第十一話:神界からの使者
それからしばらく飛び続け、かつて大神殿と呼ばれた場所までやってきたようだ。
大神殿と言うだけあって、立派な建物だったのだろう。そこには今もなお形を残す大きな建物があった。
残っていると言っても、そのほとんどは崩れていて、かろうじて建物だと認識できる程度ではあるけど、それでも何もないのとこれだけ残っているのでは雲泥の差がある。
立ち込めている神力もかなり濃いようで、私は吐きそうになりつつもそれを見つめていた。
〈ここが大神殿だ。かつて神が集っていた場所も今ではこのざまか〉
「す、凄い神力ですね……」
〈戻ってくる気がないのか、新たな場所に神殿を作らせる気かは知らないが、今でも神を純粋に信仰している奴がいるかは疑問だな。……いや、今ならむしろいるのか? 過去の過ちも、今となってはねじ曲がって伝わっているようだしな〉
お父さんがぶつぶつと言っている。
確かに、学園で伝えられている歴史では、神様が争っていたなんてことは伝わっていない。むしろ、世界を滅ぼしかねない大災厄から人々を救ったとして崇められている。
救ったどころか、その大災厄を引き起こした張本人な気はするけど、実際今生きている人達は、大抵がその話を信じている。
だから、みんなそれぞれ崇める神様は違えど、信仰している神様はいるし、成人の儀でも、神様から成人だと認められるという風にされている。
そう考えると、昔ほどではないにせよ、神様の信仰は厚いかもしれないね。
「お父さん、神界への道は見つかりそうですか?」
〈探しているが、かなり巧妙に隠されているようだ。神力を扱うのが久しぶりと言うのもあるかもしれんが……〉
お父さんは一度地上に降り、きょろきょろと辺りを探っている。
神界への道と言うのは、一体どういうものなんだろうか?
単なる道なのか、それともワープホールみたいなものなのか、それによっても隠され方が違ってくる気がする。
見ているのが空だから、空に何かあるんだろうか?
私はちらりと空を見上げてみる。
地上と違って、空は雲一つない青空が広がっている。
神界と地上の違いを見せつけられているようで、なんだか複雑な気分ではあるけど、空が明るいのはいいことだ。
「……ん?」
空を見上げていると、何かがきらりと光った気がした。
見間違いかと目をこすって再び見て見たら、またきらりと光ったのが見えた。
どうやら見間違いと言うわけではなさそうである。
もしかして、あれが神界への道?
〈なるほど、少しは気の利く神もいたということか〉
「どういうことですか?」
そうこうしているうちに、光が近づいてくる。
近づくにつれて、それが何なのか把握することができた。
純白の衣装を身に纏った人型の存在。その背には白く美しい翼が生え、頭の上には光の輪っかが浮かんでいる。
その姿はまさに、天使と呼ぶにふさわしかった。
「***!」
〈何が久しぶりだ。地上のこの惨状を見て、よくもぬけぬけと降りてこられたものだ〉
「***! ****!」
〈どうだかな。そもそも、貴様らの仕事は神のお目付け役だろう。今はきちんと宥められたんだろうな?〉
「****」
〈全くふがいないことだ〉
天使と思われる人物は、ふわふわと宙に浮きながら、お父さんとなにやら会話をしているようである。
ただ、何言ってるかさっぱりわからない。
これでも、竜の谷での英才教育のおかげで、言語には割と自信がある私だけど、それでも聞き取れないとなると、地上の言葉ではないのかもしれない。
天使語? みたいなものだろうか。
そういえば、神様の言葉って私が理解できるものなんだろうか? なんかそこから問題な気がしてきた……。
〈それより、我の娘が困っている。きちんと人族にも理解できる言葉で話せ〉
「***?」
〈ああ、娘だ。貴様とて存在は知っているだろう〉
「***!」
〈明らかな怠慢だな。なら紹介してやるから言葉を直せ〉
そう言って、お父さんは私の方を見やる。
えっと、挨拶すればいいのかな?
