるようなものがあればいいんだけど。
「皇帝陛下、アース様の件ですが……」
「ああ、わかっている。全くのでたらめだったとしても、そう思う国民がいることも事実。この芽を放置してしまえば、いずれ新たなる火種になるやもしれん」
皇帝もこの件に関しては考えてくれているようだ。
しかし、何か思いついているというわけではないようで、腕を組んで悩んでいる様子。
今更、アースが自分は何もやっていないと言ったところで、そう言う考えを持っている人は信じてはくれないだろうし、アースと関わりが深い皇帝が言っても同じこと。
誰が言っても、結局胡散臭く聞こえてしまうのだから、証明するのは難しい。
そりゃもちろん、皇帝が直々に説明すれば、表面上は信じるだろうけど、それでは意味がないからね。
そう言った考えを根底から潰すためには、最悪口封じするしかないけど、そうしたらまた増える可能性もある。
うまくやらないと、アースはこの国にいられなくなってしまう。
「そなたは何か手はないか?」
「お恥ずかしながら、未だ思い浮かばず……」
思い浮かんでいたら、真っ先に言っているからね。
「皇帝陛下、私が辞職するのはいかがでしょう。スレートと同じように修道院送りにでもすれば、納得するのではないでしょうか?」
「馬鹿を言うな。お前を手放すなどあってはならん。お前は私の右腕なのだ」
「至らぬ意見を言ってしまい申し訳ありません」
皇帝はアースをかなり信頼しているようである。
薄々人じゃないってことには気づいているようだけど、それでもなお全幅の信頼を置くってことは、皇帝の覚悟の表れなのかもしれない。
でも確かに、アースを形だけでも辞職させ、責任を取らせれば、納得してくれるかもしれない。
その後、アースが表舞台に現れなければ、いずれ、ああこんな奴もいたかと囁かれる程度になることだろう。
後は一応、そう言う人達が死ぬまで、要は寿命で亡くなるまで耐えてしまえば、語り継がれない限りは何とかなる可能性もある。
その時には皇帝も代替わりしているかもしれないけど、アースの方は別に何年経とうが関係ないしね。
何なら、アースも年を取ったから引退、という形にして、また別の姿で潜入でもいいだろう。
アースがここにいる理由は、竜脈の整備のためなのだから。
「彼らが納得するように、失敗なく行動するというのはいかがでしょう」
「それができれば最善だが、人は失敗する生き物だ。いや、アースならば可能なのか? 彼らが亡くなる数十年先まで、一つの失敗もせずに行動できる自信はあるか?」
「これは私のせいでもあるのです。間違いを犯す気は毛頭ありませんが、もしそれでも間違いを犯すなら、処刑していただいても構いません」
「う、うーむ……」
アースの強気な発言に皇帝も困った様子である。
まあ、アースは竜だし、他の竜のバックアップもあれば、早々ミスることはないと思うし、ミスったとしても立て直しができるだろう。
仮に、処刑されることになったとしても、本当に命を差し出すわけではないと思うし、あくまで今の姿のアースがいなくなるというだけの話だと思う。
現状では、ただの火種でしかない。アースが間違いを犯さなければ、それがこれ以上大きくなることはない。
だから、そう言う意味では放置しても構わない問題ではある。
ただ、万が一にも大きくなってしまった時が面倒なだけで。
アースの覚悟を聞き入れてこのまま通すか、それとも何か別の案を探すか、皇帝にとっては難しい選択だろう。
「陛下、失礼いたします!」
と、そこに一人の兵士がやってきた。
今は謁見中で、本来なら来客があっても待たされるものだとは思うが、どうやら強引に来たらしい。
皇帝も、何者かと訝しみながらもアースに目線を向け、アースが頷いたのを見て通すように指示を出す。
まあ、探知魔法を使っている私からしたら、誰が来たのかは丸わかりである。
すなわち、エルだ。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。私はエルと申します」
「エル? 確か、アースの師匠であったか」
「はい、そのエルです」
どうやら、アースはエルのことを師匠として紹介していたようだ。
どちらかというと、上司なような気がするけど、まあ今のアースは宰相だし、上司というなら皇帝だからそう言うしかないのか。
でも、エルには待機していてもらうように頼んでいたはずだけど、どうしてここに来たんだろうか?
いやまあ、何かあったら呼んで欲しいとは言ったけど。
「して、その師匠がどのような用件できたのだ?」
「アースの進退について、参考になるかもと思い、こんな資料をご用意いたしました」
そう言って、エルは懐から資料を取り出す。
アースがそれを受け取り、見てみると、どうやら国民に対するアンケートのようなものだった。
「現在の情勢を知るために、国民にアンケートを実施させていただきました。内容は、アースのことをどう思っているかについて」
「なるほど。アースの評判がどれほどなのか、詳しくは把握していなかったな」
全体で見れば、アースの評価は決して低くはないはずである。
今回の件で、一部の人がアースに疑いを持ったというだけで、全体的にはそこまで下がっていない。
しかし、でも前と比べれば確実に下がっているので、それをどうしようかという話だった。
「見ていただければわかる通り、大半の人はアースのことを頼りになる忠臣と思っているようです。万が一にも、アースが皇帝陛下を、ひいてはこの国を裏切るなどとは考えていないようですよ」
「であろうな。アースの今までの行いは、とても誠実で堅実なものだった」
「そして、今回アースを疑っている人物に対して、自分のやったことを正当化したいだけのどっちつかずやら、洗脳されているかもしれないから教会で見てもらった方がいいんじゃないかやら、そんなことがまことしやかにささやかれておりました」
「おお」
要は、アースのことを悪く言っている奴は、デモに参加してしまった自分は悪くないと自分を正当化したいだけであって、それはとても恥ずかしいことだと思われているということだ。
確かに、アースのことを疑っているのは、大半がデモに参加していた人達である。それも、洗脳とか関係なく、デモに流されて参加したような人達だ。
今のところ、そう言った人達は捕えてはいない。最初からデモに参加していた人達は軒並み洗脳されていたし、後から参加した人達はごく少数でそこまで規模が大きくなかった。
それに、ラインを超えて捕まった者はともかく、それ以外のちょっと日和っていた人達まで捕まえていては、皇帝への批判が高まる可能性もある。
だからこそ、ある程度のラインまでは見逃しているという状態なわけだ。
そうして捕まっていない人達が、いずれ捕まるんじゃないかと怯えた結果、そうやって正当化しようとしている、という話のようである。
「この結果を鑑みるに、そこまで対策は必要ないかと存じます」
「しかし、この結果は信用できるのか? 答えた人物が偏っていた可能性や、嘘を言っていた可能性は?」
「多少はあるかと思いますが、ある程度は信用できるかと。改めてしっかりと精査する必要はあると思いますが、この風潮であれば、いずれは淘汰されていくと思います」
「ふむ、そうか」
この資料が正確なら、何もしなくてもいずれはアースを批判する人はいなくなっていくだろう。
もちろん、完全にはいなくならないだろうが、全く批判がない人なんて存在しないし、そう言う普通の人になれるのであれば、十分すぎる効果である。
改めて国側でも精査する必要はあるだろうが、この方針でも構わないかもしれないね。
「エルよ、有益な情報を感謝する」
「いえ、アースのためですので」
確実にとは言えないけど、おおよそは何とかなったと言えるだろう。
アースの方も何とかなったようで何よりである。
私はようやく、ほっと一息付けた気がした。
感想ありがとうございます。
今回で、第二部第二章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第三章に続きます。




