第五十三話:契約の破棄
その後、悪魔には契約を破棄してもらうことになった。
一応、悪魔は約束を破ることはないと言われている。どんなことでも、悪魔は必ず約束は守るし、そう言う意味では信用できる。
ただし、悪魔はひねくれ者だから、絶対に約束を曲解して理解する。
例えば今回の場合は、契約を破棄するとは言ったが、スレートさんに憑依している奴の契約ではない、みたいなこと言って、全く別の人の契約を解除する、とかね。
もちろん、そんなことは許さないので、しっかりと契約を破棄するところを見届けさせてもらう。
流石に、私が見ている時に不正を働けるほど肝が据わってはいないようで、元の姿に戻った今でも、きちんと言うことを聞いてくれた。
「では、今から契約を破棄するが、私はそれしかしない。こちらから一方的に破棄するため、契約者は駄々をこねるだろうが、私はそれに一切干渉しない。その対処は、君がやってくれ」
要は後始末を丸投げしたいということではあるが、それくらいなら問題はない。
元々、スレートさんに憑依している奴はこちらの不手際によって生み出された可能性が高い。
ただ監禁していただけで、悪魔召喚を止められなかったのは、多少なりともこちらに責任はあるだろう。
だから、後始末くらいはこちらでつける。私としても、クシューリガルには思うところがないわけではないしね。
「わかりました。あ、そうだ、契約を破棄したら、契約者の人はどうなるんですか?」
「今回は契約者はすでに体がない。故に、ゴーストとしてこの場に現れることになるだろう。ただ祓うだけなら、君がかけようとしていた魔法を使えばすぐに片が付くだろうな」
「ああ、悪魔祓いの魔法ですね」
確かに、あれはスレートさんのために作ったようなものだし、特攻効果でもありそうである。
ただの浄化魔法でもよさそうだけど、そちらの方が確実かもしれないね。
「恐ろしい名前を付けるな。君は悪魔に対して敬意が足りない」
「悪魔を尊敬する人なんてほとんどろくでなししかいないと思いますが」
「……それもそうか。君は神になれるほどの器のようだし、悪魔に寝返ることはないのだろう」
悪魔も自分がひねくれ者だと自覚はしてるんだろう。
悪魔崇拝なんて、そのほとんどが欲に溺れた者が楽して願いを叶えたいと思うか、あるいは何もかも失って、それしか道がないという人が辿り着く最後の場所である。
まっとうに願いを叶えようとする人はそもそも悪魔なんて崇拝しないし、悪魔召喚をしようなんて欠片も思わないはずだ。
だから、悪魔を尊敬する人なんてほとんどがろくでなしである。
別に崇拝されたからと言って何かを還元することもないし、悪魔としても崇拝されて嬉しいという感情はないだろうね。
「実に惜しい。精霊が神の座に至るなど聞いたこともない。もしも君が、悪魔に魂を売るような人物だったなら、我々悪魔にとっての希望になっていたことだろう」
「悪魔に希望にされても嬉しくありませんけどね」
「だが、希望の欠片は見出した。君のような存在がいるのなら、いつの日か悪魔に魂を売ってくれるような神の器も現れるかもしれない」
まあ、確かにその可能性もあるのかな?
そもそもの話、ただの人が神様の座に至るのは不可能だ。人のみならず、精霊だろうが竜だろうが、神様にはなれない。
神獣という、神様に認められた存在になることはできるかもしれないが、今は地上に神様はいないし、そうなる確率はほぼゼロに等しいだろう。
私が曲がりなりにも神剣に選ばれることになったのは、神界という神様の場所を訪れることができたからだ。
神界の場所は一部の神獣や天使達しか知らないし、普通に辿り着くことは不可能。辿り着けたとしても、普通は門前払いされるのがおちである。
だから、そんな存在が誕生することはまずありえない。
だが、何事にも例外は存在する。私がいい例だ。
私のような存在が、この世には他にも存在するかもしれない。そして、その人は悪魔を崇拝していて、邪神に至るのかもしれない。
欠片も欠片、細かすぎて顕微鏡でも見えないくらいの薄い可能性ではあるけどね。
「そんな人が現れないことを祈ります」
「そうか。まあ、別にいいさ。さて、そろそろ契約を破棄していいか?」
「はい、お願いします」
「わかった。さて、では、まずは起こさなくてはな」
そう言って、悪魔は寝ているスレートさんの頭に手を突っ込む。
何の前触れもなく、ごく自然に沈み込んだ手は、どう考えても頭を貫通しているように見える。
一瞬、破棄ってスレートさんごと殺すことなのかと悪魔を睨みつけてしまったが、すぐに悪魔は手を引き、何かを引きずり出した。
それは半透明で、実体を伴わないふわふわとした謎の塊。
私はそれを見て、直感的にゴーストだと理解した。
『な、何だ!? 何が起きた!?』
「やあ、おはよう、契約者よ。よく眠れたかな?」
『な、貴様は悪魔! これは一体どういうことだ!?』
ゴーストから声が聞こえてくる。
流石に、クシューリガルがどんな声だったかなんて覚えてないけど、多分その人なんだろうなと思う。
なんというか、雰囲気が似ている気がする。私を見て、自分の立場もわからずに殺そうとしてきた時とそっくりだ。
「ああ、君には申し訳ないが、君との契約を破棄させて貰おうと思ってね」
『なんだと!? 貴様、私の願いはまだ叶っていない! 契約を守るのが悪魔ではないのか!?』
「それに関してはこちらの都合で申し訳ないが、私も命は惜しいのでね。悪いが、後のことは彼女に聞いてくれたまえ」
『彼女? ……き、貴様は!』
その時、初めてこちらに気が付いたらしい。
全然周りが見えていないんだな。まあ、憑依していたのにいきなり引きずり出されたのだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
私は苦笑いを浮かべながら、小さく手を振った。
『なぜ貴様がここにいる! ……は、まさか貴様が悪魔をそそのかしたのか!?』
「だったらどうします?」
『おのれ! またしても私の邪魔をするのか! この罪人めが!』
「悪いこと企むのがいけないんですよ」
それにしても罪人か。確かにあの時は私は聖教勇者連盟に罪人として呼ばれたわけだけど、一体いつの話をしているんだろうか。
流石に、この人だってあれからかなりの時間が経過していることくらい知っているだろう。それなのに、未だに私の認識がそれってことは、全然私について調べてなかったんだろうね。
いや、竜に対する憎悪でそれどころではなかったのかな?
最初に狙ったのが私ではなく、あの事件とはほぼ無関係のアースを狙ったのがその証拠だ。
結局、恨めれば誰でもよかったのかもしれない。
憎しみに染まった人の末路は悲惨だね。
私は少し憐みの籠った目で、ゴーストを見つめていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




