第七十七話:事情を説明する
魔力切れで昏倒するとかいつぶりだろうと考えて、そう言えば闘技大会でもやっていたなと思いだす。
つまり、今回の脱出は闘技大会と同じくらいの魔力を消費したということだ。
魔法的には単純なことしかしていない。けど、やはり魔力が使いづらい身体というのは大きなデメリットらしい。
自分はそういう面では恵まれていたなと思いつつ、今の現状を呪う。
必死に体を浮かせ、どうにかアリシアの家まで辿り着くことはできたが、気を失ってしまった。
間にあったかどうかは微妙なラインだったが、どうやら私は賭けに勝ったらしい。
目が覚めるとそこは暖かな雰囲気の一室だった。
貴族というには質素だが、平民というには豪華な調度品の数々。壁には宝飾のなされた剣が飾られ、その隣には絵画が飾られている。
私はどうやら箪笥の上に置かれているようだ。そして、前方にあるベッドには見覚えのある少女が眠っている。
ベッドに広がるプラチナブロンドの髪にあどけなさの残る顔立ち。それは紛れもなくアリシアさんの姿だった。
恐らくここはアリシアさんの私室だろう。窓の外が暗いところを見ると、もう夜になっているようだった。
ともあれ、無事にアリシアさんに保護されることが出来た。明日になったら事情を話して匿ってもらうとしよう。
それまで少しでも寝て魔力を回復させておきたいところだけど、寝れるかなぁ。
瞼が閉じられず、開きっぱなしの目では寝ようにも寝られない。
結局、私が休むことが出来たのはかなり時間が経ってからだった。
翌日、熟睡とは程遠い睡眠を経て朝を迎える。
アリシアさんは未だに寝ているようだけど、じきに目を覚ますだろう。
多少なりとも寝られたおかげで魔力も大体回復できた。これでまた飛べる。
とはいえ、あんまり動くのはよくないかもね。ただでさえ目立つのに外に行ったら奴らの仲間に見つかりかねないし。
アリアはちゃんと助けを呼んでくれただろうか。最悪お姉ちゃんに危険が迫っていることを伝えてくれさえすればこちらは今のところ大丈夫だからいいんだけど。
「う、ん……」
お、どうやら目を覚ましたようだ。
早速声をかけよう。
『アリシアさん、アリシアさん』
「ん……誰?」
目をこすりながら起き上がるアリシアさんはくぁと欠伸を一つすると周囲を見渡す。
当然、部屋には誰もいない。
「気のせい?」
『アリシアさん、こっちです』
「やっぱり聞こえる。どこ?」
『ここです。箪笥の上です』
出所不明の声を訝しみつつもアリシアさんは私の方へと近づいてきてくれた。
箪笥の上には私しかいない。これで気づいてもらえるといいんだけど。
「……まさかこのぬいぐるみが喋ったわけじゃないよね」
『そのぬいぐるみです。アリシアさん』
「マジか……」
思わず素の口調が出て来ている。まあ、いきなりぬいぐるみが喋りだしたら困惑するよね。
眉間に皺を寄せながら私を持ち上げ、どこかに細工がないかを調べている。
ぐにぐにとあちこちをいじられて少しこそばゆい。
「何か仕掛けがあるわけじゃないみたいだな。お前、なんなんだ?」
『私です。ハクです』
「え、ハク? そりゃ確かに似てるなぁとは思ってたけど」
『本人です。訳を話しますから聞いてもらえますか?』
「なんだかよくわからないけど、わかった」
よし、何とか話は通じそう。
私は今までの経緯をアリシアさんに説明する。
いきなりぬいぐるみに変えられ、囚われていた屋敷から逃げ出したということを聞くと、アリシアさんはさらに皺を深めた。
「おいおい、人をぬいぐるみにする魔法なんて聞いたことないぞ」
『私だってないですよ。これでもかなり混乱してるんですから』
「まあ、だろうな。で、そいつから守って欲しいわけだな?」
『はい。どうにかお願いできませんか?』
「おう、任せとけ。お前のことは俺が守ってやるよ」
ドンと胸を叩いてそう言うアリシアさん。
やっぱりアリシアさんを選んでよかった。ほっと安堵するとともに、これからの対策を考える。
『それで、やっぱりこの魔法に心当たりはありませんか?』
「ないな。見たことも聞いたこともない」
いつまでもこの姿のままというわけにもいかない。どうにかして戻りたいところだが、やっぱりアリシアさんも知らないようだった。
アリアも魔法というよりスキルと言っていたし、魔法を解析して解除するというのは難しいだろう。
となると、残される手段としては私をこんな姿にしたあの女の子に戻してもらうってことだけど……。
「いや、それは無理だろう」
『ですよねぇ』
戻してくださいと言ってはいわかりましたと言って戻してくれるほど甘くはないのはわかりきっている。
あの子が何の目的で私をこんな姿にしたのかはわからないけど、こんなことをするからには何か理由があるはずだ。
見たところ、あの子は例の犯罪組織の仲間のように思える。同じローブを纏っていたし。
となるとそっち絡みだろうか。
そういえば、奴らの仲間が最近無残な死体となって発見されてるって話があったような……。
うーん、それと結びつけて考えたいところだけど、情報が少なすぎる。
あの子が組織の中でどういう立ち位置なのかもわからないし、あんな惨い殺し方普通の子供にできるとは思えないしね。
まあ、それは置いておこう。奴らの仲間が私を狙う理由を考えてみる。
私は巷ではオーガ騒動を鎮めた英雄とされている。オーガ騒動は奴らが仕組んだものであり、その目的は王都陥落だと思われた。
オーガの特殊個体が百体も攻めてくれば、遠征によって騎士団の大多数がいなくなっている今の王都はひとたまりもなかっただろう。
それを私が止めた。いや、実際には他の冒険者達の力添えもあってのことだけど、世間ではそういう風に言われている。
だとすれば、奴らはさぞかし私を恨んでいることだろう。なにしろ、かなり前から企んでいたと思われる計画を潰してしまったのだから。
恐らくあの計画はもっと後に行われるものだったんだろう。だけど、お姉ちゃんが組織のアジトを強襲したことで計画を早めざるを得なくなった。
とすれば、お姉ちゃんが狙われるのも納得できる。
狙いは私達への復讐かな? でも、それだったらさっさと殺せばよかったのに、なんでこんな手の込んだことするんだろうか。
いや、絶望的な状況なのはわかる。魔法が使えなかったらこの体は動くことも喋ることもできないわけだし、永遠に監禁しておくのならかなり効果的だろう。
痛覚も残っているようだし、拷問されたりしたら堪ったものではない。
じっくり苦しめてから殺すつもりなんだろうか。
……もしかしたら、あの子はただ能力を利用されているだけかもしれない可能性もあるね。だとしたら、ワンチャン交渉の余地はあるかも?
うーん、でも流石にまたあそこに戻るのは悪手だよね。せっかく逃げ出してきたわけだし。
『他に方法はないですかね』
「うーん、教会に行くって言うのも手だけど、呪いってわけじゃないみたいだしなぁ」
呪いの類だったら教会に行けば解呪してもらえる。だけど、これはスキルによるものだ。教会に行っても無意味だろう。
うーん、術者が死ねば解除されるって言うのは定番だけど、あの子を殺すって言うのもなぁ……子供ということもあって正直気が引ける。
そんな状況じゃないのはわかってるんだけどさ。
あーだこーだ考えるが、やはりいい案は浮かばない。
ずっとこんな姿で生きていくなんて御免だし、一体どうしたらいいんだろうか。
感想ありがとうございます。