第十八話:一番の適任
「私としては、ハク、君にティターノマキアを任せたいと思っている」
〈……はい?〉
誰か適任はいるのかと思っていると、ネクター様の口からそんな言葉が告げられた。
いや、どういうこと?
神具は神様が使うからこその神具なのだ。地上にあるような、言うなればまがい物の神具とは違う。
それを、神様でも何でもない私が使うなんてこと絶対にできないだろう。
仮に触れたとしても、あんな巨大な剣どうやって扱えと言うのか。以前王様から貰った世界樹の杖ですら持て余してるというのに。
「そんな顔しなくたっていいだろう? それが最も、マキアを黙らせることができる方法だって話さ」
〈いや、それはそうかもしれませんけど……〉
確かに、私がティターノマキアの主人となれば、地上から元凶を取り除くことができ、カオスシュラームに関してはパドル様達を始めとした神様が何とかしてくれるだろう。
それに加えて、私のことを神獣でも何でもないただの人として見ていたマキア様に対して、自らの愛剣が自分よりもただの人を選んだと見せつけることができれば、相当悔しがらせることができると思うし、何より得物を没収されるという罰を与えることができる。
責任逃れのためだけに自分の剣を手放した罰としては相応のものだろう。
もし私がティターノマキアの主人となれるなら、有効な作戦とも言える。
ただ、やはり前提の時点で不可能なのだ。神剣は、神様にしか扱えないのだから。
「君は一つ勘違いをしているようだが、別に神剣は神でなければ扱えないというわけではない。その武器を扱うにふさわしい実力を持った者ならば、神でなくても扱うことはできる」
〈でも、神様よりも優れている人族なんていないのでは? 私は、精霊とか竜とか色々混ざってますけど、神様より優れているかと言われたらそう言うわけではないと思いますけど……〉
「ああ、もちろんそうだろう。君は精霊にしては特殊な境遇にいるし、実力も高いだろうが、それだけでは神には及ばない。けれど、そんなものはいくらでも改変のしようがある」
「ネクター、その意見には概ね賛成だけど、ハクが耐えれるの?」
「なに、そのためのネクタルさ。どうせ取っておいても誰も使わないのだし、ここで使ってしまっても構わないだろう」
どうやらパドル様はこれから何が行われるのかわかっている様子。
でも、何もわからない私からしたらちょっとした恐怖だ。
ネクタルと言えば、詳しくは知らないけど神様のお酒だよね? 飲めばどんな怪我でも治すとか言われている奴。それを私に飲めと?
まあ、神様のお酒っていうならちょっと飲んでみたい気はするけど、そんなもの飲んで大丈夫なんだろうか……。
「私はマキアに怒っている。どうせ後始末は天使達がやるだろうし、この事件が解決しても、マキアは何の罰も与えられないだろう。でも、そんなのは不公平だろう?」
「そうね。マキアの行動は、私達神の品位を貶める行為。創造神が許しても、何かしらの罰は必要だわ」
「だから、私達でその罰を用意してやろうというわけさ。もし、ハクがティターノマキアをものにできたのなら、マキアは一体どんな憂き目にあうか、見ものだね」
「あら、店の常連にそんなことしていいの?」
「常連だからこそさ。唯一の逃げ場所として用意した酒場と、それを慰める私。マキアは一体どんな顔をするかな?」
「ネクター、性格悪いって言われない?」
「何を言う。私ほど誠実な神はそうはいないよ」
ネクター様もパドル様もなんだか勝手に話を進めてしまっている。
いやまあ、それでマキア様が反省してくれるなら私も賛成ではあるけど、私がどうなるのかが気になる。
ねぇ、誰か説明してくれませんか?
「さて、ハクも混乱しているようだし、一応説明しようか」
そう言って、ネクター様は作戦を説明し始めた。
目的としては、神剣ティターノマキアの主人の変更である。
主人をマキア様から私に変更することで、地上から脅威を取り除きつつ、マキア様にお灸をすえてやろうという作戦である。
で、その方法だけど、今のままだと、私がティターノマキアの主人に選ばれる可能性は物凄く低い。と言うか、ゼロなんだという。
神様から見て、私は精霊としてはかなり上位の位置に存在はするようだけど、それでも格が足りない。
なので、この差を埋めるために、ネクター様の薬を使用するのだという。
ネクター様はどうやら薬の神様のようで、様々な効果の薬を作ることができるらしい。
それを使えば、一時的に神格を与え、神様に近づけることも可能なのだという。
現在のティターノマキアは、カオスシュラームに侵されていて、非常に不快な思いをしている状態。いつまでも原因を取り除いてくれない主人に対して、不満を持っている。
だからこそ、一時的に神格を与えられただけの新米の神様だとしても、主人に選んでくれる可能性はあるのだという。
もちろん、ただ神様になっただけでは確率はまだまだ低い。だからこそ、他にも様々な薬を使い、とにかく一時的にでもいいから、マキア様よりも優れた神様に仕立て上げようということらしい。
しかし、いくらネクター様の薬で強化するとしても、そんな膨大な力が加われば、私の体が耐えられない。
だからこそ、それを何とかするために、ネクタルを使うのだという。
ネクタルは、神様が飲むお酒であり、飲むとどんな怪我や状態も瞬時に回復させることができるという代物だ。
まあ、ただ治すだけなので、力を与えられたことで少しばかり苦しくはなるかもしれないが、それさえ我慢すればティターノマキアを奪える、と言うわけである。
「……と、こんな感じだ。何か質問はあるかな?」
〈……まあ、私がティターノマキアの主人になれば、マキア様にも罰を与えられるし、地上も救えるってことはわかりました。でも、それは何も私である必要はないのでは?〉
ネクター様の薬を使えば、確かに私でも神様になれるかもしれない。
でも、わざわざそんな手間などかけなくても、元から神様の、例えばパドル様とかを強化してやればそれで済む話な気がする。わざわざ私を強化する必要はない気がするのだが。
「確かに、ハクを一から強化するのは手間だ。でも、考えてみてほしい。私やパドルがティターノマキアを奪ったとしても、私達は元から神だ。悔しがりはするだろうが、納得もしてしまうだろう。しかし、神でも何でもないハクが主人となったなら、話は変わってくる」
〈……その方が衝撃が大きいってことですか?〉
「その通り。ここできっちり反省させておかなければ、マキアはまた過ちを犯すだろう。だから、少しでも心に響くような体験が必要なのさ」
そう言ってにこりと笑うネクター様。
うーん、まあ、理屈はわかるけど……私なんかでいいんだろうか?
そりゃ、神様でない人が神剣の主人になることが衝撃的な出来事に繋がるなら、私が適任なんだろうけど、正直不安でいっぱいである。
そう言う意味では、私じゃなくてお父さんでもいいわけだし、そもそも同じ過ちを犯す前に周りが監視してくれたらいいだけの話だ。
酒場での出来事を見る限り、神様にもきちんと感情はあり、間違ったことをしたら正そうとする意思はあるように見える。
今回の件は私達の方が気付くのが早かったけど、神界で起こった出来事なんて普通は私達が気づけるわけないんだし、そちらできちんと管理してほしいと思うのが正直なところ。
人族が神様の生活を真似てるようだから環境も近いのだし、法律を整備するなり、警備隊的なものを作るなりすればいいんじゃないだろうか。
それとも、神様だからそう言うのはダメなのか? いまいちそのあたりがよくわからない。
私はどうしたものかと無表情の裏で考えていた。
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