第二十四話:主人と認めて
神剣の状態は酷いものだった。
以前見た時は、きちんと剣だとわかるほどにその形状がはっきりしていたが、今はほとんど泥に埋もれてしまっている。
泥が溢れ出しているのは刀身のようで、本来なら輝かしいばかりのきらめきを放つそれも、くすんで見えてしまっている。
これ、今の状態で触れていいのかな。
「まずは神剣のカオスシュラームを取り除きましょう。やり方は簡単よ」
パドル様が言うには、カオスシュラームは神力にとても弱いらしい。
だから、強い神力に晒されれば、自然と消滅していってしまうのだという。
実際、私達がいるこの場所も、徐々に泥が薄れて行っている気がする。
パドル様から漏れ出る神力だけで、周囲の泥は浄化されてしまったみたいだ。流石はパドル様。
で、元凶となっているカオスシュラームだけど、恐らく剣の中に巣食っているのだという。
寄生虫のような性質を持ち、宿主と決めたものから延々と複製を続ける、そんな機構が備わっているらしい。
だが、それも同じく強い神力を浴びせれば消えてしまうので、まずはティターノマキア自身に強い神力を浴びせるのが重要なのだという。
元々、神剣自体にも神力が備わっているので、今の私でも簡単に払えるようだ。
〈強い神力……こうでしょうか?〉
私は練り上げた神力を手のひらに集めると、ティターノマキアに向かってかざしてみる。
すると、刀身に付着していた泥が見る見るうちに消滅していき、やがて本来の輝きを取り戻していった。
なんだかあっけないけど、こんな感じでいいのだろうか?
「それで元凶は取り除けたはずよ。後は、ティターノマキアがハクを主人と認めるかどうかね」
〈普通に手に取ればいいんでしょうか?〉
「ええ、それで構わないわ。受け入れてくれるなら、弾かれることなく普通に持てるはず」
〈それでは……〉
私は刺さっているティターノマキアの柄に手をかける。
ティターノマキアはかなり大きな剣ではあるけど、今の私の身長であれば持つこと自体は可能だ。
柄に手を触れた瞬間、手のひらにばちりとした痛みが走る。
これは、剣が私を拒絶しているのだろうか。流石に、すぐにマキア様から主人を変えたいとは思っていない様子。
でも、よく考えてほしい。
マキア様はちょっと泥が付いたからって捨ててしまうような酷い神様だ。しかも、そのことを隠蔽しようとし、これからも取りに来る気はなさそうな様子である。もしかしたら、新しい剣を打ってもらって、そちらに乗り換えてしまうかもしれない。
少し実力が足りないかもしれないけど、どっちを主人に選んだ方がいいか、よく考えてみようよ。
〈……お?〉
そんなことを思いながらバチバチとした感触を感じ続けること数秒。次第に痛みは治まっていき、抵抗もなくなっていった。
私はきちんと柄を握り、地面から引き抜いてみる。
大きくなったとはいえ、今の私と同じくらい大きな剣だ。抜くのはちょっと大変だったが、それでも、拒絶される気配もなく、むしろ手に馴染んでいるようにさえ感じる。
これは、認めてくれたってことでいいのかな?
「おめでとう。無事に主人として認められたようね」
〈当然だ。我の自慢の娘なのだからな〉
剣を掲げる私に向かって、パドル様が小さく拍手をする。
お父さんも誇らしげで、ちょっとどや顔しているようにも見える。
それにしても、随分とあっさりしていたな。
もっとこう、貴様なんぞを主人と認めるわけにはいかぬ! みたいな感じでバチバチ拒絶されると思っていたんだけど。
剣を見て見ても、特に返事が返ってくるわけでもない。しかし、なんとなくだけど、お前の方がましだ、と言っているような気がした。
よっぽどマキア様の扱いが雑だったのかな? 意思があるかはわからないけど、少しくらいはあるのかもしれない。
〈これで、カオスシュラームの増殖は止まりますか?〉
「大本はね。でも、すでに広がってしまったものも完全に駆除しないと、いずれ広がっていくわ。まあ、それに関しては私の方で何とかしておくから安心して」
〈何とかって、どうする気なんです?〉
「天使って本気で命令すればちゃんと働いてくれるのよね。私を含め、賛同してくれた神達の天使を集めれば、世界を丸ごと浄化することくらいたやすいでしょう。まあ、一日もあれば終わると思うわ」
〈おおー〉
リエルさんの様子を見ると心配だけど、流石に上司から今すぐやれって言われたら動いてくれるのかな?
現状、どの程度までカオスシュラームが侵攻しているのかはわからないけど、流石に私一人じゃ手が回らないし、やってくれるというなら任せてもいいかもしれない。
でも、確認くらいはしておこうかな。
『もしもし、聞こえますか?』
『えっと、竜語? その声は、ハクかしら? どうしたの?』
『ローリスさん、今状況はどうなっていますか?』
『ああ、例の奴ね。今のところ、こちらまでは来ていないわ。ただ、竜から念のため避難しておいた方がいいと言われて、住人の大半は避難させたから、万が一来ても大丈夫だとは思うけどね』
『ローリスさんはまだヒノモト帝国に?』
『そりゃあね。動けない人もいるし、何よりあのダンジョンがある。あれだけは、何としても守り抜かなければならないのだから、いざと言う時の備えは必要でしょう?』
『あの、絶対戦わないでくださいね? 触るだけでお陀仏なんですから』
『触れなければいいだけだったらいくらでも対策はあるわ。まあ安心なさいな。そう簡単にくたばったりしないから』
『そうですか……。一応、大本の駆除はできたので、後は協力者の方が何とかしてくれるみたいです。なので、今は生きることに重点を置ていください』
『あら、案外早かったわね? そう言うことならわかったわ。命大事に、ね』
その後も、いくつかやり取りをした後、通信魔法を終了した。
一番近い場所にいるだろうと思ってローリスさんに聞いてみたけど、案外進みは遅かったのだろうか?
一週間もあれば、ルナルガ大陸全土が死の土地になってるかもしれないと思っていたけど、案外余裕そうな雰囲気だった。
〈案外、カオスシュラームの侵攻って遅いのかな?〉
「まだ侵攻序盤で数が少ないでしょうからね。後半になれば、こんなもんじゃなかったと思うけど、ハクが必死に訴えた成果ってところじゃない?」
〈それなら、いいんですが〉
神界での経過時間がどれくらいかわからないけど、もし同じだとするなら経っていてもせいぜい一週間ちょっと。
世界全土を包み込むのにどのくらいかかるかはわからないけど、それに比べれば一週間なんてほんの一瞬の出来事だったんだろう。
すぐさま行動に移し、すぐさま解決できたからこそ、無駄に被害を広げずに済んだ、と言うことなのかもしれない。
そう考えると、早期に発見できて本当によかった。そうでなければ、どうなっていたことか。
「さて、あとやるべきことは一つだけ」
〈あー、マキア様に報告ですか?〉
「ええ。ニルから場所は聞いているから、さっそく向かいましょう。ネクターも連れてね」
私としては、こうして解決できただけでいいのだけど、パドル様は、と言うかネクター様は、きちんとお灸をすえてやりたいと考えている様子。
まあどのみち、ティターノマキアの主人が変わってしまったことはマキア様にも伝わっているだろうし、報告しておかないと何されるかわからない。
今後の対応も含めて、しっかり話し合っておかないといけないね。
私はちょっと不安に思いつつも、パドル様と共に神界へと戻っていった。
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