幕間:神に愛されし者
境界の神、パドルの視点です。
今日はとても珍しい来客があった。
かれこれ1万年前くらいになるだろうか。私達が地上から去り、地上の管理を竜に任せていったあの日、任せたと言って別れた私の神獣。
結構成長して、今ではエンシェントドラゴンなんて呼ばれることもあるようだけど、そんな私の友達が、娘を連れて遊びに来たのだ。
いや、遊びに来たというと語弊があるかしら? どうやら地上の危機だったらしく、その対処をしてもらうためにわざわざ会いに来てくれたようだ。
地上の管理に関しては、もうすべて竜に任せていた。竜は私達のことを最も近くで見ていた種族でもあるし、地上の管理を任せるにあたって色々な力も付与した。
だから、今更私達に頼るようなことなんてないと思っていたけれど、どうやらカオスシュラームが流れ出ているらしい。
カオスシュラームは、簡単に言えば汚泥だ。複製と書き換えと言う能力を持った、ちょっと置いておくだけで無限に広がっていくカビみたいなもの。
本来はこの世界にはない代物だけど、時たま別世界から流入することがあり、私もよく駆除していたと思う。
神力に弱く、私達からしたらただの頑固な汚れ程度の認識ではあるけど、地上の者からしたら世界の災厄レベルのもののようで、特にニルの娘のハクが何とかしてくれと懇願していた。
確かに、今の地上の者達はみんな神力を持っていない。私達が離れていったせいで神力が薄まっていき、魔力という別のものに変わってしまったから。
つまり、除去手段が完全に失われているということ。そう言うことなら、その懇願もよくわかる。
しかも、よくよく聞いてみれば、マキアの持つ神剣、ティターノマキアが媒体になっているという。
一体どこから流れ込んだのかと疑問だったが、そういう言うことなら納得だ。
しかし、いくらカオスシュラームの除去を忘れたからって捨てることはないでしょうに。ちょっと面倒ではあるけど、ちゃんと報告してきちんと除去してしまえば、地上に被害が及ぶこともなかったのにね。
まあ、あれに触りたくない気持ちはわかるけど。対して強くはないけど、気持ち悪いからね。
「別に私が行って元を駆除してあげてもよかったけど、まさかあんなことになるなんてね」
広がったカオスシュラームなら天使達でもどうにかなるだろうが、流石に神剣が元になっているものを駆除するのは難しかっただろう。
だから、その大本を駆除する係を私が担当してもよかったけれど、ネクターが間に入ったせいで少しややこしくなった。
ネクターは何というか、陰湿? なのよね。基本的には友達想いの好青年って感じだけど、相手が苦しむ姿を見るのも趣味に入っているよくわからない奴だ。
ネクターの考えを完全に読んだわけではないけど、恐らく、事が解決し、みんなからバッシングを受けるマキアを、自分だけが優しく接してやり、依存させたりさせるのが狙いだったんでしょう。
まあ、それでマキアが恩義を感じるわけもないし、友達としてちょっと嬉しい程度にしかならないと思うけど、それだけでもネクターの望みは叶っていそうなのが怖い。
他にも、薬で何でも治せるからと、あえて痛めつけたり、精神を抉ったりするのもよくやるし、裏では本当に陰湿なのである。
今は創造神によって厳重注意を受け、マキアとの面会もしばらく禁止されたみたいだけど、果たしてこれからどうなるかしらね。
「私としては、ハクが神になって私達の仲間になってくれたらと思うけど」
ネクターがやったのは私利私欲のためとはいえ、一応筋は通っていた。
ハクを神に仕立て上げるのは、ハクにとってはかなりのリスクではあったけど、それもネクタルによって緩和されたし、結果だけを見るならハクは神に至ることができた。
あの神気、ハクは元々才能でもあったのかしらね。いくら薬で強化しているとはいっても、ああまで完全な形になるのは珍しい。
竜神とでも言えばいいのでしょうけど、ただの一種族でしかない竜が神に至ったらああなるっていい例なのかしらね。
あのスタイル、羨ましいわ。人の姿で誤魔化してはいるけど、私の本来の姿はクラゲに近いからね。
できればもっと可愛らしい容姿がよかったけど、まあそれは仕方ないか。
それはともかく、ハクがあのまま神力を取り込み続ければ、薬なしでも神に至ることはできるだろう。
一度でも神の姿になったのだから、すでに器は完成されている。後はどれだけ詰め込めるかどうかだけ。
一応、ニルに聞いてみたんだけどね。ハクを神に至らせてみないかって。そしたら……
『ハクは我の娘だ。貴様らのような自己中心的な集団の一角にして堪るか』
だってさ。
まあ、その通りと言えばそうだけど、ニルも頭が固いわよね。普通、身内が神になれるなんて言ったら喜んで差し出しそうなものなのに。
以前はよかったよね、気に入った人を見つけたら、神力を渡して連れ帰ることもできたし。人はそれを最大級の誉れと思って受け取って、私達のやることはすべて肯定された。
それが、あれだもん。
まあ、ニルは前からそんな感じだった気がしないでもないけど。
「今頃どうしてるかしらね。人の身に神剣は手に余ると思うけれど、うまく制御できているかしら」
主人を変更した後、力を失ったハクは主人から弾かれるはずだった。
もちろん、主人と認めたばかりですぐに主人がいなくなってしまえば、それは神剣の目利き不足と言うことになる。
神剣自体に意思のようなものはないと言われているけど、まあ多少は思念のようなものはあるのかもしれない。
だから、ティターノマキアが力を失ったハクを未だに主人と認めているのは、神剣の意思も関係しているのかもしれない。
まあ、一番は創造神の介入によるものだと思うけどね。
ティターノマキアは大地の剣。ひとたび振るえば大地を割り、竜脈すら断ち切って見せるだろう。
ハクがそれを望むとも思えないが、扱いは慎重にしないと本当にそうなる可能性はある。
まあ、その時は竜神の姿だろうから、多少のことはリカバリーできるだろうけど、あたふたしながら剣を振り回す姿を思い浮かべるとちょっと面白い。
創造神も面白いことをする。その気になれば、主人から外すこともできただろうに、わざわざ魂をいじくってまで主人を維持させたのだから。
よっぽど気に入ったのか、それとも必要なことだったのか。
まあ、私が考える必要はないか。私はただ、ハクが神としてうまくやっていけるかどうかを見守っているだけでいい。
「また来てくれたらコツを教えてあげるけど、どうかしらね」
一度神に至ったハクならば、神界への道を開くこともできるだろう。
本人は気づいてなさそうだが、ニルは気づいているでしょうし、いつの日か再びやってくる日が来るかもしれない。
それが神となるためになのか、人としてなのかはわからないけど、私からしたら些細なことだ。
さて、暇だし散歩でもしてこようか。
私は何か面白いことはないかと街を歩き始めた。
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