第八十話:ルフダン子爵家
謎に包まれていた少女の正体。その一端をアリシアさんは知っていた。
年も大体そのくらいだし、同一人物で間違いないだろう。
問題は、どうしてそんな子がお姉ちゃんを倒せるほどの実力を持っているかだ。
『アリシアさん、もっと詳しく知りませんか?』
「俺も話に聞いただけなんだけどな。ルフダン子爵が反逆を目論んだって時にお父様がそれを阻止したっていうんで聞かされたんだ」
事が起こったのは5年前。当時のルフダン子爵は暗殺者を雇い、当時6歳の王子を抹殺しようとたくらんだらしい。
アリシアさんのお父さんがそれに気づき、未然に防いだことによって事なきを得て、ルフダン子爵は国家反逆の罪で断罪された。
本来なら御家取り潰し案件だったが、妻のアンリエッタ夫人は王様と以前から友好的に接しており、また子供もいたことから、爵位をアンリエッタ夫人に移し、領地をほぼ取り上げた上で存続を認めた。
この処置は不可解な点も多く、多くの貴族からバッシングを受けたそうだが、王様はそれを握りつぶし、決定を覆すことはなかった。
それ以来、ルフダン子爵家は存続こそしたものの、貴族からの繋がりを絶たれ、貴族界から姿を消した。
「今は中央部に居を構えているとはいえ、ほとんど平民と同じような暮らしをしているって聞いてたんだけど」
『私が閉じ込められていた部屋の内装を見る限り、そこまで困窮しているという風には見えませんでしたね』
恐らく、裏で何かしらの取引をしているのだろう。王様の対応も気になるし、色々ときな臭い。
今現在妙な組織に加担しているところを見ると、未だに王に反逆する気持ちが残っているということではないだろうか。
一応、奴らの組織の目的は王都陥落だったようだし。
しかし、実質平民の暮らしをしている貴族がスポンサーとなってお金を出しているとは考えにくい。やはり裏で何かしらしているのは間違いなさそうだ。
『サリアさんに関しては?』
「それについては何とも言えねぇな。全然表に出てこないらしいし」
貴族からの迫害を避けるためか、サリアが表舞台に立つことはほぼなかったらしい。まあ、当然と言えば当然か。
うーん、となるとあの屋敷にはアンリエッタ夫人もいるわけだよね。てことは、アンリエッタ夫人も奴らの組織の一員なのだろうか。でも、王様が特別措置を働くくらい王様と交流のあった人がそんな組織に入るかなぁ。
よっぽど、反逆なんて万に一つもないって言うくらいの信頼がなければそんな措置とらないと思うんだけど。
王様は無能というわけでもなさげだったし、何か意図があったのかな。
『サリアさんについて、少し調べた方がよさそうですね』
相手のことがわかれば何かしらの突破口が開けるかもしれない。
「わかった。調べてみるよ」
「私も屋敷を張ってみる。サフィの様子も気になるし」
『ありがとう。お願いします』
それぞれの方針を決め、この日は休むことにした。
翌日、アリシアさんは今日も道場を休み、調べものに出かけてくれた。
私のために申し訳ない。後でサクさんには私のせいだってことを伝えておかなければ。
アリアも早々に家を発ち、今頃は屋敷を見張っている頃だろう。
私も来るべき時のために準備をすることにする。
今の私は自力では全く動くことが出来ない。魔法の力を使って辛うじて動けるようにしているだけだ。それも、魔法を使いにくい体のせいでかなりの魔力を消費してしまう。これでは碌に動き回れない。
そこで、魔法の最適化を行うことにした。
具体的には魔法陣の文言の削減と変更。ただ漠然と物を浮かせる魔法ではなく、私というぬいぐるみを浮かせることに特化した魔法を作り出すのだ。
今の身体では既存の魔法の倍以上の魔力を消費してしまう。だから、なるべく消費を少なくして飛べる時間を長くしなくてはならない。
まず、形はより正確に。漠然とこれくらいの物を浮かすではなく、私というぬいぐるみだけを浮かせるように範囲を狭める。これだけでも結構な削減が期待できる。
次に精度。人間の様に手足を動かす必要はない。移動できればそれでいいのだから、細かい部分は制御せず、移動にのみ集中する。
物を移動させること自体結構な精度が要求されるからそこまでの削減にはならないけど、やらないよりはましだ。
次に二重魔法陣を使用し、移動の最適化をする。削減して浮いた箇所に多少追記して移動速度などを高める。
これだけやれば、既存の魔法の半分ほどの消費で浮かせることが出来るだろう。試しにやってみる。
自身に魔法をかけると、ふわりと体が宙に浮いた。
軽く制御してやれば、空を滑るように移動することが出来る。
うん、移動だけなら問題なさそうだね。ただ、視界がぐわんぐわんするのはちょっと調整した方がいいかも。頭を固定しないとね。
何度か調整を施し、移動に関してはだいぶ改善されたと思う。
さて、この調子で魔法の改良をしていこうか。
この姿で戦闘する気はないけど、万が一ということもある。最低限、逃げる時間を稼ぐくらいの魔法は使えるようにならないと不安だ。
二重、三重魔法陣を駆使し、魔法をカスタマイズしていく。
ここまで最適化すれば初期魔法ならばほぼ魔力消費なしで撃てるんじゃないだろうか。
まあ、二重魔法陣は覚えるのが大変だから普段使いするにはちょっときついけど。できなくはないけど、そこまでやる必要は感じない。
今は緊急事態だから必死に使うけどね。
「ただいま。色々調べてきたぞ」
あれこれ魔法の最適化を行っていたらアリシアさんが帰ってきた。
私は定位置となった箪笥の上に戻ると硝子玉になった目でアリシアさんを見る。
『どうでしたか?』
「そこまで詳しいことはわからなかったけど、アンリエッタ夫人が王様と懇意にしてたって言うのは本当みたいだな。貴族の間では側室だったんじゃないかって囁かれてるみたいだぜ」
お家取り潰しを強引に捻じ曲げてまで守ったと考えると、確かに側室だったというのはありえそうな話ではある。
でも、一度会っただけとはいえ、側室にうつつを抜かしているようには見えなかったけどなぁ。いや、王様だし案外普通にありえるのかな?
「今も交流があるらしい。多分、資金を援助してるんじゃないかと思う」
『未だに裕福な暮らしができているのはそのせいですか』
「多分な。王城で見かけたって人も多い」
王様は未だに彼女のことを想っている? でも、そんなことするくらいだったら城に召し抱えればいいのに。貴族達の反応が怖いからかな?
「それと、アンリエッタ夫人は娘のことを溺愛しているらしい」
『溺愛ですか。犯罪組織に加担しているのに目を瞑るくらい?』
「ああ。多分、組織に加担してるのはサリアだけだ。アンリエッタ夫人は見て見ぬふりをしてるんじゃないかな」
『なんでそう思うんですか?』
「アンリエッタ夫人に反逆の意志がないからだ」
国家転覆を目論む組織に反逆を望まないアンリエッタ夫人が参加するのはおかしいと。でも、それなら娘を止めた方がいいと思うんだけどね。溺愛するあまり、止められないのかな。あるいは知らないだけかもしれない。
事情を話せば協力してくれないかな。母親の力が借りられるならこれ以上ないくらい心強いんだけど。
「戻ったよー」
アリシアさんの報告を聞いている途中で、窓から小さな妖精が姿を現した。