第四十二話:悪魔の契約
「悪魔……」
「私のことがわかるとは、なかなか見込みのある人間だ。いや、人間ではないかな? なにやら色々混じっているように見える」
ひとまず、起きられると面倒なので、とっさに遮音の結界を張る。
まあ、ぐっすり寝ているようだから多少のことじゃ起きないとは思うけど、一応ね。
「それで、面白いお嬢さん。私の獲物に何をする気だったのかな?」
「獲物って、この人はあなたと契約でもしたの?」
「ああ、その通り。まあ、正確に言えば、その体の持ち主ではなく、魂の方だがね」
どうやら、この悪魔はスレートさんの魂と契約をしているらしい。
いや、スレートさんのと言うよりは、恐らく憑依している方かな? そうでなきゃ、そんな言い方にはならないだろうし。
予想していたとはいえ、まさか本当に悪魔がやってくるとは。でも、憑依しているのが悪魔と言うわけではなかったから少し予想は外れた形になるかもしれない。
「私はただ、この人がやっている悪質なデモをやめさせようとしただけですよ。憑依している誰かさんが無理矢理行わせているであろう行為をね」
「そこまで見破っているか。この気配、恐らく精霊かな? なるほど、なかなか鋭い」
私が精霊であることを見破って来たか。
まあ、どちらかと言うと竜だけどね。本質は精霊だとは言え、力の大半は竜に依存しているし。
「わざわざ悪魔が獲物って言うってことは、この人にこんなことをするように仕向けたのはあなたなの?」
「いいや? 私はただ、対価と引き換えに願いを叶えてやっただけのこと。まあ、対価が貧弱すぎたから、本人の満足いく結果になったとは言わないがね」
そう言ってくすくすと笑う。
話を聞く限り、スレートさんに憑依している人は、悪魔と契約をした。しかし、その対価が少なすぎて、望んだ結果になっていないってところだろうか。
悪魔に対して対価を値切るって相当やばいことやってるような気がするけど。詳しく知っているわけじゃないが、悪魔はほんとに対価分の働きしかしないと思う。対価が少なければ、当然望みは叶わないだろう。
教皇になりたいとか言っていたし、本来なら教皇にしてくれとでも頼んだのかな?
「その契約内容は?」
「流石に契約内容までは喋らないさ。契約は重んじられなければならないからね」
確かに悪魔って契約にうるさいってイメージがあるし、そんなもんなのかな?
さっきも言ったけど、多分願いは教皇になりたいで、対価は、よくわからないけど、悪魔召喚の生贄として数人が犠牲になってるだろうし、それで賄ったのかもしれない。
「なら、スレートさんからその人を引きはがせないですか? このままだと、この人処刑されちゃうと思うんですけど」
「そう言うわけにはいかないな。私は契約の内容を見届ける必要がある。その契約が完全に達成できないとわかるまでは、手を出すわけにはいかないね」
「契約が達成できないと判断する条件は?」
「契約者が死ぬことだね」
それってつまり、スレートさんが死ぬまで引きはがす気はないってことだよね。
一応、何らかの方法で憑依している人だけが死ぬようなことがあれば、その時点で契約は打ち切られるだろうけど、そんな状況ほぼないだろう。
私の浄化魔法だって、できたとしてもせいぜい追い出すのが精一杯だろうし、そしてそれは悪魔が許してくれなさそうである。
隙をついて試すことはできるかもしれないが、果たして効果があるだろうか。
「スレートさんが死ぬのは困ります。契約したのは憑依している人なのでしょう? スレートさんは関係ないじゃないですか」
「確かに関係はないかもね。でもそれが何か? 契約者の願いを叶えるためにちょうどいい器があった、ただそれだけの事。私にとっては、路傍の石のような存在だからね」
流石悪魔と言うべきか、人のことを人とも思ってないような発言である。
さて、どうしたものか。このまま悪魔の言うことを聞いていたら、どうあがいてもスレートさんは死ぬだろう。
スレートさんが死ねば、そこで憑依している奴も死ぬだろうし、一応それで解決するっちゃするけど、後味が悪すぎる。
どうにかして、スレートさんを救う方法はないだろうか。
「ふふ、悩んでいるようだね。それなら、取引をしないかい?」
「取引?」
「ああ、悪魔との取引だ。対価さえ払えば、望んだ結果を提供しよう。さあ、どうする?」
悪魔の取引か。確かに、元凶はこの悪魔なのだから、こいつなら憑依している奴を引きはがすことも容易だろうし、スレートさんを助けることもできるだろう。
ただ、一体どんな対価を要求されるのかわかったもんじゃない。
一応考えるなら、私の願いはスレートさんを助けることだけど、それには憑依している奴の消滅が条件に加わると思う。
もちろん、消滅じゃなくても、ただ引きはがすだけでもいいっちゃいいけど、それだといつまた憑依されるかわかったもんじゃないし、浄化させてしまった方がいいだろう。
悪魔との契約者ってことはまだ生きてる可能性もあるけど、この状態になった時点で悪魔が元の体に戻すとは考えにくい。
恐らく、引きはがされた後は、他のゴースト達と同じようにこの世界をさまようことになるんじゃないだろうか。
魔物は討伐の対象である。被害が出る可能性があるなら、どこかに収容、それができないなら駆除するしかない。
だからこれは、二人の命を懸けた願いなわけだ。
命の対価は命と言うのが想像できる。流石に、全く見知らぬ人のためだけに命を差し出すことはできないし、契約したところで無駄というものだ。
そもそも、すべての元凶はこいつではないだろうか? いや、正確には悪魔を呼び出した人が元凶なんだろうけど、悪魔が余計なことをしたからこそ今の状況と言うことでもある。
そんな相手の言うことをわざわざ聞く必要はあるだろうか? ……ないな。
「その契約って、契約した人がいなくなれば不成立になりますよね?」
「うん? まあ、そうだね。だからこそ、契約者が死ねば契約は解消されるわけだし」
「なら、話は簡単ですね」
私はすっと左手を上げると、悪魔の周囲に結界を展開する。
それと同時に、悪魔の手足、胴体、首にそれぞれ結界の枷を嵌め、動けないようにする。
契約者が死ねば契約がなくなるなら、悪魔がいなくなればいいわけだよね?
「なっ!? い、いったいどうやって……」
突然の事態に、悪魔はもがいているが、私の結界がそんな簡単に壊れるはずもない。
いや、もしかしたら天使並みの力を持っている可能性もあるから、油断はしないでおこう。
「悪魔って魔物だよね? いや、魔物でないとしても、邪悪なるものだよね? 契約とは言っているけど、まともに叶える気はなさそうだし」
「な、何を言って……」
「さっき言いましたよね? 契約者がいなくなれば契約はなかったことになるって。なら、あなたがいなくなれば、スレートさんは助かりますよね?」
「ほ、ほぅ、そう考えたのかい? 確かに私が死ねば契約は解除されるだろう。だが、それは願いが叶わなかった時に私が魂を奪っていくというだけの話であって、それがなくなったところで現状が変わるわけじゃない。仮に私が死んだとしても、そのスレートとやらはずっと憑依されたままだぞ」
「あ、そうなんですね。でも、あなたなら、引きはがす方法も知ってますよね?」
「知っているが、それが何か?」
「素直に喋るなら手荒な真似はしません。どうか教えてくださいませんか?」
そう言って、転移魔法で家の上空へと転移する。
部屋の中だといくら遮音の結界を張っているとはいえ色々壊しそうだしね。
さて、うまく話してくれるだろうか。そう思いながら、目の前の悪魔を見つめた。
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