第三十八話:デモの首謀者
ひとまず、デモについて詳しく調べてみることにした。
主導となっているのは教会だと聞いたけれど、もしかしたら個人的な恨みでアースを貶めようとしている可能性もある。
まあ、普通はそんな理由で王族を敵に回さないだろうけど、何か深い事情があるのかもしれないし、彼らの中ではアースを止める自分達こそが忠臣、みたいに思っている可能性もなくはない。
きちんと主犯を調べ上げて、本当に抗議する正当な理由があるのかを調べなければ。
「で、調べてみたはいいけど、特に関連はなさそうだなぁ」
素性を調べるだけだったら、精霊の力を借りれば一瞬で済むし、裏を調べるなら隠密魔法でも使って潜入すれば済む話だ。なので、調べること自体はそう難しいことではない。
ただ、今回動いているのはどうやら枢機卿らしいのだけど、彼とアースを結び付けるものは何一つなかった。
まあ、強いて上げるなら、アースが人々を消した犯人と思っているから、その理由を生贄のためだと決めつけて、悪魔の遣いと言っている、ってくらいだろう。
個人的な恨みと言う線はなさそうな気がする。
いや、一つ気になることはあるかな。
どうやらその枢機卿、教皇の座を狙っているらしい。
本来、教会における教皇はただ一人であり、次の教皇を決めるのはその時の教皇である。
だから、仮に教皇を暗殺するなどして席を開けたとしても、自分が次の教皇に選ばれてでもいない限り、教皇の座を得ることはできない。
まあ、枢機卿と言う立場なら選ばれていても不思議はないけど、今回に限っては、正式な方法ではそれは絶対にありえない。
だって、すでに教皇は死んだことになっているから。
教会の総本山であるセフィリア聖教国で教皇を務めていた、えーと、名前なんだっけ……そう、クシューリガルだけど、それに関しては、竜が捕らえている。
勇者召喚陣と言う、竜脈を著しく傷つける行為を行っていた償いとして、身柄を竜に引き渡され、永遠に監禁されているのだ。
表向きは急死したことになっていて、現在は教皇は不在のままになっている。
それは聖教勇者連盟を通じて世界中の教会に通達されたことだし、ここの教会がそれを把握していないとは考えにくい。
あれかな、教皇が不在ならば、自分が手柄を立てれば教皇になれるとでも思っちゃった?
一応、教皇ではないけど、聖教勇者連盟の事実上のトップである神代さんがそれに近い権力を持ってはいる。けど、正式な教皇と言うわけでもないし、彼よりも優れていると証明できれば、確かに教皇に任命されても不思議はない。
まあ、他の枢機卿がわざわざ自分より上の立場になろうとしている者を推薦するとは考えにくいけどね。
「教皇になりたいがために、アースを悪魔の遣いとして断罪し、自分の株を上げようとしているって可能性はなくはないか」
もし仮に、アースが本当に悪魔の遣いであり、人々を生贄にして何かしらを成そうとしているのなら、それを止めれば英雄になれるだろう。
特に、悪魔召喚とか、やばい奴を呼び出そうとするような儀式だった場合、それが成ってしまった時の被害を考えれば、他の教会の連中も感謝くらいはするかもしれない。
だけど、どう考えても穴がありすぎる。
今の時点でも、生贄にしたんだと言っていた人々の大半は戻ってきているわけだし、残った少数の人々を生贄にしたんだと言われたとしても、だったらそんな大掛かりなことせずに、地道に人攫いでもした方が堅実である。
こんな、国を巻き込むほどの大事にして注目を浴びる必要は皆無だし、もしそこまでやるのなら、少数の人を残して大半を帰すのではなく、大半の人を残して少数を帰すって方がまだ自然だろう。
皇帝だって、他の町の教会だって、これでアースを断罪できたところででっち上げだとしか思わないだろうし、どう考えても教皇になれるとは思えない。
少なくとも、まともな思考をしているなら、一歩間違えば国家反逆罪で処刑されてしまうかもしれないデモなんて起こさないだろう。
相手が狂っているのか、それとも私が見逃している何かがあるのか、どっちなんだろうね。
「もし仮に、私の仮説が合っているとするなら、その枢機卿さえ止めればデモは収まるかな?」
デモの主導者を止めればデモはなくなるはずである。まあ、デモが起こせるほど人が集まるってことは、多少なりとも賛同した人がいるってことだし、その人達が何かしら言ってくるかもしれないけど、今なら主導者だけを処罰して他は注意だけで済ませられるかもしれないところを、わざわざしゃしゃり出て、率先して罰を食らいたいような人はいないだろう。
本当に、心の底からアースを嫌ってでもいない限り、多分大丈夫だとは思う。
「一思いにプチッと潰してしまいますか?」
「うーん、流石に殺すのはちょっと……」
確かに、アースを悪者扱いされているのは腹が立つし、こんな奴が教皇になるのも望まないけど、殺しは良くない。
私の知らないところで人知れず死んでくれるっていうならそこまで心も痛まないけど、私自身が殺したり、私が指示して殺したりしたらそれは私の責任になる。
なるべく、誰にも死んでほしくはない。結果として処刑とかされるのだとしても、せめて穏便に済ませたいところだよね。
「とりあえず、もう少し調べてみよう。私の予想が間違っているのかもしれないし」
ただの教皇になりたいがために功を焦っている馬鹿、と見るのは早い気がする。
幸い、デモはせいぜい抗議の声を上げるくらいで、実力行使は何もしてこない。まあ、できないと言った方がいいかもしれないけど。
せいぜい、広場や通りを占拠されて、住人が少し迷惑してるってくらいか。
あんまり長引かせると皇帝も動かざるを得なくなるだろうし、早めに決めた方がいいに越したことはないけど、もう少し情報が欲しいところ。
「そう言えば、クシューリガルはどうなったの?」
「誰でしたっけ?」
「ほら、あの捕まえた教皇だよ」
「ああ、あれならつい先日死にましたね」
「え、死んだ?」
思わずエルの方を見てしまう。
確かに、クシューリガルを始め、聖教勇者連盟の上層部と言われていた人物は、まとめて竜の谷に監禁してはいたけど、きちんと食事は提供したはずだ。
囚人のような扱いだったとはいえ、まだ死ぬには早すぎる。一体何があったんだろう?
「担当していた竜や竜人に落ち度はありませんでしたよ。ただ、急に発狂して自分の舌を噛み切っただけで」
「ああ、なるほど……」
考えてみれば、常に竜がそばにいるなんてとてつもないストレスだろう。
あの大陸の人達にとって、竜は恐怖の対象だし、教会でだって、竜は邪悪な存在として忌み嫌っている。
一体いるだけで自分の命が消し飛ぶような存在が、毎日、それも何体も飛び交っていたら、発狂してもおかしくはない。
その辺を考慮しなかったのは、まあ、死んでも問題ない人間だったからだろうな。
本来であれば、セフィリア聖教国そのものを滅ぼしていてもおかしくないところを、私の我儘で聖教勇者連盟の上層部のみ、それも生かしたまま監禁と言う形で収めてもらったのだ。
いくらお父さんが許可したとはいえ、それに納得いってない竜だっていただろう。
もしかしたら、意図的に驚かせて寿命を縮ませていた可能性もある。
まあ、あいつらはそれくらいやられても文句言えないくらいのことをやっていたわけだし、別に同情はしないけど、死んでいるのはちょっと驚きだったな。
せっかくだから何か聞けるかなと思ったけど、そう言うことなら仕方ないか。
私は少し残念に思いつつも、例の枢機卿のことを考えていた。
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