第七十八話:対策と予想外の出来事
ひとまず、朝食がまだということもあってアリシアさんは一回退席した。
私はぬいぐるみよろしく箪笥の上で待ちぼうけである。
アリシアさんに頼んで鏡を近くにおいてもらったんだけど、そこに映る私の姿は見れば見るほどぬいぐるみだった。
いったいどんな職人が作ったんだと言わんばかりの精巧な出来栄え。着ている衣服すらサイズに合わせて精巧に作られている。
遠くから見ればとても小さな人間に見えなくもないかもしれない。でも、やはり近くで見ると縫い目が目立つ。
これ、中身どうなってるんだろう。綿とかになっちゃってるんだろうか。
確かに、昨日の朝から何も食べてないはずなのに全然お腹がすいていないのは妙だなとは感じてるんだけど。
これでもし中身が本当に綿とかだったらいよいよもってどうやって生きているのかわからなくなってくる。
アリアの口ぶりだと体が変質した状態が今の姿だけど、ぬいぐるみの身体に精神が宿っているといった方がまだしっくりくる気がする。
せめて精神だけを取り出されてぬいぐるみに閉じ込められたっていう状況なら体を見つけてどうにかして戻れないかと考えなくもないけど、体ごと変えられたとなるとあの女の子に聞く以外に選択肢が見つからない。
このまま戻れなかったらどうしよう……。
そんなことを考えていると、朝食を終えたアリシアさんが戻ってきた。
「ただいま。調子はどう?」
『特に体調が悪いとかはありません。動けないだけで』
「体が動かないってだいぶ致命的だと思うけどな」
それはまあ、確かに。でも、魔法で動けるだけましだと思う。
魔力を大量に使う上に開きっぱなしの目のせいで碌に寝れないから魔力の回復も難しいとなるとあんまり無駄には動けないけどね。
「それで、どうする?」
『ひとまず、戻る方法を探したいです。協力してもらえませんか?』
「それはいいけど、どうやって探すんだ? そんな見たこともないスキルの解除方法なんて」
『図書館で、そう言った書籍がないかを探ってみます。もしかしたら記述があるかもしれません』
私が戻れる方法があるとしたらそれくらいしか思い浮かばない。
いくらユニークスキルと言っても使い手があの子だけとは限らない。同じユニークスキルの【ストレージ】だって少ないながらも多少の使い手がいるのだから。
そう言ったスキルが世間の目に触れ、本にされていればワンチャンそのスキルのことを読み解けるかもしれない。そうすれば、戻る方法だってきっと見つかるはずだ。
「そりゃそうかもしれないけど……可能性は低いと思うぞ?」
『わかっています。でも、少しでも可能性があるならば探さないと、ずっとこのままは嫌ですから』
「うーん、わかった。今日は道場を休ませてもらってそっちをあたってみるよ。その姿でうろつかない方がいいだろ?」
『ありがとうございます。すいません、何もできなくて』
「いいよいいよ。この部屋に入ってくるのはメイドくらいだろうけど、そっちも用心してな」
『はい』
アリシアさんはそうと決まればと言って部屋を出ていった。
見つかる可能性は低いけど、何もしないよりはましだよね。私が何もできないのが歯がゆいけど、こればかりは仕方がない。
さて、ここからどうしようか。
下手に外に出ると奴らに見つかる恐れがあるから出られないし、かといって家の中にいても特にすることがない。
いつもなら暇な時間は魔法の研究に当てるところだけど、今は有事に備えて少しでも魔力を温存しておきたいからそれもできない。
そうなると、私にできるのは本物のぬいぐるみよろしく座っていることだけだ。
う、うーん、思いがけず暇になってしまった。
何かしたいとは思うけど、魔力を使わずにできることなんて考えることくらいだし、奴らのことについてでも考えてみようか。
流石にそろそろ私が脱走したことはばれている頃だろう。逃走経路の窓も開けっぱなしだし、外に逃げたということは早々にわかるはずだ。
まあ、ここにいるってことは多分ばれてないとは思う。ワンチャン、奴らが私の交友関係を調べているとしたら調べに来るかもしれないけど、私室まで入られることなんてそうそうないだろう。
でも、ずっとここにいるのは危険だろうか。あの屋敷からそんなに距離は離れてないし、万が一ということもある。
だとしたら、宿屋に帰るべき? いや、ここと違って踏み込まれたら一発アウトだしそれは危険か。
道場に行くというのも手だけど、サクさんに迷惑かけるわけにもいかないし。
なら冒険者ギルド? いや、どうやって説明するんだ。こんな体で。
こうして考えると今私が行けそうな場所は少ない。このままここにいた方がましか?
