第三十三話:転移魔法陣の作製
次の日、私は王都の外延部の外れにある小さな広場へとやってきていた。
彼らを送り帰すための転移魔法陣を描くためだね。
場所に関しては、王様と相談したけど、既存の転移魔法陣とは別の場所にと言うことになった。
別に、今の転移魔法陣を改造して、大陸間を移動できるようにしてもよかったのだけど、その場合、不意の侵攻が怖い。
転移魔法陣っていうのは、基本的に大きな町に設置されているものであり、色々制限はあるが、一般にも使用が認められている。
しかしそれは、敵国の兵士が容易に大きな町に入り込めるということでもあり、一定の危険が存在する。
だから、転移魔法陣で転移できる町は国同士の繋がりによって決められているし、仲が悪い国とは基本的に行き来できないようになっているのだ。
それを、一時的にだとしても別大陸へと繋げてしまったら、国防上の問題がある。
もちろん、一時的なもので、すぐに戻すというなら問題はないかもしれないけど、元に戻すことが前提なら、既存の転移魔法陣は使わない方がいいだろう。
この転移魔法陣は、今では作り方も把握されていないし、変にいじって敵国と繋がっちゃいましたじゃ困る。
まあ、私なら直せるとは思うけど、絶対とは言い切れない。
だから、使い終わったら簡単に破壊できるように、わざわざ別の場所に設置しようというわけだ。
「それで、転移魔法陣に関しては出来上がっているんですか?」
「もちろん。設計図は完璧だよ」
この日のために、徹夜で転移魔法陣の案は考えてきた。
本来の転移魔法陣は、基本的には満月の時に集まる魔力を利用して転移させるものだけど、今回のこれはそんなもの用いない。なにせ、私の神力があれば、数回転移させるくらい簡単だからね。
最初は、避難者一人一人をそれぞれの地域に送らなければならないと思っていたが、よくよく考えたら、そんなことしなくても、向こうの大陸の主要な町へと転移させ、そこからその町にある転移魔法陣で移動してもらえば済む話である。
もちろん、転移魔法陣が使えるまでに時間はかかるだろうが、その辺はアースに頼めば問題ないだろう。
なにやら今は揉めているらしいが、アースはルナルガ大陸の主要国家の宰相である。当然、王都には転移魔法陣があるだろうし、それが使えるようになるまでの間、匿ってもらうことも可能だろう。
できることなら支援もしてあげて欲しいけど、それは高望みが過ぎるだろうか?
まあとにかく、数回その国の王都に転移させてあげれば、避難者の送り帰しは完了である。
その後は、様子を見ながら復興に手を貸してあげればいいだろう。カオスシュラームの被害を受けていない地域はともかく、受けた地域はとても住めるような状態じゃないだろうしね。
「さて、それじゃあ刻もうか」
私は水の刃を展開し、地面に魔法陣を刻んでいく。
すぐに消すつもりなら、インクを使って描いた方がいいのかもしれないが、流石に数千人規模で乗る魔法陣がインクで描かれていたら、すぐに掠れてしまうだろう。
転移魔法は繊細なものだし、少しの掠れが命取りになる可能性もある。だからこそ、今ある転移魔法陣だって数ヶ月に何度かメンテナンスがされているのだしね。
撤去する時は、地面ごと剥がして、もう一度埋め立て直すことになるだろう。
それも、土魔法があればすぐに済むだろうし、問題はない。
「こんな感じかな」
水の刃の性能が上がったおかげか、ただイメージするだけで魔法陣を刻み終わってしまった。
溝の深さも一定だし、一部のゆがみもない。完全な魔法陣である。
いや、便利だねぇ。水の刃がこんなにも使い勝手のいい魔法になるとは思わなかった。
「後は、アースに許可を取り付けるだけかな?」
「まあ、ハクお嬢様の頼みを断るとは思えませんが、説明は必要でしょうね」
「せっかくだし、直接会いに行って見る?」
「わざわざ行かずとも、呼べば来るとは思いますが」
「まあね。でも、一度くらいアースの国を見てみたいからさ」
アースが一国の宰相を任されているなんて初耳だった。
エンシェントドラゴンの中でも、アースは厳格な性格をしている。そんな性格の人がアドバイスをした国が、どのような発展を遂げているのかも気になるし、単純に転移先を増やしておきたいという意味もある。
