第二十七話:創造神の言葉
自然と体が動いていた。その場に跪き、頭を垂れていた。
そうしなければならないと本能が感じたのだ。
別に勝てないからとかそう言うわけではない。ただ単純に、この方を敬わなくてはならない。この方に尽くさなければならないと思ったのだ。
そのことに全くと言っていいほど疑問を抱けず、私は恐怖した。
精神に作用する威圧? それとも、最高神だからと体が勝手に反応した? なんにしても、私には成す術がなかった。
『……』
静寂が辺りを包む。
先程までドンパチやっていたのが嘘のように、マキア様すら沈黙を貫いていた。
最高神様はゆっくりと辺りを見回した後、私に向かって話しかけてきた。
『そうかしこまらずに。私はすべてを許しましょう。どうか顔を上げて?』
〈は、はひ……〉
言われるがままに顔を上げる。
光に包まれていて、その表情はわからない。しかし、その声色は澄んでいて、とても気持ちが安らいだ。
緊張でちょっと噛んでしまったけど、さっきまで感じていた、謎の感情は収まっていった。
『仮にとはいえ、神の座に上り詰めた者。邪な感情の果てに利用された結果だとしても、私はあなたに敬意を表しましょう』
〈も、もったいなきお言葉です……!〉
『ネクター、後で話があります。理由はわかっていますね?』
「はは……仰せのままに」
ちらりとしか見えなかったが、ネクター様が苦笑を浮かべているのがわかる。
私はネクター様の薬の力で疑似的に神様になったわけだけど、普通に考えてそれはかなり危険な行為だった。
ネクタルがなければ、私の体ははじけ飛んでいてもおかしくない。というか、ネクタルがあったとしてもそうなる確率はあったのだ。
私も少しは望んでいたとはいえ、自分の欲望のためだけに地上の者を利用した。それはちょっとした罪になるようだ。
まあ、あの様子だとせいぜい厳重注意くらいになりそうだけど。
『パドル、小さき者へのフォロー、そして、地上の混乱の終息へ向けた指示、大変素晴らしい。はなまるを上げましょう』
「ありがたき幸せです」
パドル様は、地上の事態の解決にいち早く動いたとして褒められたようだ。
まあ、実際に動いているのは天使達だけど、その指示を出したのはパドル様だし、初めから積極的に動いてくれた。
言うなれば、会社で指示がある前に仕事を終わらせたようなものだろう。指示がめちゃくちゃなら問題ではあるが、きちんと解決できる方向に向かっていったので、今回は特に罰せられるなんてことはなさそうだ。
『そして、マキア』
「は、はっ!」
『少々おいたが過ぎましたね。剣についてはともかく、地上の者に手を上げるのはやりすぎです』
「し、しかし、こ奴は私の剣を奪ったのです! 取り返そうとするのは間違っていないでしょう!?」
『マキア、すでにティターノマキアはあなたの剣ではありません。持ち主を決めるのは剣の方、その結果に従わないのは見苦しいですよ?』
「う、ぐぐ……」
マキア様も流石に最高神様に逆らうほどやんちゃではないようだ。
ゆっくり諭すような口調で言われ、頭を下げるしかない様子。
絶対納得はしていないけど、最高神様が諦めろと言っているのだ、それはどんな神様の言葉よりも重いものであり、それに逆らうことは最高神様に逆らうことである。
この場で意見を覆せない以上、ティターノマキアは正式にマキア様のものではなくなったというわけだ。
『あなたには謹慎と、一定期間の降格を言い渡します。代わりの剣は後で用意しますが、どこが悪かったのか、しっかりと反省していなさい』
「わ、かりました……」
謹慎ってことは、しばらくは家から出られないってことかな。降格はよくわからないけど。
ネクター様は自分が慰めようとしてたみたいだけど、会いに行くのはどうなんだろうか。
まあでも、これでマキア様も少しは反省することだろう。
ちょっとお灸をすえるだけのつもりが、最高神様まで出てくるという大事になってしまったのは予想外だけど。
確か、あんまり干渉してこないとか言ってなかったっけ? がっつり干渉してきてるんだけど。
『ハク』
〈は、はい……!〉
『神の威圧にも負けず、それでいて神界のルールをきちんと守ったのは素直に称賛します。最近ではちょっと目を離すとすぐにおいたをする神もいますからね、それに比べたら、非常に優秀と言えるでしょう』
〈あ、ありがとうございます……?〉
なんか褒められた。
まあ、ぶっちゃけ最初は反撃しようと思っていたけど、やっぱりだめだよなと思い直してよかった。
仮にがっつり攻撃していたとして、マキア様に勝てたかどうかはわからないけど、さっき使った拘束魔法を併用すればいい線は行けたんじゃないかな。
二度と戦いたくはないけど、ちょっと確かめてみたかったね。
『ですが、その力はネクターの薬によって得た一時的なもの。次に神界を去る時には、その力は失われてしまうでしょう』
まあ、そりゃそうだよね。
薬の効果がいつ切れるかはわからないけど、そう言うんだったら神界を去る時になくなるんだろう。
別に、私は神様でも何でもないし、神様としての力が失われること自体に文句はない。
ただ、一つ問題がある。
『しかし、ティターノマキアの主人である以上、完全に力がなくなってしまえば、あなたはティターノマキアの神力に当てられ、自我を保っていられなくなるでしょう』
そう、ティターノマキアの主人となったはいいが、この力は一時的なもの。
ティターノマキアは、私の実力を見て認めてくれたのだから、その力がなくなれば当然主人に相応しくなくなる。
私としては、このまま手放しておさらばと思っていたけど、一度主人として選ばれてしまった以上は、そう簡単に主人を変更することはできないらしい。
しかしそうなると、ティターノマキアの持つ神力によって、私の精神は蝕まれ、いびつで未熟な神様になってしまう可能性があるのだとか。
私自身も無事では済まないし、神界としてもそんな神様厄介すぎていらない。
だから、何かしらの策を講じる必要があるという。
『ハク、あなたの魂を一部書き換えさせてもらいました。今は神の末席に加えてあげることはできませんが、その力をうまく使って、ティターノマキアを鎮めてあげてください』
〈はい……えっ?〉
『それではまた。あなたが再び神界を訪れるのを待っていますよ』
その言葉と共に、創造神様はその場から姿を消した。
後に残ったのはかすかに残る神々しい気配と、呆然としている私達だけ。
いや、え? 最後なんて言った? 魂を書き換えたとか聞こえたんだけど!?
〈……お父さん、私、何か変わった?〉
〈ふむ……魔力、いや、神力か、それがかなり増えているのはわかる〉
〈パドル様?〉
「相当気に入られたみたいね。一部とはいえ、魂に神の力が入ったのを感じるわ」
〈やっぱり!〉
ティターノマキアは神様でなければ扱えない。であるなら、私が神様であれば問題なく扱えるということになる。
でも、地上で何かしらの功績を残して神様へと昇華されるならともかく、私はそこまでの偉業を成し遂げているわけではない。いくら気に入ったとはいえ、それだけで私を神様にすることはできない。
だからこそ、一部だけ神様に仕立て上げることによって、ティターノマキアの所有条件を満たしつつ、元の状態に近づけたって感じなんだろう。
今のところ、違和感とかは感じないけど、これ絶対元に戻ったら違和感ある奴だよね? また厄介ごとを抱えてしまった気がする。
〈なんでこんなことになったんだ……〉
私はこれからこの体をどう扱っていけばいいのかと、ため息を吐いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




