第三十九話:黒幕は別にいる?
もう少し何かないかと教会に少し忍び込んでみた。
ほんとはいけないことなんだろうけど、アースのためとあらばこれくらいは仕方のないことだと割り切れる。
それでわかったことだけど、どうも例の枢機卿、名前をスレートと言うらしいのだけど、そこまで欲深な人物と言うわけでもなさそうだった。
賄賂の類を受け取った形跡はなかったし、隠し金庫に金を隠しているということも多分ない。
お母さんにも確認してみたけど、精霊の情報からでは、彼はごく普通の、いや、どちらかと言うと大人しめの性格らしく、枢機卿に任命されたのも自ら望んでというわけではなく、以前の枢機卿が彼のことを信用して、と言った感じでなったようである。
どう考えても、教皇になりたいがために馬鹿をやるような人間ではなく、むしろ逆。軍が幅を利かせているこの国で、ひっそりと神様の教えを説いていく、そんな人らしかった。
しかし、少し前から様子がおかしくなり、自分から袖の下を要求するようになったり、今まで受け入れていた、お布施を行わない、少し貧乏な人に対して見下すような発言をしたり、まるで人が変わったかのような態度をとるようになったのだとか。
今回の行動も、調べた通り自分の地位を上げるために強硬策のようで、今までの行動を考えると明らかにおかしなものである。
これは一体どういうことだろう?
「洗脳でもされてる、とか?」
一つの可能性として、洗脳がある。
元々、聖教勇者連盟も大半の人達が洗脳を受けていた。それを考えれば、洗脳を受けて、誰かしらのために多少無茶な行動をとってしまうのもわからなくはない。
ただ、当然ながら、洗脳をされているということは、洗脳を施した人がいるはず。
スレートさんは、枢機卿と言う立場ではあるが、日頃から町に繰り出し、人々に挨拶をしていくような人だったらしい。
だから、どこかしらで隙を突き気絶させ、洗脳の呪いを施してから解放すれば、簡単に洗脳はできるだろう。
でも、スレートさんが教皇になることによって誰が得をするんだ?
例えば、スレートさんが教皇になって、洗脳を施した人物を枢機卿とかに任命し、楽に幹部になりつつ、教会と言う組織を支配する、と言う可能性はある。
だけどそもそも、教皇になるのはそんなに簡単なことじゃない。
正式な方法での教皇が立てられなくなった以上、教皇を新たに誕生させるには次に偉いであろう枢機卿達の話し合いが必要になってくると思う。
今まで枢機卿と言う座に甘んじていた人達が、いざ教皇になれるというチャンスが舞い降りてきたとなれば、飛び付かない人はいないだろう。
もちろん、元のスレートさんのように無欲な人もいるかもしれないが、大抵は自分こそが教皇に、と言うに違いない。
どう考えても話し合いだけじゃ収まらないだろうし、収まるとしても、そこには大量の謀略やら暗殺やらが蔓延ることだろう。
そんな中で、いくら手柄を上げるつもりとはいえ、その程度で教皇になれるのか? 私が他の枢機卿だったら、絶対ごねると思うけど。
それにそもそも、確かに教皇は現在存在しないが、その立場とほぼ同等の権力を持つ神代さんがいる。仮に話し合いが済んだところで、神代さんがうんと言わなければ教皇になることはできないだろう。
まあ、やっているのは黒幕ではなく、洗脳されているスレートさんだから、失敗してもスレートさんが断罪されるだけで自分はノーダメージ。失敗したとしても、また別の枢機卿を操って、とか思っているのかもしれないけど、他の枢機卿はスレートさんほど甘くはないだろうし、難しいと思う。
私としては、かなり無理のある話のように思えるけど、これでのし上がろうとする人なんているんだろうか?
「うーん、もし洗脳されているとしたら、それを解けば解決するかな」
黒幕がどんなプランを考えているかはよくわからないけど、もし洗脳によるものなら、解呪してしまえばそれで終わりである。
私は、以前聖教勇者連盟の転生者達にかけられた洗脳を解除するために浄化魔法を作ったし、あれを使えばすぐにでも解呪はできるだろう。
まあ、本人を視界に入れる必要はあるだろうけど、それくらいならたやすいだろうしね。
ひとまず解呪してしまって、それから黒幕を探せばいいかな。
「確実を期すなら、黒幕候補を見つけてからの方がいいんだろうけど、流石にそこまで待ってられないよね」
流石に、特に魔力が優れているわけでもない普通の人を精霊が注視しているわけもないし、たまたま見た以外でスレートさんに接触した人を特定するのは困難だろう。
これまでの人生を振り返るような、時間をかけたものならともかく、ここ最近に絞るとなると精霊でも難しいと思う。
だから、調べるなら自分でやらなければならない。でも、そこまで待っていられる時間もない。
このままアースが悪者っていう風潮が根付かれても困るしね。
だから、まずは解呪が最優先。黒幕探しはその後だ。
「待ってたら出てくるかな」
「デモを率いているなら、そのうち会えると思いますよ」
「なら、次のデモまで待機かな」
と言っても、多分次の日にでも来るだろうけど。
そんなことを考えながら、その日は家に帰った。
次の日。通りの隅でデモを待っていると、案の定やってきた。
参加しているのはおおよそ100人ほど。服装から考えるに、大半は教会関係者で、残りは一般人だろうか。
人が変わったようなスレートさんについてくる教会関係者がいるのはちょっと不思議だけど、これを機にバンバン甘い汁を吸おうっていう魂胆なのだろうか。
うまくいくとは思えないけど、まあ考えは自由だし別にどうでもいい。
さて、スレートさんはいるかな?
「あれじゃないですか?」
「探すまでもなかったね」
先頭で大きな看板を手に持った一人の男性。
今まで集めてきた情報を照らし合わせれば、あれがスレートさんだと一目でわかった。
「さて、解呪してしまおうか」
私はそのから動かず、こっそりと浄化魔法を使う。
射程的に、視界に入っていさえすればどこでも解呪できるので、気づかれずに解呪することは簡単だ。
さて、うまく解呪できるといいけど。
「んー……?」
しかし、思ったような手ごたえは返ってこなかった。
いや、解呪できなかったわけじゃない。感覚として、何人かの呪いを解呪したような感覚はあった。
しかし、肝心のスレートさんからはその感覚が感じられなかったのである。
解呪した感覚が複数あったのは、恐らく他の教会関係者や一般人にかけられたものだったのだろう。仮に洗脳をされているとすれば、他の人も洗脳されていても不思議はない。
しかし、それでも一番の被害者であろうスレートさんが洗脳されていないというのはおかしい。
洗脳を受けていないとなると、このデモは彼自らの願いと言うことになってしまう。
「どういうこと?」
洗脳ではないとすると、一体何がスレートさんを動かしているというのだろうか。
私は疑問を覚えつつ、首を捻った。
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