第四十九話:どこかで会った?
「えっと、どこかでお会いしましたか?」
「貴様、この私を忘れたというのか!?」
思わず聞き返してしまったが、あちらはさらに怒鳴り声を上げている。
え、なんで私のこと知ってるの?
私がスレートさんに出会ったのは、王都でデモをやっている時。でも、その時は遠巻きに眺めていただけだし、今までもそうしてきたからそこで知り合ったというわけではない。
あちらだって、こちらに見向きもしていなかったし。
夜に寝室で出会ったこともあったが、その時は寝ていたし、もちろん話しかけられたりもしていない。
どう考えても、私が知っているのはともかく、あちらが知っているのはおかしな話だ。
一体どういうこと?
「……いや、待て、そうだったな。人違いだったようだ、忘れてくれ」
「は、はぁ……」
しばらく何かを考えて、納得したのか、急に態度を変えてきた。
あの剣幕、どう考えても人違いだったってわけじゃなさそうだけど……。
「それで? 私の前に立って何の用だ? まさか、また私の道を妨害する気じゃないだろうな?」
「え、いや、そういうわけじゃ……ただ、ちょっと興味あるなぁと思いまして」
「ほぅ、貴様もアースが憎いのか。なるほど、それは良いことを聞いた。いいだろう、私の仲間になるといい。共に悪であるアースを打ち倒そうではないか」
にやにやと底意地悪そうな笑みを浮かべながらポンと肩に手を置いてくる。
まあ、アースを憎んでいるっていうのは間違いなさそうだ。ただ、気になることが一つ。
また、って言ったよね?
確かに、私は今まで何度もスレートさんに憑依している奴を引きはがそうとアプローチしてきたけど、それを把握されていたってことなんだろうか。
悪魔が教えたとか? いや、悪魔なら、面白がって教えないような気がするし、それはないと思う。
なら、夢でも見て、それを私のせいだと思ってる?
確かに、教会関係者が見る夢は、神様からの神託であるって話もあるっちゃあるけど、ほとんどは腐った上層部が都合のいい情報を流すための手段として用いられていた気がする。
もちろん、中にはまともな教会も存在するが、そう言うところではそもそも神託と言って悪用することはないし、神託って言葉自体が胡散臭い言葉なんだけども。
でも、仮にそんな夢を見たとしても、100パーセント信じるなんてことはないと思うし、辻褄が合わない。
どういうことなんだろうか。
「えっと、何をすればいいですか?」
「なに、簡単なことだ。ここで声高々にアースへの恨みを叫べばいい。思いは力となって、必ずや皇帝の耳に届くだろう。そうすれば、奴は終わりだ」
まあ、確かに皇帝の耳には届いているだろうけど、それはアースに対する悪評ではなく、デモ隊に対する悪評なんだけどね。
やってることはまんまデモだから、別にそれはいいんだけど、本当にそれだけが理由なんだろうか?
もう少し突っ込んで聞いてみるか。
「あの、皆さんはアースをどうしたいんですか?」
「もちろん、悪辣な儀式を行った罪人を処刑するのだ。貴様も、アースのせいで煮え湯を飲まされたのだろう? 奴が死ぬことは、本望ではないか?」
「え? ま、まあ、そう、ですね?」
アースを殺すことが目的?
確かに、悪魔も言っていたし、アースを狙うことが願いであるってことは間違いなさそう。
単純に、アースに恨みがあり、アースを失脚させる、というか処刑させるのが願いってことでいいんだろうか。
それなら確かに、この行動にも納得はできる。少なくとも、教皇になるためのポイント稼ぎと言われるよりはよっぽど信憑性があるだろう。
ただ、そんなことのためにわざわざ悪魔を呼ぶのだろうか?
だって、デモを起こすなんて方法を選ぶなら、最悪悪魔に願わなくたって、一人で起こせるだろう。
そりゃ、何も持ってない人間と、王都の教会のトップじゃ、後者の方がついてくる人は多いだろうけど、洗脳までしてるってことは、そもそも数はそれで揃えるつもりだったんだろうし、わざわざ悪魔に願うほどでもない気がする。
少なくとも、自分の命を懸けてまでやる必要はないだろう。
それとも、それしか道がなかったんだろうか? 洗脳があればと言ったけど、洗脳の力は悪魔と契約することによって得た力で、元は何の能力も持っていなかったとか。
それだったら、仲間を集めるのも難しいだろうし、一人でデモを起こそうとしてもすぐさま捕えられておしまいだろうから、悪魔を頼る理由にもなるか。
「じわじわとだが、仲間は増え続けている。まだ少ないが、軍へのコネも手に入った。後は、じっくりと耐えて、アースをあぶりだすだけなのだ」
「アースを直接狙ったりはしないんですか?」
「ふっ、これだから素人は。確かに、アースを直接手にかけたい気持ちもあるが、奴は化け物だ。人の力ではそう簡単には殺せん。だからこそ、世論を味方につけ、社会的にも抹殺する必要があるのだ」
「うーん?」
まあ、確かにアースに暗殺者の一人や二人放ったところで返り討ちだろうけど、なんでそんなこと知ってるんだろうか。
そりゃ、アースはすでにこの国で何百年と宰相を務めているだろうし、長い付き合いをしている人ならこいつ人間じゃないんじゃないかと思う人もいるだろうけど、この人もそんなうちの一人なんだろうか。
でも、もし仮にアースの正体に気が付いて、あるいは気が付かないまでも人外であると思っているなら、社会的に抹殺した上で処刑するってあんまり意味ないような?
いくら社会的に抹殺したとしても、その時死ぬのは今のアースだけだ。別に、竜の【人化】は一つの姿にしかなれないわけじゃないし、その気になれば全くの別人となって再び潜入することも可能である。
まあ、それまで積み上げてきた地位を失うことにはなるだろうが、そんなのすぐ取り戻せるし、何ならそれは必須でもない。
公開処刑で確実に殺すとかだとしても、そんなのいくらでも偽造できるし、別人として返り咲くことは十分可能だ。
その可能性に気が付いていないのか、それとも公開処刑のような形なら逃げられないとでも思っているのか、考えが読めない。
「ま、子供は理解しなくてもいい。だが、興味を持つのはいいことだ。貴様には、特別に特等席で奴の死にざまを見せてやろう」
「そんなすぐに処刑されるんですか?」
「されるさ。そのための根回しもしてきた。後は軍が裏切ってくれれば、すべては私の手中だ。私の計画に狂いはない」
大げさに高笑いしながらそんなことを言っている。
どうでもいいけど、めちゃくちゃ喋るね。
一応、表向きは、悪魔召喚のために大量の人々を生贄にしたアースを糾弾するという形なのに、私怨が混じり過ぎである。
そりゃまあ、ここにいる人達はほとんどが洗脳されているだろうし、今更聞かれたところでどうってことないのかもしれないが、周りには野次馬もいるし、万が一聞かれたら計画とやらがばれてしまうんじゃないだろうか。
仮に周りに聞かれなかったとしても、私にはばっちり聞かれている。
子供だからと油断した? 確かに、警戒されるからとエルは今近くにはいないけれど。
あるいは、私も洗脳する気なのかもしれない。それだったら、いくら話したところで関係ないし。
でもまあ、直接聞くのは正解だったかもしれない。おかげで、色々とヒントが手に入った。
私は適当にデモの動きに合わせ、ある程度付き合ったところで抜ける。
さて、少し考えてみようか。
感想ありがとうございます。




