第四十七話:恨まれるのは
「どうしてそこまで邪魔をするんですか?」
「それはこちらのセリフだがね。私はただ、契約に基づいて動いているだけだ。君の方こそ、なぜそこまで必死になって助けようとする? 別に、その男とは何の面識もないだろうに」
悪魔は少し不思議そうな顔をして聞いてくる。
まあ、確かに、スレートさんとは何の面識もない。今まで会ったことはないし、声を聞いたことすらなかった。
それを必死になって助けようとするのは悪魔からしたら不思議に見えるのかもしれない。
と言っても、私も別にスレートさんを助けようとしているわけじゃない。
いや、結果的には助けることになるし、そうなった方が嬉しいけど、私がスレートさんを助けたいと思う理由は、アースを助けたいからだ。
スレートさんに憑依した奴が愚直にデモを繰り返す度に、じわじわとではあるがアースの地位は下がっていっている。
別に、アースは地位に関してはそんなに気にしていないとは思うけど、こちらは何もしていないのに、ただ巻き込まれた結果アースが悪者扱いされるのは納得できない。
これが、アースとは全く関係なく、単純に教皇になろうと頑張っているだけだったら、私もこんなに肩入れしなかっただろう。その行動の方向性と、その矛先にアースを選んだことが私の琴線に触れたのだ。
まったく、どうしてアースを悪者に仕立て上げることが教皇の座への道だと思い込んだのかわからない。
そりゃ、悪魔召喚をやらかそうとした国の要人をつるし上げることができれば、自らの首が飛ぶこともいとわずに行動を起こしたことを称賛されるかもしれないし、それが教会から評価されて高い地位に上り詰められるかもしれない。
でも、あまりにリスクが高すぎるし、もし仮に評価されるにしても、せいぜい枢機卿が限界だろう。
教皇の座は他の枢機卿だって狙っているだろうし、教会で発言力のある彼らが、自分を差し置いて他の人を教皇の座に推薦するなんてありえない。
あるとしたら、洗脳でもして推薦させるとかだけど、そんなことができるならポイント稼ぎなんて必要ないわけで、今の行動と噛み合わない。
一般市民を洗脳できるだけの力はあるのに、他の枢機卿を洗脳しないのは、隙が少ないからだろう。
仮にも教皇に次いで地位の高い枢機卿なら、護衛もついている可能性もあるし、そうでなくても他の神官とかと一緒に行動する場面も多いだろうからね。
つまり、そうやって手っ取り早くできる方法がないから、苦し紛れにこんな行動をとっているということになる。
そして、その苦し紛れの行動ではどうあがいても教皇になんてなれない。
私にはスレートさんに憑依している奴の思考が読めないよ。
「スレートさんに面識がなくても、その人が狙っている人には面識があります。教皇になりたいのか何だか知らないけど、それの踏み台にされるのは納得できないんですよ」
「なるほど、そう言うことか」
悪魔は納得したように頷く。
悪魔の契約は契約者のみならず、周りの人も不幸にする。
悪魔と契約して得をするのは、悪魔自身だけだ。
こんなことに手を出したこいつには、ぜひとも悔い改めてもらいたいところだよね。
「まあ、狙うのは無理ないと思うがね。それが最も、願いを叶える近道なのだから」
「こんなことで、教皇になれるとでも?」
「教皇にはなれんだろう。だが、契約者は別に教皇になりたいなどと望んではいない」
「え?」
悪魔の言葉に目を丸くしてしまう。
教皇になるのが目的ではない?
ある日、何者かに憑依され、人が変わったような態度を取り始めたスレートさん。彼の口から、今までは一切出なかった教皇になりたいという言葉もあったし、てっきりそれこそが願いなんだと思っていた。
でも、悪魔はそうではないという。じゃあ、この人の願いって何なんだろう?
「じゃあ、願いって……」
「おっと、口が滑ったな。それは契約の範囲内だ。言うわけにはいかないな」
教皇になるのが目的ではなくて、アースを狙うことが願いを叶える近道。
ということは、目的はアース自身だったりする?
