第二十五話:制裁の時
神界に戻ると、家で待っていたネクター様と合流し、さっそくマキア様がいる場所へと向かうことになった。
マキア様がいるのは、町から少し離れた場所にある平原らしい。
草木に力が漲り、生き生きとしていること以外はいたって普通の平原だが、そんな場所でマキア様は仁王立ちで待ち構えていた。
「てめぇ……いったいどいつだ? 俺の剣を奪ったのは」
明らかに怒っているという声色でこちらを睨みつけてくる。
私の姿が明らかに変化しているのを見て少し目を細めたが、私が神剣を持っているとは思わなかったようで、すぐにネクター様の方へと視線を移した。
「貴様かネクター。人の所有物に手を出すとはどういう了見だ!」
「おやおや、何を言うのかと思えば。君は地上に落としてしまったティターノマキアの存在を否定した。そんなものは知らないと言ってね。であるなら、それは所有権を手放したも同義。その後しかるべき所有者が手にしたなら、それは奪ったのではなく、拾ったというのではないかね?」
「御託はどうでもいいんだよ! はっ、どうせそこのチビに泣きつかれてパドルにでも回収させたんだろ。俺は神剣の在り処は知らねぇとは言ったが、所有権を手放したわけじゃねぇ。持ってるんなら返してもらおうか」
そう言ってドスドスと足音を響かせながらネクター様の方へと近づいてくる。
ネクター様は笑顔を絶やさず、その様子を見守っていた。
「……あん? どういうことだ。お前じゃねぇのか?」
「ええ、私じゃない。もちろんパドルでもないし、そこの神獣君でもない。ここまで言えば、もうわかるだろう?」
「……は? いや、それだけはありえねぇ。確かに神として格は上がってはいるが、それだけでティターノマキアが俺を捨てる? ありえない! どうせ隠してるだけなんだろ? おら、さっさと出しやがれ!」
「現実逃避はよくない。ハク、見せてあげなさい」
〈……はい〉
私は【ストレージ】にしまっていたティターノマキアを取り出す。
一度主人と認められたからなのか、ティターノマキアはすんなりと私の【ストレージ】に収まってくれた。
流石に、こんな大きな剣を常に持っているのは目立ちすぎるし、邪魔すぎる。だから、入ってくれて本当によかった。
神剣的に、【ストレージ】にしまわれるってどうなんだろうか? 退屈なんだろうか。もしそうなら、定期的に出してあげないといけなさそうだけど。
「ば、馬鹿な!? ありえない、こんな、神獣ですらないがきんちょが神剣に選ばれるだと!?」
マキア様は驚愕に目を見開きながらもティターノマキアを奪おうとしてくる。
しかし、私はとっさに後ろに下がり、その手を躱した。
私の意思と言うよりは、ティターノマキアの意思かな。
どっちにしろ、今のマキア様にこの神剣を返すわけにはいかない。それじゃあ、何にも反省しなさそうだし。
「てめぇ……どうなるかわかってんだろうな? 神から神剣を奪い取る。それはどんな罪よりも重い罪だ。貴様が死ねば、魂は輪廻から外れ、地獄の業火を味わいながら、終わらない苦痛を味わい続けることになるだろう。今返せば、半殺しで許してやる。だからさっさと返せ」
〈……いやです〉
「ふざけるなぁ!」
マキア様から神力が溢れ出す。
これは恐らく、あの時酒場で使われたものと同じ。
あの時は魔法だと思っていたけど、実際はただの威圧だったようで、ただ単に神様の圧倒的な威圧に怯んでいただけだったようだ。
それだけで息ができなくなったり動けなくなったりするとかやばすぎるけど、今はその威圧も全然感じない。
なんというか、子供が喚いてるなぁくらいにしか思えなくなってしまった。これだったら、時の神殿で戦ったあの魔物ラッシュの方が断然怖い。
神様としての実力を手にしたおかげか、神様の威圧だけでは動じなくなったみたい。これは嬉しい誤算だった。
