第四十五話:悪魔を出し抜くには
どうにか、契約を捻じ曲げて、スレートさんに憑依している奴を引きはがせないかと思っていたけど、悪魔が契約を曲げることはほぼ絶対にないらしい。
契約の遵守に必要なことであれば、多少なりとも手を貸してくれることはあるようだが、契約を破棄したいと言った交渉には一切応じないようだ。
そして、契約上障害になる存在が現れた時は、基本的には傍観するようではあるが、それで契約者が早々に退場してしまうような場面では手を貸してくることもあるようだ。
多分、せっかく契約したのに、第三者に邪魔されてすぐに契約者が死んだら困るからだろう。
苦しむ様を見たがっているであろう悪魔だから、自分が十分楽しめたと感じない限りは、横やりを入れてくることは間違いない。
まあ、そうなると、スレートさんに憑依している奴に危険が迫れば悪魔は駆けつけるってことだから、会うこと自体はそう難しくはなさそうだ。
浄化魔法では引きはがせなかったけど、悪魔憑きと同じような状態であるなら、悪魔祓いのような専用の魔法を作ればいいだけの話である。
悪魔に関してはこの本のおかげでだいぶ理解できてきたし、少し時間をかければ魔法自体は作ることができるだろう。
問題は、悪魔をどうするかだな。
仮に、悪魔祓いの魔法ができたとして、それを直接スレートさんにかけることができれば、憑依している奴は引きはがされて万事解決だ。
しかし、それをやれば絶対に悪魔が加勢してくる。そう簡単に悪魔祓いはさせてもらえないだろう。
必然的に、悪魔とは敵対関係になることになる。ここで問題になってくるのが、悪魔の性質だ。
この本によると、悪魔には階級があり、人間と同じように、伯爵、侯爵のように上がっていくらしい。
当然ながら、階級が高い方が権力が高く、力も強いようだ。
あの悪魔がどれくらいの階級かは知らないけど、もし、あの悪魔を倒し、消滅させた場合、その階級より上の悪魔達は、その倒した主を徹底的にマークするようだ。
仲間意識が強いのだろうか。それともプライドの問題か。どちらかはわからないけど、悪魔として、ただの人族に負けたとというのはとんでもない恥なのだという。
だから、その人物をマークし、弱みに付け込んで契約を迫ろうとする。しかも、その弱みは悪魔の方から用意するようだ。
具体的には、その人物に成りすまして意図的に人間関係を悪化させたり、川に落としたり、何かを盗んでその人物の枕元に置いたり、とにかく人生を破壊しようとしてくるようだ。
そして、どうしようもなくなって、途方に暮れているところに契約を迫り、そして十分に対価が払えないであろうその人物の苦しむ様を見て憂さ晴らしをする。そんな感じらしい。
なんて陰湿なんだろうか。これでは、あの悪魔を倒して終わりというわけにはいかないだろう。
悪魔の強さだけど、天使と同等というような書かれ方がしてあるし、かなり強いことは間違いない。
多分、神剣を使えば消滅させること自体はそう難しくはなさそうだけど、あれより強いのがどんどん湧いて出てくるとか悪夢でしかない。
何とかあの悪魔を倒さず、さらにスレートさんに悪魔祓いの魔法をかけ、憑依している奴を消滅させる必要があるだろう。
いったいどうしたものか。
「悪魔は倒さず、憑依した奴だけを引きはがす方法は……」
「悪魔を倒してはい終わりってわけにはいかないんですね」
「うん。スレートさんは助かるかもしれないけど、その代わり私が悪魔に目を付けられることになりそう」
まあ、屁理屈を言うなら、襲ってくるのは倒した悪魔よりも階級が上の奴だけなのだから、次々と返り討ちにして、公爵とか王様とかの悪魔を倒せば、それ以上はいないのだから襲われないって考えたけど、そう言うことじゃないだろう。
もちろん、それで収まる可能性もあるけど、そのためにはいったい何体の悪魔を相手にしなくてはならないのか。
しかも、悪魔は物理的に襲ってくるわけではなく、社会的に殺そうとしてくる。
私は今のところ王都で平穏に暮らせているけど、それが崩されるのは流石に耐えられない。悪魔を一掃するために、あえて危険に飛び込むわけにはいかないのだ。
「悪魔と交渉はできるでしょうか」
「どうだろう。交渉事は好きそうだけど、結果的に願いと対価って形になる気がするんだよね」
あの時も、スレートさんを助けたいなら契約しないかと持ち掛けてきた。
こちらがして欲しいことを言えば、それは願いとなり、悪魔はそれを対価を貰って叶えるという形になるから、私が納得していなくても、それは契約という形になることだろう。
まあ、宝石はたくさんあるから、それを対価にスレートさんに憑依している奴を引きはがしてくれっていう願いを叶えてもらうことはできるかもしれないけど、悪魔の性格的に、引きはがしたけど代わりに私の体に憑依した、とか、スレートさんの意識は戻らなかった、とかそんな展開になりそうな気がする。
契約者が苦しむ様を見たいのに、わざわざ引きはがすわけないしね。スレートさんに憑依した奴は、延々と教皇の座を狙い続けることになるだろう。
何とか悪魔を出し抜けないだろうか。
「私が悪魔をひきつけている間に、ハクお嬢様が悪魔祓いの魔法を使うというのは」
「無理じゃないかな。転移魔法っぽいのを使えるみたいだし」
しかもあの転移魔法、多分私が使う転移魔法よりよっぽど正確で早いと思う。
転生者、ってことはなさそうだけど、いくら結界で囲っても閉じ込めることはできないだろう。
あの時は攻撃されなかったけど、本気出して来たらわからないし、契約者の異変にはすぐに気がつきそうな気もする。
エルが囮になって悪魔を引き付け、その間に悪魔祓いっていうのは無理があるだろうな。
「ではどうしましょうか」
「うーん、引きはがして浄化させるための魔法は作れると思うから、それを当てられるかどうかだよね。あるいは、契約が続行不能になるか、満了するかかな」
本人が契約は果たされたと判断すれば、契約は満了となる。
まあ、悪魔はあんまり嬉しくなさそうだけど、契約を重んじる悪魔なら、契約が完遂されたとなれば余計な手出しはしないだろう。
ただ、スレートさんに憑依している奴の願いは恐らく教皇になること。そのために、手柄を上げようと、アースを悪者に仕立て上げ、悪魔召喚の罪をなすり付けようとしている。
ここからどうやったら教皇になれるのか、ビジョンが全く見えない。
せめて、何かきっかけがあればいいんだけど……。
「……とりあえず、不意打ちが効くかどうか試してみようか。さっと近寄ってさっと悪魔祓いの魔法をかける。これでうまくいけば一番簡単だし」
「そうですね。いくら転移魔法が使えるとは言っても、ハクお嬢様の魔法の展開速度はかなり早いですし、駆けつけても止められない可能性はあります。それで片が付くなら、一番でしょう」
「じゃあ、まずはそれで行こうか」
ガタガタ考えず、ごり押ししてしまった方が解決が早い時もある。
少なくとも、あの悪魔に対しては結界による拘束が効いていたように見えたし、いくら転移魔法が早くできても、隙を見てかけることは可能だろう。
そうなると、まずは悪魔祓いの魔法を開発するところから始めないとね。
そう考えながら、禁書庫を後にした。
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