第五十二話:竜神の力
私は再び夜にスレートさんの家に忍び込む。
悪魔はどうやら神出鬼没のようだけど、私がスレートさんから憑依してる奴を追い出す目的でここを訪れれば、悪魔は必ず現れる。
それほど、契約を邪魔されたくないってことなんだろうね。でも、逆に言えば、会おうと思えばいつでも会えるということだから、そう言う意味では楽でいい。
「また君か。いい加減、諦めてくれると嬉しいのだけどね」
「こちらにも退けない理由があります。そちらの方こそ、諦めてくださいませんか?」
「悪魔との契約は絶対だ。契約者が駄々をこねるならともかく、悪魔の方が契約を破棄するわけにはいかないな」
やれやれと、困った子供を見るようにこちらを見下ろしてくる。
意思は固そうだけど、本当に脅したら諦めてくれるんだろうか? かなり心配なんだけど。
「今日は交渉に来たんですよ」
「ほう、君も私と契約する気になったのか?」
「まさか、私が悪魔と契約することはありえません」
「なら、どう交渉しようというのかね?」
「とりあえず、外に出ましょう。話はそれからです」
「なるほど、力でわからせようというわけか。別にそれでもかまわないが、仮に私が負けても契約を破棄することはないよ?」
「いいですよ。破棄させますから」
「ふむ、何か秘策があるようだ。その自信、どこまで続くか見ものだね」
悪魔は私の提案に乗り、外に出てきてくれた。
一応、今回も遮音の結界は張っておく。万が一、起きられてしまったら面倒くさいしね。
今、私の前には悪魔がいる。翼をはためかせ、空に悠々と佇んでいる。
このまま戦ってもいいけど、別に私は戦いたいわけじゃない。
あまりあの姿になるのは好きじゃないんだけど、今回はルーシーさんの助言を信じよう。
「さて、何をするのか見せてもらおうか?」
「では、失礼します」
私は竜珠で抑えていた神力を解放する。
ただの人の身に収まるとは到底思えないほどの膨大な神力。それは見る見るうちに辺りを満たし、この空間を神力で染め上げていく。
それと同時に、私の体にも変化が起こった。人のシルエットは残してはいるが、その肌は銀の鱗で覆われ、背中の翼が大きくはためく。体が巨大化していき、あっという間に見下ろされる側から見下ろす側に立つことになった。
まるで竜をそのまま人型にしたようなその姿は、まさに竜神と呼ぶにふさわしい存在となっていた。
「なっ!?」
〈これが私の本来の姿です。この姿を見ても、契約を破棄する気にはなりませんか?〉
私はその状態から、さらに【ストレージ】から神剣を取り出す。
今の私の姿でもなお巨大なその剣は、ただ一薙ぎするだけで悪魔どころかこの町を物理的に真っ二つにすることができるだろう。
なので、これはただの脅しだ。実際に振るうつもりはない。
けれど、悪魔にそれを見破ることはできるかな?
「神、だと!? 確かにただの精霊にしてはおかしいとは思っていたが、神がなぜ地上に!?」
〈私は神様でありませんよ。ただ、ちょっと神様に鍛えられただけの、ただの精霊にすぎません〉
「ただの精霊が神と接触できるものか! それにその剣、まさか神剣ティターノマキアか!? それはマキア神の持ち物のはず。それをなぜ……!」
〈説明が必要ですか?〉
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!」
明らかに動揺していることはわかる。
今までの冷静沈着そうな雰囲気をかなぐり捨てて、自分の目の前にある光景が何かの見間違いであってほしいと切に願っている。
でも、これは紛れもない現実。私とて、なぜこんなことになったのかはよくわからないが、少なくとも、今の私は神剣を扱えるほどには神様に近しい存在だ。
〈私はこの剣を振るいたくはありません。ですが、あなたが強情だと、振るわざるを得なくなるかもしれません。どうしましょう?〉
「ま、待て、早まるな! そんなもの振るえばこの町ごと吹っ飛ぶぞ!?」
〈わかってますよ。だから、振るいたくないんです。私だって、説明したくありません。一人の悪魔のせいで町が滅びましたなんて〉
「なっ!? う、ぐぅ……!」
これは脅しだ。ここで契約を破棄しなければ、この町は滅ぶ。
悪魔にそれを忌避する感情があるかはわからない。人をただのおもちゃと思っていそうだし、町一つが自分のせいで滅んだとしても、むしろ誇らしいことになるのかもしれない。
でも、この様子を見る限り、むやみに人を殺したいというわけでもなさそうだ。
悪魔なりの美学というものがあるんだろうか? 自分の手で弄んで殺すならいいが、自分の失態によって人が死ぬのは許容できないとか。
それがこの悪魔特有のものなのか、種族全体のものかは知らないけど、この悪魔に効果的なら何でもいい。
〈さあ、どうしますか?〉
「あ、悪魔を脅すとはいい度胸だな。それが神のやり方か!?」
〈別に私は神様ではありません。私は私なりの考えで、こういう手段をとったまでです〉
「こ、この外道が……」
まあ、私なりの考えとは言ったけど、ルーシーさんの提案なんだけどね。
本当に効くのかどうかは不安だったけど、この様子だとめちゃくちゃ効いているらしい。
悪魔が強気に出られるのは、敵がいないからというのも大きな要因なのかもしれない。
天使並みに強いなら、地上で勝てる存在がいるとすれば竜くらいなものだろう。それも、結構な苦戦を強いられるかもしれない。
倒してはダメな以上、脅すには死なない程度に痛めつける必要があるけれど、そう言うのは圧倒的な実力差があってこそできるものだ。
そりゃ、実力が拮抗しているのに、片方だけ相手をなるべく傷つけないように、死なせないように、なんて考えていたらそっちが負けるに決まっているしね。
でも、そんな悪魔が絶対に勝てない相手、それが神様である。
ルーシーさんが言っていた、こちらが圧倒的に優位というのはそう言う意味もあったんだろう。
天使の上には神様がいる。当然、神様は天使よりも圧倒的に強く、天使と同等くらいの実力である悪魔は勝てない。
それはすなわち、圧倒的な戦力差が成り立つわけで、だからこそこうして脅すことができるのだ。
まあ、本当なら平和的に交渉したかったけど、強情な悪魔をどうにかするには、これくらい過激な方がいいのかもしれない。
「……い、いいだろう、今回は退いてやる」
〈では、契約を破棄してもらえますね?〉
「ああ。私とて、命は惜しい。君の正体を読み間違えた私が、今回は負けだ」
〈賢明な判断ですね〉
しばらく葛藤していたようだが、どうあっても勝ち目はないと悟ったのか、悪魔は折れてくれた。
よかった、ただの脅しとはいえ、悪魔が頷かなかったら本当に神剣を振るう羽目になっていたかもしれない。
流石に、私にこの剣の火力を調整しろと言われても無理がある。ちょっと振っただけでも、空間が切り裂かれるが如き威力が出てしまうだろう。
一応認められてはいるが、私は神剣に振り回される立場なのである。
なんでまだ認められているのかがわからない。普通にマキア様に返してもよかったと思うけどなぁ。
いや、それだと調子に乗りそうだから、創造神様が預かるとかでよかったと思うけど。
そんなことをぶつぶつと考えながら、私は神剣をしまった。
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