「おい、ティターノマキア! 貴様の主人はこの俺だ! そんな神でも何でもない虫けらに乗り換えるとはどういうことだ! ふざけるのも大概にしやがれ!」
「そう言うところがダメだったんだと思うけどねぇ」
「この……ならいいさ、ここでもう一度主人と認められればいいだけの話。そうすりゃどれだけ愚かな選択をしたか、身を持ってわかるだろうよ!」
そう言って、マキア様はティターノマキアに無理矢理触れる。そして、盛大に弾き飛ばされた。
本来、神剣を始めとした神具は、それぞれの神様にしか使用することができない。神具に認められ、主人となった者だけが、それを扱うことができる。
だから、主人でない人が触れたらどうなるか。このように拒絶され、弾き飛ばされる。
私の時も多少の拒絶はあったけど、ここまでじゃなかった。どうやらマキア様はよっぽど嫌われていたらしい。
自分の名前が入った剣に嫌われるとか、可哀そうすぎる。
まあ、自業自得だとは思うけど。
「な、なぜだ!? なぜだなぜだなぜだ!? なぜ俺が拒絶される!? 持ち主は俺だぞ!?」
「まだわからないようだから一つ教えてあげよう。ハクは今や人ではない。私の薬によって神へと至った、いわば同類なのだよ」
「てめぇの仕業か! だが、それだけで神剣を扱えるわけがない。となるとパドル、てめぇも関わってるな?」
「まあ、関わっていると言えば関わっているけど、基本的にはハクが努力した結果よ。それと、あまりにもあなたがふがいなさ過ぎて、神剣の方も呆れたんじゃない?」
心底楽しそうに笑顔を見せるネクター様。マキア様を憐れみの籠った目で見るパドル様。
もはやこの場にマキア様の味方はいない。長年連れ添ったであろうティターノマキアも、今やこちらのものだ。
もし仮に、ここが町で、他の神様がいたとしても、マキア様に味方する者はいないだろう。
マキア様の悪行は、恐らくすでにかなりの数伝わっている。そんな中で、誰一人マキア様を支持していない。要は、神界の恥だと思っている。
流石に、元は愛する対象だった地上を汚す行為は、みんな怒りを覚えているだろうしね。
神剣も奪われ、味方もおらず、この先のマキア様がどうなるのか。まあ想像しなくてもわかるだろう。
マキア様にできることは、きちんと謝罪し、反省の意を示して次に進むこと。そうすれば、いずれチャンスは巡ってくるだろう。
……もっとも、その選択を取れるなら、こんなことにはなっていなかったのだが。
「ふざけやがってぇ! 貴様ら全員ぶっ殺してやる!」
そう言って、地面に向かって思いっきり足を振り下ろすマキア様。その瞬間、地面がめくれ上がり、私達の体を跳ね飛ばした。
この展開はある程度予想していたので、すぐさま体制を整え、翼を広げて空中に展開する。
マキア様の性格で、ここで自分が反省するなんて選択肢が出てくるわけない。やるとしたら、力でねじ伏せて、初めからなかったことにするくらいだろう。
最悪、私からティターノマキアを奪い返してしまえば、すでに地上のカオスシュラームの対策は行われているし、知らないで通していた神剣が出てくれば、ほら俺は関係ないと言い張れるかもしれない。
もちろん、そんなことはできないとは思うけどね。創造神に関しては、どこまで把握しているかはわからないけど、少なくとも今回の事件の発端であるマキア様には注目しただろうし、もしかしたら今も見ているかもしれない。
そして、この神界において戦闘行為が禁じられていながら、こうして攻撃してきている。どう考えても、アウトだ。
とはいえ、実際に罰が下るのがいつかはわからない。まずは、自力でこの状況を打破しなければならないだろう。
そう考えて、ひとまずマキア様を落ち着かせることにした。
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