第七十九話:少女の正体
お姉ちゃんが、負けた?
アリアの口から告げられたことはあまりにも衝撃的だった。
お姉ちゃんの性格からして私を助けるために屋敷に向かうかもしれないとは思っていた。でも、まさか返り討ちにあってぬいぐるみにされてしまうだなんて予想もしていなかった。
お姉ちゃんは神速の異名を持つ優秀な冒険者だ。実際、お姉ちゃんは奴らのアジトに潜入して奴らを捕まえたこともある。
奴らの実力を考えても、お姉ちゃんが不覚を取るとは考えにくかった。
となると、奇襲を受けたか、あるいはあの少女がとんでもなく強いのか。いずれにしても、お姉ちゃんがぬいぐるみにされたなんて信じたくなかった。
「話を聞いた後、すぐにすっ飛んでいってね。追いかけたんだけど追いつけなくて、追いついた頃にはもう……止められなくてごめん」
申し訳なさそうにうなだれるアリア。
アリアとて、お姉ちゃんが負けるだなんて考えてなかったんだろう。追いついたころには片が付いている、くらいに思っていたに違いない。
私だってそう考えていただろうし、そのことでアリアを責めることはできない。
だけど、煮え切らない気持ちがお腹の中でぐるぐると渦巻いていた。
「奴らはハクのことを探してた。誰が持ち出したんだって、仲間を疑っていたみたい」
『私が自力で逃げだしたとは思ってないの?』
「みたいだね。普通に考えて、ぬいぐるみは自力で動かないから」
それもそうか。でも、私が動けたんだから風魔法が得意な人ならある程度は動けるんじゃ? 今までぬいぐるみにしてきた人は魔力量が足りなくて結果的に動けなかったんじゃなかろうか。
ともあれ、ばれてないのなら好都合だ。居場所がばれることはほぼないだろう。
『お姉ちゃんはどうなってるの?』
「捕まった後は、ハクがいた部屋の椅子に置かれてた。ピンク髪の女の子がすぐに妹を連れてくるって話してたよ」
『そっか……』
あの子は私とお姉ちゃんを揃えたがってた。揃えて何をするかはわからないけど、私が捕まるまではお姉ちゃんが何かされることはないだろう。
問題はどうやって助けるかってことなんだけど。
「あの子、私のことに気付いてたっぽいよ」
『アリアに?』
「少し離れたところで見てたけど、ばっちり目があった。だけど、完全に気付いたってわけでもないみたいだったから、勘がいいのかもね」
アリアは隠密魔法によって完全に姿を消している。けど、その気配までは完全に消すことはできない。
元々妖精の気配は希薄なものではあるけれど、気配に敏感な者なら多少は気づくことが出来るみたい。お姉ちゃんも若干気づいてたみたいだしね。
だけど、それは並大抵の者では成しえないことだ。
気配を読むことに特化していたり、そうしたことを身近にやっている人物でなければ無理だろう。それができたってことは、あの少女、かなりの強者かもしれない。
『どうしよう……』
出来ることなら今すぐにでも助けに行きたい。だけど、この不自由な体では助けるのは無理があるだろう。アリアが協力してくれたとしても、流石に分が悪すぎる。
それに仮にお姉ちゃんを連れ出せたとして、元に戻る方法がわからなければ意味がない。
それに関してはアリシアさんの情報にもよるけど……まあ、多分無理だろな。
『とりあえず、アリシアさんを待とう』
「わかった」
私は一縷の望みにかけてアリシアさんを待つことにした。
しばらくして日が暮れる頃、アリシアさんは戻ってきた。
「ただいま。一通り調べてきたぞ」
『お帰りなさい。どうでしたか?』
アリアが増えていることに若干驚いた様子だったが、態度を崩さずに報告をしてくれる。
ただ、その表情は明るくない。
「だめだ。それらしい書物を片っ端から読んでみたが、ぬいぐるみにするなんてスキルは見当たらなかったよ」