そういえばお姉ちゃんはどうしてるんだろう。そろそろアリアが接触していてもおかしくないとは思うんだけど。
お姉ちゃん心配してるだろうなぁ。まさかとは思うけど、アリアの話を聞いて屋敷に突貫とかしてないよね?
お姉ちゃんなら普通にあり得そう……。まあ、お姉ちゃんなら大丈夫だとは思うけどね。
しばらくそんなことを考えながら過ごしていると、不意に扉が開いた。
思わずびくりとするが、入ってきた人のメイド姿を見てほっと一息つく。
びっくりした。奴らが来たのかと思ったよ。
メイドさんは部屋の掃除をしているようだ。部屋がやけに綺麗だと思ってたけど、やっぱり定期的に掃除してるんだね。
ふと、メイドさんが私の下にやってくる。そして、そっと私のことを持ち上げた。
わっ、ちょっ……。
「こんなぬいぐるみあったかなぁ。お嬢様が持ち込んだのかな?」
流石に主人の私物を相手に手荒な真似はせず、何事もなく箪笥の上に戻される。
び、びっくりした。
「お嬢様もやっと女の子らしい趣味が出てきたんですね」
メイドさんは嬉しそうな表情で鼻歌を歌いながら掃除を完遂し、部屋を出ていった。
なんだかアリシアさんに変な設定がついてしまった気がする。
というか、やっとって、今まで女の子らしい趣味なかったのかな?
私は中身を知ってるからいいけど、周りから見たらさぞかし奇妙だったんだろうな。
いや、喋り方とか所作は完璧だからそうでもないかな? まあいいや。
メイドさんが去った後、しばらくボーっとした時間を過ごす。
こうして何も考えずに座っていると本当にぬいぐるみになっちゃいそうだから何かしら考えてはいたんだけどね。
奴らの動きは読めないし、私にできることはこうして家の中で閉じこもってるくらいしかないわけで、対策に関してもアリシアさんに任せたからもうやることがない。
アリアが戻ってきてくれたらいいんだけど……。
そう思っていると、不意に【念話】が聞こえてきた。
『ハク、どこにいるの? 聞こえたら返事をして』
『アリア? 私はここにいるよ』
『ッ!? ハク!』
【念話】が聞こえてすぐ後、目の前にアリアが現れた。
「ハク、やっと見つけた!」
『ごめんね、一応自力で脱出できたから』
「まあ、無事みたいだからそれでいいよ」
心底安堵したといった様子のアリアを宥めつつ、あの後何があったのかを聞く。
『それで、お姉ちゃんには会えた?』
「うん、会ったよ。そしたら助けるんだって屋敷にすっ飛んで行っちゃって……」
『あ、やっぱり』
お姉ちゃんならやりかねないとは思ってたけど、ほんとにやるとは。
『てことは、奴らは捕まったのかな?』
「あ、うん、それなんだけどね……」
アリアは少し俯きがちにちらりと私を見る。
……え、まさか、そんなことないよね? お姉ちゃんだよ? 神速のサフィだよ?
『まさか……』
「うん、サフィさんは奴らに捕まってぬいぐるみにされちゃった」
ぴしりと心に亀裂が走った。
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