第二十二話:地獄の100年
最初は結構楽しかった。
なにせ、どんな魔法を使おうが魔力、と言うか神力は全く減らなかったし、威力も馬鹿みたいに強化されていて、魔物が簡単に吹き飛んでいくのだ。
無双ゲーはあんまり好きじゃないけど、今なら好きな人の気持ちがわかるかもしれない。
ただ、その気持ちが続いたのは最初の数日だけだった。
一日や二日魔法を連発し続けた程度で私の神力は減らないみたいだったけど、流石に一週間、二週間と経ってくれば減ってくる。
それに、仮の時間と考えていた100時間を超えても元の世界に戻る気配はなかったし、何より魔物達は倒したら倒した分だけ追加されるようで、寝る暇すらなかった。
仮想空間だからなのか、それとも神様は食事が必要ないのか、空腹には自然とならなかったけど、倒しては増え、倒しては増えを繰り返す魔物の群れは、徐々に私の精神を削っていった。
〈まさかとは思うけど、ほんとに100年このまま……?〉
私はネクター様の言葉を思い出す。
確か、この施設って、無駄な時間もかからないとか言ってたよね?
最初は入る人にとって最適な空間になるのかなと思っていたけど、これってもしかして、入ってから経った時間は現実には反映されないってことなんじゃないだろうか。
要は、この仮想空間の中にいる間は現実の時間は止まっている、あるいは、この空間内の時間が何百倍にも引き延ばされているかして、入って何年経ったとしても、現実では数分しか経ってない、みたいなことができるんじゃないか。
そうであれば、ネクター様の100年発言にも納得がいく。
現実で時間が経過しないなら、100年経ったところで地上は無事だろうしね。
でも、だとしても、ちょっとコンビニ行くみたいな感覚で100年とか設定しないでほしい。
おかげで私は地獄を味わうことになった。
〈はぁ……はぁ……少しは休ませて……〉
一か月が経過すると、神力も底をついてきた。
一応、この空間の特性なのか、神様としての権能なのか知らないけど、神力は回復するようである。それも、かなりの高速で。
だから、数秒魔法を使わなければ、魔法を途切れさせることなく放ち続けること自体は可能だった。
だから、まだ何とか戦える。そんな状況だった。
〈し、死ぬ……!〉
1年が経過すると、神力不足なんて当たり前の状況になった。
最初こそ、魔物を一掃した後は自分の魔法について考察する時間もあったが、だんだんと出現までの間隔が短くなっていき、今や常に魔物に囲まれているような状況である。
数秒魔法を使わなければ神力は回復するとはいえ、その数秒で数多くの魔物が攻撃を仕掛けることができる。
当然、私はその攻撃に晒されることになったが、こうなることはあらかじめ予想していたので、結界を張ることで事なきを得ていた。
しかし、流石はAランク以上の魔物。竜神となって強化された結界も、何千回と攻撃されたら持たない。
このままでは、壊れるのも時間の問題だろう。私は静かに迫る死の恐怖に怯えていた。
〈ま、まだ、なん、です、か……?〉
10年が経過すると、効率的な戦い方も何となくわかってきた。
結界でわずかな時間を稼ぎ、その間に神力を回復させ、結界に致命的なダメージを与える魔物を優先して倒し、何とか魔法を繋いでいた。
もう、どれくらい経ったかなんて覚えていない。とても長い時間だということはわかるが、そんなこと考える余裕すらなくなってきた。
何度か失敗して攻撃を受けたことがあったが、この体の防御力はかなり高いようで、多少であればそこまで痛くはない。
だが、あんな強固な結界ですら数の暴力には勝てないのだ。
残りの日数を知っていたら私は絶望していただろう。知らなかったからこそ、私はまだ戦い続けることができた。
〈死にたい……〉
50年が経過すると、結界なんて何の役にも立たなくなっていた。
そりゃ確かに、強固ではある。だが、魔物の数もいつの間にか倍以上に膨れ上がっていて、それが常に攻撃してくる状況。いくら強固とは言え限度がある。
結界がなくなれば、神力を回復するまでのわずかな時間で魔物達は容赦なく攻撃してくる。
この体の防御力は高いが、それでも痛いと感じることが多くなってきた。
よく見る暇はないけど、噛みつかれたり、引っかかれたりで血がにじんでいる場所も多々ある。
腕とかがちぎれていないだけましかもしれないけど、もうこうやって相手の攻撃を受けながら魔法を撃つくらいしか対処法がない。
いや、もう対処法とも呼べないだろう。ただの訓練のはずなのに、ずっと嬲られる毎日。
神様としての力なのか、傷は少ししたら治るけど、それもすぐに傷になっていく。
もう魔法を撃つ気力すらなくなってきた。私はここで朽ち果てるんだろうか……。
〈……〉
80年も経過すると、私は考えるのをやめた。
ただ魔法を撃つだけの機械になることにした。
結界は張るだけ無駄だ。どうせ数秒しか持たない。攻撃を受ける? ああ、もう好きにしてくれ、まだ痛いけど、もう感覚もなくなってきたし。
神力が魔法一発分溜まったら撃つ。溜まったら撃つの繰り返し。
もう何体倒しただろうか。何万とかじゃ足りない気がする。
倒したら死体も残さず消えるから、もしかしたら新たに再構築されて同じ個体が襲ってきているのかもしれない。
だとしたら、私の討伐数は未だにゼロってことかな?
もしそうだとしたら笑える。こんなに頑張って何の成果も得られてないんだから。
私ってなんでここにいるんだっけ? と言うかここはどこだっけ?
もう何にもわからなくなってきちゃった。
「おーい、生きてるかい?」
〈……はっ〉
ぼーっと何かを考えながら、ひたすらに魔法を撃つ機械と化していたと思ったら、気が付いたら仰向けに倒れていて、目の前にはネクター様とパドル様、そしてお父さんの姿があった。
〈こ、ここは……?〉
「神殿の前だよ。どうやら終わったみたいだね、お疲れ様」
そう言ってポンと叩いてくるネクター様。
あれ、私、何してたんだっけ?
迫りくる魔物をひたすら倒していたことは覚えているけど、ここで何をするべきだったんだっけ。
〈……おい、薬神、我に知らせず娘を時の神殿に放り込むとはどういう了見だ?〉
「だから言ったじゃないか。ハクに神剣に相応しい実力を身に着けてもらうためだって」
〈それでも100年もいらんだろう! この憔悴ぶりを見ろ、こんなことして心は痛まんのか!?〉
「ああ、確かに100年くらいと思っていたけど、人族には長すぎたかな? でも、ハクは精霊で竜だし、長い時を過ごすことには慣れているだろう?」
〈ハクの心は繊細なのだ。パドルが気を使っていなければ、精神崩壊していたぞ!〉
「なるほど、それで怒っているのか。それはすまなかった、謝罪しよう」
お父さんが凄い剣幕でネクター様を睨みつけている。
ああ、そうか。私は神様としての力をものにするために、時の神殿っていう訓練場に入ったんだっけ。
なんか懐かしいな。でも、現実だとそんなに経っていないっぽい。
お父さんが帰ってきてるってことは、一日は経ったのかな? 100年も魔物を倒し続けていたと思うと、よく頑張ったなと自分を褒めてやりたい。
私はまだぼーっとする頭で、お父さんとネクター様のやり取りを見ていた。
感想ありがとうございます。




