第二十三話:神剣の下へ
あれから、ネクター様から正式に謝罪を受けた。
神様にとって、100年などそう長い時間ではないらしく、こちらの感覚に直すなら、せいぜい一時間とか二時間とかそのくらいの感覚だったらしい。
だから、私にとっては長すぎる時間を過ごさせてしまって申し訳なかったと言っていた。
途中、何度も発狂しそうになっていた気がするけど、実際にはそうはならなかったのはパドル様のおかげだったらしい。
パドル様が仕掛けた魔法によって、私は発狂する度に発狂する前の状態まで精神を戻されていたようだった。
狂いたいのに狂えないっていうのはそれはそれで拷問な気がするけど、もし発狂してしまったら何の意味もなかったのだし、パドル様の気遣いには頭が下がる。
まあ、仮に精神崩壊していたとしても、ネクター様ならすぐに治せるとか言ってたけどね。
それがお父さんの逆鱗に触れて追いかけまわされていたけど、ずっと笑ってたから絶対反省してないだろうな。
まあ、地獄のような100年間ではあったけど、おかげで実力は身についたと思う。
魔法には、発動するまでにタイムラグが存在するものだけど、今の私にそんなものは存在しない。
魔法の情報が詰まっている魔法陣を出現させる必要すらない。言うなれば、神様の魔法を習得することができた。
実感はないけれど、今ならばネクター様も真正面からは勝てないかもしれないと言っていたし、新米神様としてはそれなりの力を手に入れたってことになると思う。
これで、一応準備は整ったと言えるのかな?
「実力はこれで十分だろう。後は、ティターノマキアがハクを主人と認めるかどうかにかかっているね」
〈大丈夫なんでしょうか……〉
「まあ、大丈夫だろう。もしダメだったら、その時はパドルにちょっと手を貸してもらうさ」
「あんまり私の力に頼らないでくれる? ハク一人ならともかく、ティターノマキアまで含めたら面倒すぎるわ」
「そこはハクを信じようじゃないか。なあに、この私が作った薬なのだから、効果のほどは折り紙付きだよ」
そう言って自信ありげに鼻を鳴らすネクター様。
まあ、実際ネクター様の薬は凄いよね。
境遇が特殊とはいえ、神様でも神獣でもないただの精霊を、疑似的にではあるけど神様に仕立て上げられるんだから。
元の力を考えれば、ドーピングもいいところである。あんまりにも強すぎたら調子に乗るかなと思っていたけど、案外そんなことはないなぁ。
まあ、強くてもどうにもならない状況を知っちゃったからね……。
〈やはり神は信用ならん。ハク、気分が悪かったりしないか?〉
〈いえ、特にそう言うのはないです。最初は胸の中がもやもやしてましたけど、今はそれもありませんし〉
〈体が神力に順応したんだろう。だが、気分が悪くなったらすぐに言え。そこにいる元凶を嚙み殺してくれよう〉
〈気持ちはありがたいですけど、ネクター様にも事情があったと思うので、許してあげてくださいね〉
そもそも、神様と同じ尺度で考えるのが間違いだったのだ。
神様の方がこちらにある程度合わせてくれているから勘違いしやすいけど、神様と人では生き方が全然違う。特に時間関係なんて、不死の存在である神様からしたらそこまで重要なことではないだろう。
だから、うっかり100年閉じ込めるなんてこともあるかもしれない。これは仕方のなかったことなのだ。
……まあ、私もちょっとは頭に来てるけどね。でも、今それを言って力を剥奪されたら困るし、それで地上がめちゃくちゃになってしまう方がやばい。
今はネクター様の言うとおりに、ティターノマキアの主人になるという方面で進めよう。
「地上への案内はパドルに任せるよ。私の役目はまた少し先だ」
「わかったわ。ネクターは地上に降りるのを禁じられているしね」
「天使に任せてもいいがね。そのあたりは君に任せるよ」
「あの子はさぼりやすいからダメね。時間を気にしなくてもいいなら、優秀な子なんだけど」
困ったものね、と苦笑するパドル様。
時間はかかっても、確実に仕事をしてくれるなら神様的には問題ないらしい。
おおらかと言うかなんというか、そんなだからさぼるんだよと言いたくなるが、それが神様の価値観なんだろうし、そこでとやかく言う必要はないだろう。
とにかく、今はティターノマキアの下に向かわなきゃだね。
「それじゃあ、私が送るわ。先に創造神に許可を取ってくるから、待っていてくれる?」
〈わかりました〉
「すぐ戻るわ」
そう言って、パドル様の体が光に包まれると、その場から姿を消す。
転移って、神様なら標準装備なんだろうか?
まあ、竜も誰でも転移魔法が使えるし、神様が使えない道理はないか。
竜は多分、天使を除けば神様に最も近い種族だろうし。
「お待たせ」
そんなことを考えていたら、すぐにパドル様が戻ってきた。
まだ5分も経ってないと思うんだけど、そんなに早く決着がついたのだろうか?
「創造神は基本的に何でもお見通しだからね。多分、私達が何をしようとしているのかもすでにわかっていたはずよ。だから、許可を出すのに迷う必要はないの」
〈なるほど。流石は創造神ですね〉
となると、この神界で下手なことしたら創造神に目を付けられてしまいそうだね。いや、別に何か悪さをしたいわけではないけども。
許可も下りたということで、パドル様と共に地上へと降りる。
どうやって地上に戻るのかと思っていたけど、来た時と同じように、転移のような感じで移動するらしい。
わずかな暗転の後、景色が移り変わる。
ネクター様を除く私達は、気づけば森のただ中にいた。
〈ここって……〉
「ティターノマキアがあった場所よ。ほら、目の前にあるでしょう?」
〈いや、それはそうなんですが……〉
確かに、目の前には真っ黒に染まった神剣ティターノマキアが突き刺さっている。
ただ、その周りの空間は、全く見覚えのない姿へと変貌していた。
森の木々は黒く変色し、葉は枯れ、代わりに枝がいびつに伸び、その節々にはぎょろりとした目のようなものが浮かび上がってきている。
近くを流れていた川はもはや液体ではなくなり、どす黒く変色した泥が溢れかえり、地面と一体化してしてしまっている。
泥からは猛烈な腐臭が漂い、まるでここら一体に死体でも埋まっているのではないかと思うほど。
最初に見つけた時は、ちょっと変色してはいたけどただの森だったのに、ほんの一週間ちょっとでここまで変貌するとは思ってもみなかった。
確か、報告だとこれが少しずつ辺りを侵食していってるんだよね。普通にやばいのでは?
〈酷い臭いだな。しかも、いるだけで魔力を吸われると来た。魔力を吸いつくされた時が、闇の眷属へと変わる時と言うことか?〉
「似たようなものだけど、正確には心が折れた時、かしらね。カオスシュラームに侵された人は、闇の眷属に追われる夢を見る。その中で、逃げ続けられる限りはまだ死ぬことはないわ。ただ、もし捕まれば、ね」
〈そうなると、よほど強靭な精神をしていなければ一度侵された時点でもう助からないな〉
改めて聞かされるカオスシュラームの性質。
最初に見つけた、フルーシュさんの魂に触れた時に見た光景は、まさに闇の眷属から逃げている場面だったということかもしれない。
となると、下手したらフルーシュさんはもう……。
いや、諦めるにはまだ早い。できるだけ早く元凶を取り除いて、みんなを助けなければ。
私は決意を新たにすると、泥に触れないように宙に浮きながら、ティターノマキアへと近づいていった。
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