第十五話:酒場にて
しばらく歩くと、酒場へと辿り着いた。
ただ、酒場と言っても、見た目は全然酒場らしくない。
真っ白だし、酒場の看板すらない。一目見ただけで、ここが酒場だと気づける人はそういないだろう。
しかし、パドル様は臆することなく扉を開け、中へと入っていた。
「大丈夫だから、続いて入ってきてね」
〈は、はい。あ、でも、この姿じゃ入れないでしょうか〉
「大丈夫だと言ったでしょう。気にしないで扉をくぐってみて」
パドル様はそう言うが、本当に大丈夫なんだろうか。
確かに、酒場の入り口は普通よりも大きめのサイズではあるが、流石に今の私の体は通らない。
下手したら壊してしまうと思うんだけど……。
〈パドルが言ったのだ。壊してもこちらの責任にはならん〉
〈そ、それはそうかもしれませんが……〉
〈では我から入ろう。それなら多少は気負わずに済むだろう〉
〈あ、お父さん……〉
私が止める間もなく、お父さんは酒場の入口へと首を突っ込む。
すると、その瞬間、不思議なことが起こった。
お父さんの体は今の私と比べてみても相当に巨大ではあるが、その体がどんどん小さくなっていくのだ。
しゅるしゅると縮んでいき、やがてその大きさは、人間とそう変わりないくらいまで小さくなった。
翼が少し窮屈そうではあるが、これなら確かに通ることはできるだろう。
〈なんというか、流石は神界と言うか……〉
もしかしたら、ここでは私の常識は通用しないのかもしれない。
私はお父さんの姿を見て覚悟を決めると、意を決して入り口に首を突っ込んだ。
体が縮んでいく感覚がする。痛みもなく、こそばゆいということもないが、何の感覚もないのが逆に少し怖かった。
しばらくすると、私もお父さんと同じくらいの大きさに収まる。
この大きさで見ると、親子と言うよりは兄妹と言う風に見えるかもしれないね。
「いらっしゃい。パドルがここに来るとは珍しい、何か用事かな?」
「ええ、ちょっとこの子達の案内をね」
「ほう、なんだかおもしろそうだ。私でよければ力になろう」
そう言って話しかけてきたのは酒場の店主らしき人。
酒場の中には数人の人々がテーブルを囲んでいる。
地上の酒場と同じように、ジョッキを片手に料理を食べているようだ。
店主は気のよさそうな青年の姿をしているが、これも偽りの姿と考えると油断できない。
神力の濃さも相まって、緊張でちょっと吐きそうだ。
「ならさっそく。マキアはいるかしら?」
「マキアならそこに。ほらマキア、お客さんだ」
「んぁ?」
店主はカウンターでうつ伏せになっていた人物を揺り起こす。
見た限り、かなりの大男のようだ。筋肉隆々で、着ている服がはちきれんばかりである。
まあ、ティターノマキアの大きさを考えると、これでも小さい方ではあると思うが。
あれはそれこそ巨人でもなければ扱えないと思う。今ここにいるマキア様は、せいぜい身長3メートル程度だろう。それでも私からしたら大きいが。
「んだよ、気持ちよく寝てたのに」
「店で寝ないでほしいのだがね。さっきも言ったが、お客さんだ」
「客? いったい誰が……あん?」
こちらに目を向けてきたマキア様は、胡乱な顔で首を傾げている。
まあ、私達神様じゃないしね。神界にいるのが珍しいんだろう。
これからこの方に意見しなくちゃいけないと思うとちょっと緊張するけど、ここまで来た以上は引くわけにはいかない。
私は一歩前に出ると、話しかけた。
〈お初にお目にかかります、マキア様。私はハーフニル・アルジェイラが娘、ハク・アルジェイラと申します〉
「ハーフニルの娘だぁ? ハーフニルってぇと、パドルの神獣か。その娘が何の用だ」
〈あなた様が持つ神剣、ティターノマキアについてお話がございます〉
「あー、なんも知らねぇよ。俺の剣を俺がどうしようと勝手だろうが」
ティターノマキアの名前を出した途端、露骨に焦り始めるマキア様。