アースに恨みを持った何者かが、悪魔に魂を売ってアースを失脚させようとしているってことだろうか。
でも、アースはそんな恨まれるような人物ではないだろう。
まあ、確かにアースの人間としての活動はあまり知らないし、もしかしたら恨まれている可能性もあるけど、一体何で恨まれるんだ?
これは、ちょっと調査した方がいいかもしれない。アースの方は大丈夫だと思っていたけど、聞きたいことが増えてしまった。
「……わかりました。ヒントは聞けましたし、今日のところは引き下がります」
「そうしてくれ。君が手を出さない限り、私も君に手は出さない。まあ、もし何か願いを叶えたいというなら気軽に言うといい。しっかりと対価をいただければ、何でも叶えて見せよう」
「悪魔との契約なんて御免です」
その言葉を最後に、悪魔はその場から姿を消した。
今なら、こっそり悪魔祓いの魔法をかけられるかもと思ったけど、多分どっかで見てるだろうし、無理だろうな。
今日のところは本当に引き下がるしかないだろう。強引に解決するより、今は情報を集めた方がよさそうだ。
ちょっと残念に感じつつ、ひとまず家に帰るのだった。
次の日。私はエルに頼んでアースを呼び出してもらった。
忙しいかもしれないけど、今は少し急いだほうがいい。あんまり長引かせても申し訳ないし、さっさと聞くことにした。
「なるほど、我に恨みのある人物の犯行だと」
「うん。何か心当たりない?」
昼間に呼び出したせいなのか、今のアースは人間姿だ。
顎に手を当てて考えるそぶりを見せたが、しばらくして申し訳なさそうに首を振る。
「申し訳ありません。宰相として、色々と国にアドバイスをしては来ましたが、何が原因で恨まれたのかはわかりませぬ」
「そっかぁ……」
「能力を見て左遷した者など、軍事国家として繁栄していくために、切り捨てなければいけない部分も多くありました。本人やその家族、知り合いなども含めれば、我は多くの人に恨まれていることでしょう」
「まあ、それは誰でもそうだと思うよ。私だって、いろんな人に恨まれてそうだし」
特に貴族連中には結構恨まれてそうな気がする。
婚約話を蹴ったこともそうだけど、私が一応貴族となったのもそうだし、王様に重用されているのも納得いってない人は多そうだ。
それに何より、見た目が成長しないから、それで不審がってる人もちらほらいる。
露骨に敵対している人がいるならともかく、そう言う人達も含めてしまったら、恨まれていない人の方が少ないよね。
「ここ最近で何か恨みを買ったようなことはないのですか?」
「原因があるとすれば、我の独断による大規模避難でしょうが、悪魔に魂を売るほどかと言われたらどうでしょうな」
「でしょうね。まあ、中には個別で説明もなしに移動させられた人もいるでしょうし、それをアースのせいにして、という可能性もありますが、そこまで深い恨みになるかどうか」
悪魔と契約するなんて相当なことだ。
そもそも、悪魔召喚をするだけでも犠牲が必要となるし、召喚した後に悪魔に用意する対価も考えると相当な犠牲が必要となる。
確かに、カオスシュラームの件ですべてを失ったという人もいるだろう。
家をなくし、土地をなくし、着の身着のまま暮らすことになった人もいるはずだ。それを指示したのがアースだと知れば、アースに深い恨みを抱く可能性もなくはない。
だが、そう言った人達には、私から多額の賠償金が支払われたはずだし、貴族はともかく、平民とかならそれだけでも元の家や資材を超える金額になっているはずである。
もちろん、だからと言って恨むなというわけではないが、大半の人達は、元の家に戻れているし、家を失った人も、王都で再起を図るって人が多いようである。中にはオルフェス王国の方に永住するって人もいるし、大抵の人はこの結果に納得いっているはずである。
あれかな、お金は渡したけど、それを騙し取られてしまったとかなんなりして文字通りすべてを失った人がやったとか?
でも、そんな何もない人が悪魔召喚をできるだけの犠牲を用意できるとも思えない。
うまくできたとして、自分を生贄にして召喚するのが精一杯じゃないだろうか。
それじゃあ契約なんてできないし、ただ悪魔をのさばらせるだけになってしまうから意味ないよね。
果たしてアースを恨んでいる人がいるとしたら誰なのか。私はしばらくの間、腕を組んで思案していた。
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