第三十五話:デモ隊の扱い
夜、私達は竜の谷へとやってきた。
目の前にはアースの姿。きちんと約束通りの時間に来てくれたようである。
忙しかっただろうに、律儀なことだ。
思えば、竜珠を生成する時も集まってくれたし、案外自由な時間も多いのかな? それか無理しているか。
あんまり無理はしてほしくないけど、アースの性格上、お父さんを除けば私が一番優先だろうし、仕方ないことなのかもしれない。
〈ハク様、ただいま参りました〉
「来てくれてありがとう。忙しいところ、呼び出してごめんね?」
〈いえ、ハク様のためならば、いつでも駆け付けましょうぞ〉
そう言ってじっとこちらを見つめてくるアース。
まあ、ここで遠慮しても仕方ないので軽く流し、本題に入ることにした。
「……それで、今日皇都に行って見たんだけど、デモ隊みたいなものがあったの。アースの方は、どうなっているの?」
〈どう収めるかを検討しているところです。皇帝には我の正体を明かしてはいないものの、薄々感づいてはいるようですので、信じてくださっているようです〉
アースは、きちんと皇帝に許可を得てから転移魔法陣を使ったらしい。
まあ、いくら緊急事態だったとはいえ、ソーキウス帝国は一日二日でどうこうなるタイミングではなかったし、皇帝に確認を取って、住人達への説明もして、万全の状態で送り出したらしい。
説明に関しては、カオスシュラームと言う、巨大な自然災害のようなものが近づいているので、念のため避難していてほしいというもの。
カオスシュラームというものは信じられなくても、自然災害と言われたら、台風やら津波やらを想像する。それが近づいてきていると言われたら、確かに避難しなければならないなと思ったし、国の宰相と言う偉い人からの言葉だったということもあって、最初は素直に受け入れられた。
しかし、避難がどれくらい続くかは未知数だったし、私が戻った後も、カオスシュラームが完全に取り除かれるまでは様子を見ることになった。
自然災害の侵攻の確認が取れ、安全だと認識した時に人々を帰す、と言う説明をしていたわけだが、流石に一か月ともなると怪しむ人も出てきて、抗議の声を上げる人が出てきた。
初めはそこまで大きな声ではなかったが、国から何の追加説明もないことや、元々アースは何十年も前から宰相の座に収まっている、いわゆるこいつ何歳なんだ? と言う人物であり、もしかしたら人間ではないのでは? と言う噂もあった。
それが組み合わさった結果、今回の悪魔の遣いだと罵られる騒動にまで発展したわけである。
アースから事情を聞いていた皇帝は、避難した人々が無事なのは確信しているが、その説明をしたところで住人は納得せず、今も城に向かって抗議の声を投げかけ続けている。
これはもう、消えたはずの住人が戻ってこない限りはどうしようもないと半ば諦めているようだ。
「それじゃあ、住人達が戻ってくれば騒動は収まる?」
〈恐らくは。少なくとも、デモは収まるでしょう〉
「それなら、急がないとね。ちょうど、こっちでも転移の準備が整ったところで、そっちの皇都で受け入れてもらえたらなと思ってたんだけど、行けそう?」
〈転移魔法陣に飛ばす形なら、問題はないと思います〉
「じゃあ、明日にでも王様に伝えて、できるだけ早く送り込めるようにするね」
まあ、そんな大したことなさそうで何よりである。
人々がいなくなったことで騒いでいるなら、戻ってきさえすればそれで騒ぐことはできないだろう。
特に、生贄の儀式に使ったとか言ってる連中は、その生贄が戻ってくるんだから。
しばらくは荒れるかもしれないけど、すぐに収まるんじゃないかな。
「ごめんね。私がうっかりしてたばっかりに」
〈いえ、ハク様のせいではありません。どのみち、しばらくはカオスシュラームの影響がないか確認する時間は必要でした。ハク様が気に病まれることはありません〉
「そう言ってくれるとありがたいよ」
さて、それじゃあ今日のところは帰ろうか。
竜の谷に泊って行ってもいいけど、お兄ちゃん達にそう言う報告はしていないし、心配させちゃうからね。
帰り際にお父さんに会って、それから帰ればいいだろう。
「それじゃあ、またね」
〈はい。お休みなさいませ〉
そう言って飛び立っていったアースを見送り、私は洞窟の方へと向かう。
すでに夕食は済んでいるが、まだ寝るには早い時間。
お父さんも変わらずいつもの場所にいて、私を出迎えてくれた。
〈ハク、アースとの話し合いは終わったか?〉
「はい。何とかなりそうです」
〈そうか。人間どもの揉め事ほど面倒なことはない。解決手段があるなら何よりだ〉
それにしても、あのデモ隊の人達大丈夫かな。
ああいうのって、デモを行ってる人達の方に正義があるから成立するものであって、間違っても悪人が掲げるものじゃない。
あちらの大義名分は、消えた大量の人々がいるからこそ成り立つものであり、それが帰ってきてしまったらそれが消滅することになる。
後に残るのは、国の宰相や王族に対して罵詈雑言を浴びせたという事実だけ。
普通に考えて、極刑は免れないよね。
でも、別に彼らが完全に悪いというわけではない。説明したとはいえ、避難は唐突だったし、一か月以上も帰ってこないとなれば心配になるのは当然のことである。
アースのことを貶めるのはちょっと気分がいいものではないけど、気持ちはわからないでもないのだ。
そんな彼らを、一体どういう風に処理するべきだろうか。
処刑、は可哀そうだろうし、何にもおとがめなしでは今後それがまかり通ることになってしまう。前例があるからと言って。
結局、何かしらの罰が必要なのだ。それを、どういう風に決めるのか、ちょっと気になる。
まあ、決めるのはアースか、あるいは皇帝なのだし、私が気にすることじゃないのかもしれないけどね。
〈今回の件は、教会も絡んでいるらしいとリュミナリアから聞いたが、そのあたりも解決済みなのか?〉
「え、教会ですか?」
教会が絡んでいるとは初耳だ。
いやでも、アースを悪魔の遣いとか言っているなら、教会が絡んでいてもおかしくはないのか?
あそこは軍事国家だし、教会の力はそこまで強くなさそうだ。であれば、これを機に教会の発言力を強めるためにも、デモを引き下げない可能性もある、か?
うーん、そうなったら面倒だけど……流石にないか。
ただでさえ力のない教会がそんなところで踏ん張っても軍に潰されるのが落ちだと思うし。
でも、一応気を付けておいた方がいいかもしれない。宗教は、時に物凄く面倒くさい力になる時があるからね。
「それは知りませんでした。注意してみます」
〈そうしろ。いざとなれば、アースに丸投げすればいい。ハクがそこまで手を貸す必要もないだろう〉
「今回の件は私のせいでもありますし、ちゃんと最後まで手を貸しますよ」
〈ハクのせいではないと思うが、むしろ、あの自己中心的な集団のせいだと思うが……まあ、ハクがそうしたいならそうするといい〉
「はは……」
神様を自己中の集団とはお父さんも好戦的である。
こういう言葉も神様は聞いていたりするんだろうか? 一応、神界から地上を見ることはできるみたいだけど。
「では、そろそろ戻りますね」
〈ああ。またいつでも来るといい〉
「はい。失礼します」
そう言って、私は竜の谷を後にした。
感想ありがとうございます。




