第四十話:取り憑いた者
「ハクお嬢様、【鑑定】なさってみては?」
「あ、そうだね」
怪しいとは思ったが、理由がわからない。けれど、【鑑定】なら、その人物の詳細を見ることも可能だろう。
私はスレートさんを対象に【鑑定】を実行してみる。すると、予想外のことが書かれていた。
「憑依状態……?」
状態異常は数あるが、憑依状態と言うのはかなり珍しい状態異常である。
主にゴースト系の魔物が稀に使ってくるもので、憑依された者は体の自由を奪われ、思うように行動ができなくなる。
と言っても、強い意志を持っていれば抵抗することは可能だし、ゴースト系の魔物と言うこともあって光属性に弱く、魔法の光を浴びせられたり、あるいは聖水をかけることでも引きはがすことは可能だ。
そもそも使ってくる相手がほとんどいないし、使われたとしても、仲間がいればそこまで対処に困ることもない、そんな状態異常。
それがなぜか、スレートさんについている。つまり、現在スレートさんは何者かに憑依されているというわけだ。
「憑依ってそんな強力なものだっけ……?」
確かに、憑依、つまりは別人が体を乗っ取っている状態なわけだから、急に大胆な発言をするようになったり、突飛な行動をとったりすることもあるかもしれない。
しかし、そもそも憑依状態自体がそこまで強力なものではない。体を操られるとは言っても、せいぜい勝手に歩かされたり、軽く手を振ったりする程度である。
どちらかと言うと金縛りに近いだろうか。それに、意思とは関係なく、簡単な動作をさせられるといった程度のものである。
少なくとも、あんなふうに完全に体を掌握することは不可能なはずだ。
「憑依ですか……仮にも神官がそんなものにかかっているんですか?」
「そうみたい。でも、普通の憑依じゃなさそう」
「ふむ、何か裏がありそうですね」
考えられる可能性としては、物凄く強いゴーストが憑依していて、それによって無理矢理体を動かされている可能性。
憑依状態は目撃例も少なく、まだサンプルが少ない。もしかしたら、強力な個体なら、そういう体を完全に掌握する憑依も使えるのかもしれない。
けれど、それだと今までの行動の説明がつかない。
ゴーストっていうのは、この世に未練を残した人が霊体となり、浮遊霊のような状態になったものである。
基本的に思考するということはなく、ただ単に近くに来た人を襲うというだけで、何か意思を持っているというわけではない。
まあ、生前の望みが多少なりとも反映されるっていうパターンはあるみたいだけど、だとしても、あんなふうにいきなり教皇になりたいなんて宣言し、堂々とデモ活動なんてしないだろう。
明らかに意思を持っている。それも、邪な意思を。
「考えたくはないけど、転生者って可能性もある?」
例えばの話、転生者が憑依能力のようなものを貰っていたなら、この状況を作り出すことは可能だろう。
恐らく、転生で貰えるような能力なら、相手の意思を完全に無視して体を掌握できるだろうし、自分の意のままに行動させることも可能だと思う。
転生者が悪さをしていて、スレートさんを貶めたい、あるいはアースを貶めたいと思っているなら、可能性はなくはない。
まあ、ほとんどないとは思うけども。そんな能力があるならどこでだって生きていけるだろうし、こんなことしてまで教皇にならなくても、教皇になった人に憑依すればいいだけの話だし。
「うーん……」
とりあえずわかるのは、これはスレートさん自身の意思ではないということだろうか。
憑依されている間、スレートさんの意識は眠っているのか、それとも意識はあるけど動かせない状況なのかはわからないけど、この状況を作り出したのは憑依した方だと思う。
そしておそらく、この憑依は偶然的なものじゃないかなと思う。
意のままに他人に憑依できるなら、教皇になった人物に憑依すればいいだけの話だし、教皇でなくても偉い人になりたいというなら、それこそアースとか皇帝とかに憑依すればいいだけの話である。
アースを矢面に立たせて狙っている、と言うのも少し考えたけど、だとしてもこんな大々的な行動をする必要はない。もっとスマートな方法などいくらでもあるだろう。
だから、この憑依は偶然的に起こったもので、憑依した側も出ていくことができず、仕方なくスレートさんを使って成り上がろうとしているってところだろうか。
なににせよ、スレートさんにはとんだ災難だろう。ただつつましく生きてきただけなのに、そんな野望を持った奴に憑依されてしまったのだから。
「どうしようかな、これ」
通常の憑依状態の解除を行う方法で行くと、光魔法か聖水が必要。しかし、流石に初対面の人相手にそれをやって、間違いでしたじゃ済まない。
もちろん、憑依状態なのは確定しているから、使えば憑依していた者が抜け、スレートさんが意識を取り戻してっていう可能性もあるけど、そもそもそんな強力に体を乗っ取れるような奴が、ただの光魔法や聖水で出ていくかもわからない。
ただのアンデッドであれば、さっきの浄化魔法でも浄化されているだろうし、それが見られないとなると、相当強力な相手だろう。
やるなら人目につかないところでじっくりとやりたいところだ。
「とりあえず、アースに報告かな」
流石に日中では厳しい。夜になってから、こっそりと寝室に忍び込んで、って感じでやった方がいいだろう。
念のため、アースにも連絡を取っておく。これで浄化できれば、スレートさんは悪くないわけだし、その説明をしてもらうためにもアースには状況を知っていてもらわなければならないしね。
そう言うわけで、この場は一度撤退しよう。そう思って、私はその場からそっと去った。
夜、エルにアースを呼んでもらい、竜の谷で打ち合わせを行う。
アースは昼でも呼んでくれて構わないと言っていたけど、まあ一応ね。
〈では、そのスレートという者に憑依した何者かが原因だと?〉
「そう言うことになるかな。相手が何者かはわからないけど、スレートさんを利用して成り上がろうとしてるんだと思う」
〈なるほど。その可能性は思いつきませんでした〉
まあ、憑依状態っていう言葉自体マイナーな言葉だしね。
確かに場合によっては強力な状態異常ではあるけど、使ってくる場面も少ないし、使われても最悪一人で対処できる。
学園だってこんなの習わなかった。私が知っていたのは、図書館で読んだからである。それも、本文ではなく、コラムとかで載っているようなわずかな表記だけ。
いくらエンシェントドラゴンと言えど、思いつかなくても無理はない。
「だから、スレートさん自身は悪くないと思うから、どうにかして温情を与えてほしいかなって。私から説明するより、アースが説明した方が信じてもらえるでしょ?」
〈わかりました。皇帝には伝えておきましょう。しかし、全くの無罪と言うのは少々難しいかと〉
「それは仕方ないよ。不運ではあるけど、デモを先導しているのは何人もの人が見ちゃってるだろうし、今更無関係ですなんて言えないだろうしね」
住人に憑依のことを説明しても多分伝わらないだろうし、仮にスレートさんを助け出せたとしても、何らかの罰が執行されるのは仕方がないことだと思う。
まあ、できることなら助けてあげたいけど、流石にこればっかりは帝国のメンツに関わることだし、全くの無罪は難しいだろう。
せめて、百叩きの刑くらいで済まないかなと思いつつ、私はどうやって憑依した奴を引きはがそうかと思案していた。
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