また今回みたいなことがないとも限らないし、それぞれの大陸に転移先を作っておくことは重要だろう。
私一人で世界すべてを管理できるだなんて思っていないが、何もできないよりは、何かできる状況にあった方が手を出しやすいしね。
「そう言うことでしたら、構わないと思いますよ。さっそく向かいますか?」
「うん。あ、お姉ちゃん達に知らせてからね」
カオスシュラームの件で心配させちゃったし、報告の義務は怠らない。
せっかく刻んだこの転移魔法陣も、私の神力がなければ動かないし、間違って乗ったからと言って発動することもない。
私が居なければただの模様でしかないから、放置しても問題はないだろう。
あ、王様にも連絡しておかないとか。すぐに戻るつもりではあるけど、ちゃんと危険はないって言っておかないと、変に警戒しちゃうかもしれないし。
「まずは王様かな」
そう言うわけで、私達は城へと向かう。
王様はすぐさま応接室で対応してくれた。
「なるほど。では、後は向こう側の協力を取り付けるわけと言うことだな?」
「はい。まあ、あちらも竜なので、問題はないと思いますが」
「まあ、竜に関してはそなたなら問題はないだろうな。竜王のご息女よ」
「やめてくださいよ。私はただの人間です」
王様には私が竜であるということは伝えていたけど、その親が竜の王様であることは伝えていなかった。竜と言うだけで十分なインパクトはあったし、別に伝える必要もなかったしね。
でも、今回大量の竜が飛来する羽目になり、流石に私がただの竜ではないことを見抜かれてしまった。いや、元々ただの竜ではないと思ってたみたいだけど、予想以上だったという意味で。
なので、今までの信頼もあるし、教えてもいいかとこうして白状したわけだ。
まあ、白状したからと言って何が変わるというわけでもない。せいぜい、王様がたまにこうやって茶化してくるくらいだ。
ちなみに、アルトもこのことは知っている。二人とも話したからね。
まあ、アルトはあんまり驚いていなかったけど。むしろ、ああやっぱり、って感じだったのがよくわからない。
それにエルが感心したように感嘆の息を吐いていたのもよくわからないし、私の立場ってどういう風に見られてるんだろうか。
「賠償金に関しては、今すぐ渡した方がいいですかね?」
「であろうな。衣食住くらいは面倒見るが、それ以外にも買い物したりする時はあるだろうし、きちんと金が払われると知れば、彼らも安心できるだろう。だが、そんなすぐに用意できるのか?」
「はい。よければ今すぐにでも出しましょうか?」
「ふむ……いや、今箱を持ってこさせるからそれに入れてくれ。テーブルに出されても、それを運ぶのが大変だ」
「はは、確かにそうですね」
賠償金に関しては、一人当たり金貨100枚と言うことにした。
まあ、あちらの大陸とこちらの大陸では通貨が違うだろうから、純粋な価値はもう少し上下するかもしれないけど、とりあえずこれだけあれば、家も何もかも失っていたとしても、立て直すことは可能だと思われる。
両替に関しては、悪いけど向こうで個人的にやってもらいたい。そうでないと、今渡す意味もあまりないしね。
流石に、私があちらの国に行って、その国の通貨を交換してくるのは手間がかかりすぎる。いくら復興の手伝いをしたいとは言っても、流石にそれは無茶だと判断した。
「全員に払うとして、ざっと金貨100万枚。よくもまあそんなに貯めたものだ」
「使い道があまりないので」
「そなたが稼いだお金なのだし、使い道をとやかくは言わんが、少しでも世に還元してくれると嬉しい」
「それは善処します」
お金って貯めるだけでも楽しいからね。大きな買い物でもしない限り、そこまで使うことがないのも悪いけど。
まあそんなわけで、持ってきてくれたいくつかの箱に金貨を詰めて、100万枚分渡しておいた。
王様なら、悪用なんてしないとは思うけど、額が額なので、きちんと誓約書も交わし、これで王様は必ず避難者にこのお金を使わないといけなくなった。
さて、これでこちらは問題ないかな。ちょっと遅くなりそうだから、出発は明日にした方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、城を後にした。
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