まだ何も言ってないのに、どうしようが勝手と言うのはおかしな話である。
やはり、神剣を落としたことを隠しているというのは本当のようだ。
〈先日、地上にて神剣ティターノマキアを発見しました。その神剣はカオスシュラームに侵されており、その泥を吐き出し続けていました。このままでは、地上は泥に侵され、死の土地になってしまうでしょう。ですので、一刻も早く回収し、カオスシュラームを除去していただきたく思います〉
「だ、だから知らねぇって。ハーフニル本人ならともかく、お前は神獣ですらねぇだろ! いったい誰だ、神獣でもない奴を神界に招き入れたのは!」
そう言って大声を上げるマキア様。その様子に、周りで飲んでいた神様達も何事かとこちらを見てくる。
ただ大声を上げただけなら、そこまで怖くもないが、その声には相当な威圧が乗っていた。
まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚が走り、足が震えて動かなくなってくる。今すぐにでも逃げ出したい。そんな恐怖が心の中を埋め尽くしていく。
けれど、私は折れなかった。
確かに神様に意見するのは怖い。下手をしたら消されてしまうかもしれない。けれど、ここで退いたら多くの人が犠牲になるかもしれない。その中には、お姉ちゃんやお兄ちゃん、大切な人達も含まれるかもしれない。
そんなの絶対ごめんだった。
仮にここで消される羽目になっても、私は絶対に退くわけにはいかないのだ。
「私よ。私の神獣であるハーフニルの娘なら、素質は十分。神力もわずかながら持っていたし、私の神獣として迎え入れたわ」
「貴様か! お前わかっているのか? 神界に神以外を入れるのは神界の秩序を乱す行為だ。ついこの前までは地上との交流のために仕方なく許されていたが、今はそれもない。このタイミングで神界に神獣でもない奴を招き入れるのは、創造神にたてつく行為だぞ」
「何を寝ぼけたことを言うかと思えば。秩序を乱していたのはあなたのような喧嘩っ早い神がいたからでしょう。神獣のせいではないわ。それに、私は創造神様よりすでに許可をいただいております。神界全体に伝達されたことだし、あなたも知らないわけではないでしょうに」
「し、知らねぇよ。いつの話だ」
「ほんの数分前よ。それとも、寝ぼけて確認できてないのかしら?」
「うるせぇ! だからどうしたってんだよ!」
パドル様に対して怒声を浴びせるマキア様。
私から狙いが逸れて多少なりとも軽減はされたが、やはりその威圧感は半端じゃない。
表情は変わらないけど、内心では心臓がバクバクしている。
そんな私を見て、お父さんはそっと寄り添ってくれた。
今のうちに呼吸を整えよう。深呼吸……。
「それより、神剣の件、私も聞いたわ。今、リエルに確認を取らせたけど、確かにティターノマキアのようね。自慢の神剣を手放すなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
「だ、だから知らねぇって! 俺はティターノマキアを落としたりなんてしていない!」
「別に落としたなんて一言も言ってないけどね。それに、カオスシュラームまでくっついてるらしいじゃない。確か、少し前に遊びに行くって外世界に行ってたわよね?」
「知らねぇっての!」
パドル様の責めにも知らないと一点張り。
まあ、そんな態度で言っていたら自分がやりましたと白状してるようなもんだと思うけど、案外神様も感情を制御するのは難しいのだろうか。
震えはまだ収まらない。けれど、その幼稚な言い訳に少しばかり余裕は生まれてきた。
なんとしてでも、ここで非を認めさせて、神剣を回収してもらわなくてはならない。
私はもう一度深呼吸をすると、気合を入れ直した。
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