第十七話:対応策は
連れてこられたのは、ネクター様の家だった。
どうやらお店らしく、並べられた壺の中には薬草や、ポーションのような液体が入っている。
もしかしたら、そう言う系の神様なのかもしれない。酒場まで経営しているのは謎だけど。いや、経営してるとは限らないけどさ。
「ひとまず適当な場所に座ってくれ。と言っても、その姿なら伏せた方が楽かな?」
〈あ、えっと、はい、大丈夫です〉
酒場と同様、扉は私の体よりも小さかったが、首を突っ込むとシュルシュルと体が縮んで入れるようになっていた。
どの家でもこれが標準仕様なのだろうか。なんとも便利な機能である。
「さて、マキアについてだが、どうしたものかね」
「あいつは変なところで頑固だからね。一度知らないと言ったらとことん知らないと言い続けるでしょう」
用意されたハーブティーに口を付けながら、二人が口を開く。
言い訳だけを聞いていれば、ただの子供のようにも見える。
ばれたら親に怒られるから、自分は知らないと言い続ける。それが誰にとってもばれている嘘であっても、認めてしまったらそれこそ白状するようなものだから、絶対に認めない。
そんな頑固者な子供。だけど、それが神様であると、とても厄介なことになる。
いくら頑固者な子供でも、親や先生から諭され続ければ、いつかは折れるだろう。折れないにしても、何かしら理由をつけて納得させるはずだ。
しかし、マキア様は神様である。強大な力を持っていて、その気になれば嘘をほんとにすることくらいできてしまうだろう。
神様の序列がどうなっているのかは知らないが、もしマキア様より上の神様がいないのなら、誰も諭してくれる人がいないということになる。
そうなってしまうと、一体誰がマキア様を説得するのか、それが一番の問題だ。
「方法としては大きく二つある」
一つは、マキア様より上位の神様、というより、すべての神様の頂点に君臨する、創造神に助けを乞うこと。
わかりやすく言うなら、マキア様の上司なわけだし、創造神は無から有を作り出すこともできる。
たとえ地上がどんなにカオスシュラームに覆われたとしても、それを払い、再生させることも可能だろうとのこと。
ただ、創造神はそう簡単に動ける人物ではない。この神界すべてを見守る存在であり、基本的には傍観主義だ。星そのものがなくなるというならもしかしたら手を貸してくれるかもしれないが、そうでないなら手を貸す可能性は圧倒的に低い。
ましてや、神でも何でもない私なんかの頼みを聞くとは思えない。
もう一つの方法は、武力で黙らせること。
マキア様は戦いを好むらしい。地上に降りれた頃から、人々に戦うことを教え、地上に降りれなくなった後も、別世界に行っては戦いに明け暮れていた。
言うなれば戦闘狂であり、戦いで屈服させることができたなら、素直に言うことを聞く可能性は高いとのこと。
ただ、これもかなりのリスクが付きまとう。
そもそも、この神界において神様同士が喧嘩することは許されない。ここは常に平和でなければならず、それ故に一切の戦闘行動は禁じられているようだ。
だから、そもそも戦う場所がないというのが一つ。
もう一つは、マキア様は相当強いということだ。
仮に別世界に行くなどして場所を整えたとしても、マキア様はかなり強い。戦いの神にも劣らないほどの実力を持ち、パドル様やネクター様も真正面から戦っては勝てないとのこと。
当然、私だって無理だ。そもそも、戦う前に心が折られてしまう。
今はパドル様のおかげなのか、心の平穏は保たれているけれど、再びあの威圧を向けられたら立っていられる自信がない。
戦いで決着をつけるというこの方法は、たとえ神剣がないとしても、マキア様にとって有利すぎるのだ。
「一応、話し合いで解決するって方法もなくはないけど」
「まあ、無理だろうな。マキアは頭が固い」
まあ、あの様子を見る限り、少なくとも私やパドル様が言ったところで無駄だろう。
あんなので本当に責任逃れできると思っているのかが不思議だが、神界だとそれが普通なのだろうか?
もし法律のようなものがあるのなら、それに違反しているのならそれを理由に非を認めさせられそうだけど。
「地上の戦いに参加した者は地上に対して不干渉、と言うのに引っかかるかもしれないが、証拠がない。いくら状況証拠が揃っていても、周りの神から責められるだけで、別に罰則のようなものはないんだ」
〈なんですか、それ……〉
証拠なんて、神剣の持ち主と言うだけで十分だろう。神剣は持ち主以外は、たとえ神様であっても扱えないようだし。
確かに、例外はあるかもしれない。許可を得れば他の人でも触るくらいできるのだから、それを利用すれば別の誰かが地上に神剣を落とすことも可能だろう。
だけど、あの態度を見て、一体誰がそんな可能性を考えるのか。
これだけ証拠が揃っていても、罰則はないなんておかしい。
私は怒りで奥歯を噛みしめた。
「後は、そうだな。ティターノマキアの主人を書き換える、とかか?」
〈そんなことできるんですか?〉
「理論上はね。そもそも神剣を始めとした神具は持ち主を選ぶ。地上に残されているガラクタも、そんな性質がなかったかな?」
〈そう言えば、確かに〉
地上に残された神具も、使い手を選ぶ。使い手に選ばれなければ、そもそも扱えないのが神具なのだ。
神様が持つ神具もそれと同じで、神具に主人と認められているからこそ、その神様にしか扱えないということになっているらしい。
だから、もしその神具が今の主人よりももっといい使い手を見つけたなら、持ち主の書き換えも可能なのだという。
「もちろん、普通はそんなことできない。人ならともかく、神を選んだ神具にそれより優良な持ち主がいると思わせるなんてまず無理だ」
〈じゃあ、どうしてそんなことを〉
「いやなに、今ならまだ可能性があるかと思ってね」
現在の神剣ティターノマキアはカオスシュラームに侵されている。
カオスシュラームは武器にも効力を及ぼし、闇の魔力を宿した存在に変えるが、流石に神剣は変えることができない。内包する神力が強すぎるのだ。
だが、不快であることは事実。神剣に意思が宿っているかはわからないが、いつまでも払ってくれない持ち主に対して、不満を抱いていても不思議はないとのこと。
であるなら、よりふさわしい持ち主がいれば、主として認めてもらえる可能性はなくはない、らしい。
「もし持ち主を変更することができれば、後は簡単だ。その人物が神剣を神界に持ち帰ればいい」
〈なるほど……〉
確かにそれならわざわざマキア様に許可を得る必要はないし、安易に神剣を手放したマキア様にちょっとお灸をすえることもできるだろう。
カオスシュラームについてはパドル様やネクター様も何とかしてくれるらしいから、元凶である神剣さえなんとかできれば、今回の事態は終息に向かうはずである。
ただ、それをやるにしても、そんな相応しい神様がいるのだろうか? あの剣、かなり大きかったし、本来の姿は別にあるのだとしても、持てる人は限られそうだけど……。
私は期待と不安が入り混じったようなため息をついた。
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