第十二話:面倒くさがり
「……リエルさんは、マキア様の担当じゃないですよね? それなら、リエルさん自身は面倒を被らなくてもいい気がしますが、そう言うわけにはいかないんですか?」
「まあ、確かに私自身はやらないかもしれないけど、私達天使はみんな出来事を共有しているから、面倒事やらされると私にも影響が出るんだよ。ただでさえ、面倒見るの大変だしさぁ……」
話を聞く限り、天使は複数いるが、その記憶をすべて共有しているらしい。だから、一人が疲れるようなことをやれば、天使全体がそういう影響を受けるようだ。
もちろん、記憶だけなので実際に疲れることはないみたいだけど、記憶だけでも面倒なことをやらされたと思うとやる気が上がらないらしく、できることなら避けたいことらしい。
どうやら、日頃から無理難題を押し付けられている予感がする。何となく、昔の職場を思い出した。
いや、あそこは別にブラックと言うわけではないけど、私は結構残業してたからなぁ。世間的にはブラックだったかもしれないね。
〈面倒も何も、貴様らの監督不行き届きだろう。自分がしたことの責任くらい果たせ〉
「簡単に言うけど、単純に地上の統治するのと違ってめちゃくちゃ面倒なんだからね? 特に神剣の回収なんて……ああ、思っただけでも面倒くさい」
「そんなに大変なんですか?」
「大変よー? まず、マキア様に直接話を付けに行かなくちゃいけないのが面倒」
神剣は基本的に持ち主である神様しか扱うことができない。それ以外の人が持とうとすれば、強く弾かれ、触ることもできないだろうとのこと。
なので、本来はその本人が取りに来るべきだが、その神様は地上に来るのを禁じられている。
だから、まずはそのマキア様にお伺いを立てて、神剣を扱ってもいいという許可をいただく。こうすれば、一時的にではあるが、天使でも神剣に触るくらいはできるらしい。
そうして持ち帰り、マキア様に返せば、万事解決である。
ただ、今回の場合はそれにカオスシュラームと言うお邪魔虫がついている。
それが、さらに面倒くささを増しているというのだ。
「カオスシュラームがついてたってことは、まーた別世界に喧嘩売りに行ったんだろうね。まあ、地上に降りることを禁じられちゃったんだからそっちに行くしかないんだろうけど、だったら対策くらいしてくれたらいいのに」
カオスシュラームは、言うなれば別世界から巻き込まれた異物のような扱いらしい。
本来は、神界に戻る際にそれらをすべて除去してから帰るんだけど、何らかの理由でそれが満足にできていなかったから、神剣にそれが付着したままになってしまい、結果、今の状態になっているようだ。
私達にわかりやすく言うなら、花粉が多い時期に外に出て、家に帰った時に花粉を払わないまま部屋に入ってしまった、みたいなものだと思う。
なんか、花粉って言うとそこまでって感じはするけど、花粉症の人にとってはかなり重要なことではあるし、それが今回は地上を汚染する物質で、さらに勝手に広がっていくというものだったというのだから質が悪い。
「カオスシュラームの除去もめちゃくちゃ面倒。あれ、勝手に広がっていく上に、神剣を媒体にしてるってことはその性質もかなり強いはずだし、私達でもかなり手を焼くのは目に見えてる。と言うか、一人じゃ足りないから私まで駆り出される可能性が高いなぁ……」
カオスシュラームの除去は一応方法はあるらしい。
ただ、それをやるのは天使達で、しかも一人では完結しないくらいの規模となるとさらにやる気が削がれる。
一応、神様が手伝ってくれるなら多少は楽になるようだけど、仕えている身でそんなこと言えるわけもないとのこと。
「だからできればそっちで勝手に解決してほしいなぁ、なんて」
〈できるならとっくにやっている。そもそも、カオスシュラームについては我もほとんど聞いていない。知らないものをどう対処しろと?〉
「まあ、それはそうなんだけどさ……。うーん、やるかぁ?」
リエルさんは腕を組みながらうんうん唸っている。
まあ、気持ちはわからなくもない。上司の不始末を片付けさせられようとしているのだから、面倒なのはわかる。
……でも、でもね。その言い訳は今やっていいものじゃない。
「……気持ちはわかります。けれど、このままだと地上は死の土地になってしまいます。せっかく生き延びた人達も、闇の眷属となって、信仰も廃れていくでしょう。それでも、面倒だからとやらないんですか?」
「いや、やらないとは言ってないよ? どうせその内やらされるんだろうし。でも、仕事を押し付けられるならともかく、自分からやりたくないというか……」
「……それが、天使の総意なんですか?」
「今のところは私だけの言葉だけど、みんなそう思ってるんじゃないかな。ハクちゃんだって、嫌な仕事はしたくないでしょ?」
「ええ、そうですね。嫌な仕事はやりたくありません」
「じゃあ、わかってくれるよね!」
「いえ、ちっともわかりません」
「えっ……」
虚を突かれたような表情になっているけど、何を驚いているんだろうか。
そりゃ確かに、嫌な仕事はしたくないのは当たり前だ。自分の仕事だったというならともかく、それが押し付けられたものだったり、現場を見もしない上司が適当に難癖付けたものを直す作業なんてまっぴらごめんである。
でも、誰かがやらなければ会社は回らない。面倒だから後回しにし続ければ、いつか破綻し、会社は倒産するだろう。
まあ、そうなる前に改革しろって話だけど、今回の場合は会社に当たるのは地上すべてである。
かつて神々が愛した人族が暮らす場所。それを、面倒だからと言う理由で壊してしまう? そんなことして見ろ、天使達の首は漏れなく飛ぶだろう。
それに何より、面倒だからとずるずると後回しにし続けたら、カオスシュラームはどんどん広がっていく。
同じ面倒な作業なら、まだ楽な序盤にやった方がいいに決まってる。
理不尽だと思うのは仕方ないだろう。でも、やってしまったことをなかったことにすることはできないのだから、きちんと責任は取るべきだ。
「嫌な仕事でも、いつかやらなければいけないのなら、さっさと終わらせて、残りの時間で惰眠でもむさぼった方がよっぽど建設的です。それに今回は時間を追うごとに広がっていくもの。序盤が一番簡単なのに、それを先延ばしにしてしまったら、余計面倒になってやらないでしょう。天使は崇高な生き物だと思っていましたが、ただの穀潰しなんですか?」
「む、穀潰しは心外だなぁ。これでもバリバリ働いてるキャリアウーマンなんだよ?」
「だったら面倒くさがらずにやってください。私だって天使様と崇めたいですけど、今のままだったらとてもそんな目では見れません」
「言うねぇ。ちょっとハーフニル、娘のしつけがなってないんじゃないの?」
〈しつけも何も、正論だろう。さっさとやれ、穀潰し〉
「うっ、まあ普通そっちに味方するか……」
旗色が悪くなったと見たのか、リエルさんは苦虫を噛み潰したような顔をしながらため息をついた。
「わかった、わかったよ。報告はする。けど、多分私が言っただけじゃ動かないと思うよ?」
「なんでですか。地上が大変なんですよ?」
「それはわかるけど、さっき私の記憶を読んだマキア様付きの天使が聞いてみたらしいんだよ。神剣が地上にあるみたいですよーって」
「……それで?」
「そしたら、マキア様は知らないってさ」
「……は?」
落とした持ち主が知らないってどういうことだ。
私は少しイラつきながら、頭の上に疑問符を浮かべた。
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