第五十四話:最期はあっけなく
「お察しの通り、彼女から脅されてしまってね。本当に申し訳ないが、君との契約は破棄させてもらう」
『貴様、それでも悪魔か!? こんな小娘相手に負けてどうする!』
「いやはや、無知とは罪なものだ。人のことは言えないがね」
悪魔がやれやれと肩をすくめている。
まあ、悪魔でさえも私の正体には気づけなかったのだから、このゴーストが私の正体に気づけるはずもない。
竜の関係者だってことくらいはわかると思うけど、その正体が竜だとか、精霊だとか、ましてや神様もどきだなんて思いもしないだろう。
ただの小娘って感じで見ているみたいだし、まさかそんな相手に悪魔が言い負かされるなんて想定外過ぎるだろうな。
『とにかく、契約の破棄など無効だ! どうしてもというなら、今すぐにアースを殺せ!』
「破棄をする以上、これ以上契約を続行することはない。そもそも、私が手を出してしまったら契約でも何でもないだろう? 願いは君が叶えなければ」
『その契約を一方的に破棄して来ようとしているのが今の貴様だろうが! とにかくそんなこと許さんからな!』
「君が許すか許さないかなどどうでもいいのだよ。私は彼女に脅されて契約を破棄する、ただそれだけだ」
『ええい、こんな小娘程度に何をビビっているのだ! こんな奴こうしてやれば!』
そう言って、何かを飛ばしてきたが、私の体に届く前に弾いてしまった。
え、今の何?
『な、馬鹿な、洗脳が効かないだと!?』
「いやはや、これはこれで面白い。契約を破棄するなどとは思ったが、こういうのもありかもしれないな」
悪魔はくつくつと笑っているし、ゴーストは呆然としているように見える。
多分、強力な洗脳能力を悪魔から授かっていたってところだろうか。で、それを私にかけようとした。
でも、今の私は元の姿に戻っているとはいえ、さっきまで神様もどきの姿になっていたのである。
その膨大な神力はまだ周りに残っているし、それが自動的に弾いてしまったってことなんだろう。
悪魔の洗脳能力なら結構強力そうだけど、私の神力ってそんなに凄いものなのかな。
いや、違うか。多分ルーシーさんが手を貸したのかもしれない。それなら、弾かれたように見せることも簡単だし。
「さて、私もこれ以上時間を引き延ばして命を危険に晒したくないのでね。悪いが、これでさよならだ」
『ま、待て! 話はまだ……』
「契約解除」
その瞬間、ゴーストから何かが解き放たれたような感覚がした。
ただ契約を破棄しただけなのに、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、ゴーストはかなりぐったりしているように見える。
もしかしてだけど、今まで与えていた能力全部持ってった?
確かに、契約を破棄する以上、契約に用いられた能力はもう必要ないだろう。回収するのが合理的である。
もちろん、悪魔の方から一方的に破棄する形になったのだから、詫びとして能力を残すというのも手だとは思うが、そう言う考えは悪魔にはないようだ。
となると、このゴーストにはもはや何も残っていないのではないだろうか?
そもそも、ゴーストとは、この世に未練を残した魂が浮遊霊の形で現世に留まったものだ。
その性質上、生前に成しえなかったことに強い執着を抱き、それを実現しようと動くことはある。
だが、ゴーストになった時点で意思というものは霧散してしまうから、ゴーストが何かを考えて行動するということはほぼありえない。
つまり、喋ることはもちろん、何かを考えることもできないわけだ。
先程まで饒舌に喋っていたのに、今はすっかり静かになったのがその証拠である。
ただ、意思がない割には忙しなく動いているから、意思だけは残されたのかもしれない。
何もできない体で、意思だけ残されるって、なんか可哀そうだね。
「後は君に任せる。私はこれ以上干渉しない」
「わかりました」
さて、無事に契約も破棄されたことだし、後は浄化するのみである。
私はゴーストと相対する。こちらに向かって飛んできて、私の周りをふよふよと漂っているようだが、憑依しようとでもしているんだろうか。
確かに、私に憑依できれば一発逆転も夢ではないと思うけど、それは流石に無理がある。
なんだか少し可哀そうだけど、悪魔召喚なんて言う禁忌を犯したのはこの人だ。せめて、安らかに送って上げよう。
「さて、もう名前も聞けませんが、おやすみなさい」
私は悪魔祓いの魔法をかける。その瞬間、ゴーストは跡形もなくかき消えていった。
なんだかあっけない。いや、抵抗されても困るけど、終わる時は一瞬だね。
念のため、探知魔法で逃げていないか確認する。
まあ、結界も張っていたし、そうそう逃げられないとは思うけど、一応ね。
案の定、周りには私達の気配しかない。逃げられた心配もなさそうだし、この件は完全に終わったとみていいだろう。
私はようやく終わったと、ほっと一息ついた。
「面白いものを見せてもらった。契約破棄は少々納得いかないが、あんな無様な姿を見られたと思えば、多少はその甲斐もあったのかね」
「趣味が悪いですよ」
「悪魔にとってはいい趣味だろう。人の趣味は人ぞれぞれだと思わんかね?」
「言いたいことはわかりますけど、あなた悪魔でしょ」
「はは、これは一本取られた」
悪魔的には、あの人の最期は面白いものだったらしい。
こういうのって、かっこ悪く命乞いとかした方が悪魔としては嬉しいのかと思ったけど、こういうのでもいいんだろうか?
まあ、こちらを格下に見て、逐一通用しないことに愕然としていたのは面白ポイントだったのかもしれないけど。
私にはその感性はよくわからない。可哀そうだとは思うけどね。
「私はこれで去るとしよう。君のことは、他の悪魔にも伝えておく」
「今回してやられたからと言って、復讐にきたりしないでくださいね?」
「そんなことしないさ。ただ、君には手を出すなと忠告するだけだ」
「それならいいですけど……」
倒してないのに復讐で社会的に殺しにこられたら困る。
悪魔の言うことを完全に信用はできないが、まあ、多分大丈夫だろう。
いざという時は、また神モードに頼るとしよう。……あんまりやりたくないけど。
というか、あの姿はやっぱりソワソワする。
全能感というか、この姿であればこの世のすべての理をどうとでもできるという感覚がしてしまうのだ。
もちろん、理性はあるからそんなことしないし、やろうとも思わないけど、力に溺れるというのはこういうことかとなんとなく理解した。
この力に頼り過ぎたら、私は絶対堕落する気がする。
今回はしょうがないけど、なるべく使わないように気をつけたいところだね。
「仲間の悪魔に会ったら、私のことを話すといい。それで大抵は話が通じるだろう」
「そんな時が来ないといいですね」
「私もそう思う。最後に自己紹介しておこう。私はベル。侯爵級悪魔ベルだ」
その言葉を最後に、悪魔、ベルは姿を消した。
やれやれ、悪魔まで出てきてどうなるかと思ったけど、無事に済んでよかった。
これも、ルーシーさんのおかげかな? 後でお礼を言っておかないとね。
私は悪魔が消えた場所を見ながら、そんなことを考えていた。
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