『そうですか……』
「昔宮廷魔術師を務めてたっていう人の家も訪ねて聞いてみたけど、そんなスキルは知らないって。やっぱり世の中には知られてないスキルなのかもな」
まあ、予想はしていた。そんな簡単に解除方法がわかるはずないと。
図書館だけでなく、人からも情報を集めてくれたアリシアさんには感謝するしかない。
「それで、アリアがいるってことは、サフィさんに伝わったのか?」
『それが……』
私はアリアから聞いた話をアリシアさんに話す。
アリシアさんとお姉ちゃんとは交流はないが、お姉ちゃんがどんな人かくらいは知っていたようだ。有名な冒険者が不覚を取ったことに驚きに目を丸くしていた。
「マジか……何者なんだよ、その女の子」
『わかりません。見覚えもありませんでしたし』
やけに整った顔立ちではあったけど、あんな美少女に知り合いはいない。ピンクの髪自体初めて見たし。
「こうなると、やっぱりその女の子に話を聞くしかねぇんじゃねぇか?」
「でも、危険じゃない? 今ハクが向かえば、晴れて二人揃うわけだし」
「そりゃそうかもしれないけど、助け出したところで元に戻れないんじゃ意味ないだろ? なんとか交渉して二人を元に戻してもらえないか頼む方がまだ可能性があるだろ」
「そんなにうまくいくかなぁ。奴らはハクに恨みを持ってこんなことをしでかしたんでしょう? そんな人が交渉してくれるとは思えないけど」
「じゃあどうするよ。この分じゃ王城の図書館を見れたとしても手がかりなんてないぜ?」
話し合いは平行線を辿るばかり。
お姉ちゃんが負けたとなると、ギルドや騎士団が介入しても返り討ちにされる可能性がある。いたずらに被害者を増やすことはしたくない。
人をぬいぐるみに変えるなんて厄介極まりないスキルだ。何か弱点のようなものはないのだろうか?
私の時は、路地裏で襲われ、眠らされた後、気が付いたらぬいぐるみになっていた。
アリアの話では、あの少女が手を翳すとぬいぐるみになっていったらしい。
『ねぇ、アリアはお姉ちゃんがぬいぐるみになったところは見てないの?』
「え? う、うん、追いついた時にはもうぬいぐるみになってた」
『話しかけた?』
「話しかけたよ。でも、返答がなかったから多分気絶してたんじゃないかな?」
お姉ちゃんをどうやって気絶させたのかはわからないけど、私とほぼ同じ状況なのか。
手を翳すだけでぬいぐるみにできるんだったらさっさとそうすればいいのに、わざわざ一回気絶させている。それを踏まえると、もしかしたら相手が気絶してないとそのスキルは使えないのでは?
それならわざわざ気絶させた理由に納得ができる。
問題なのは気絶に追い込むだけの実力がありそうってことなんだけど。
なんせお姉ちゃんが不覚を取ったのだ。相当な実力者じゃなければそんな真似はできないだろう。
あの少女を力づくで止めるのは無理がある。
「なあ、思ったんだけど、その屋敷って正確にどこにあるんだ?」
『えっと、ここから西にある大通りをしばらく進んで、広場の手前の路地を曲がった先にある屋敷ですね。確か、中庭に大きな木が生えていたかと思います』
「……それって、ルフダン子爵家じゃないか?」
『ルフダン子爵?』
「ああ。以前国への反逆を目論んだとかで断罪されて、今は妻のアンリエッタ夫人が管理してるはずだ。確か、今年16歳になる一人娘がいたような」
『それって……』
「ああ、その娘はピンク色の髪でとても端正な顔立ちをしてるって話だ。確か名前は……サリアだったかな」
とんでもない実力を秘めた少女とピンク髪の一人娘。その共通点を見るに、同一人物であることは間違いないだろう。
自身をこんな目に遭わせた少女の名に、心の中で眉間に皺を寄せた。
感想、誤字報告ありがとうございます。