「は、初めまして。えっと……」
「***? ……あー、こうかな? 初めまして娘ちゃん。私はリエル。天使なんてやってまーす」
「え、あ、えっと、私はハクです。よろしくお願いします?」
挨拶すると、きちんとこちらにもわかる言葉で話しかけてきてくれた。
この言葉はシャイセ大陸の共通語だけど、あちらも同じような言葉に聞こえる。
いや、どっちかと言うと、そう言う言葉に変換されて聞こえるというべきかな?
何となく違和感があって、何か別の言葉を言っているように聞こえるけど、頭の中に響いてくる頃には私にもわかる言葉に変わっているというか。
天使ならではの翻訳術だろうか。なんか凄いな。
「なかなか可愛いじゃない。ほんとに男の子だったの?」
〈それは間違いないな〉
「まあ、見た感じそれなりに年を経ているみたいだし、馴染んだってことなのかな」
リエルさんはじろじろと私の方を見ながらそう言う。
私の見た目じゃ年齢なんてわかんないと思うけど、結構年を経ているってわかるものなんだろうか。
まあ、わかってもせいぜい700年ちょっとではあるけど。
「それで? 何しに来たのよ」
〈貴様の上司の不始末を直させに来た〉
「不始末? 色々ありすぎてどれのことかわからないんだけど、どれよ?」
〈ティターノマキアと言えばわかるか?〉
「ああ、マキア様ね。あの方がどうしたの?」
〈奴の剣が地上に振ってきて、カオスシュラームをばらまいている〉
「……え、まじで?」
リエルさんは驚いたように目を丸くしている。
聞いている限り、リエルさんは神様に仕えている存在のようだけど、どうやら把握していなかったらしい。
そんなに情報伝達が甘いのかな? いや、リエルさんがそのマキア様に仕えているってわけではなさそうだし、その神様に仕えていなきゃわからないものなのだろうか。
「あー、んー……ちょっと私には処理しかねますねぇ」
〈ふざけるな。神の不始末は貴様らが片付けるものだろう。何とかしろ〉
「そんなこと言われても、私の担当じゃないし……」
困った様子のリエルさん。
まあ、確かに担当じゃないのにどうにかしろと言われてもどうにもできないのかもしれないけど……ならせめて、報告くらいはしてくれないだろうか?
こうして降りてきてくれたのだ。これなら、わざわざお父さんが神界の道をこじ開ける必要はないし、神界に直接行って話を通す必要もない。
リエルさんが伝えてくれさえすれば、神様だって対処してくれるだろう。
「あの、このことを神様に伝えてはいただけませんか? このままだと、地上が大変なことになってしまいます」
「んー、そう言われてもなぁ……」
めちゃくちゃ渋っている。
なにか、伝えたくない理由でもあるんだろうか?
「いや、伝えることはできると思うよ? でも、多分しばらくは動かないと思うんだよね」
「どうしてですか?」
「例えば、間違って雷を落としちゃって国一つ消し飛ばしちゃいましたとか、地上を見て遊んでたら運悪く大津波を起こして沈んじゃったとか、そう言うのなら私らで何とかするんだけど、流石に神剣をどうにかするのは面倒くさすぎるというか……」
神剣と言うのは、文字通り神様の扱う剣であり、地上に残されている神具と違って、きちんと神様しか扱えないようになっているらしい。
そうなってくると、あの神剣ティターノマキアは、持ち主であるマキア様しか持つことができず、地上に落としたものを回収するにはマキア様に地上に顕現していただく必要があるらしい。
しかし、マキア様はかつて地上で争いを起こした神様の一柱で、地上に降りることを禁じられているのだとか。
だから、普通の方法ではあの神剣を回収することはできないらしい。
一応、方法がないことはないらしいが、それがかなり面倒なことらしく、それで渋っているとのことだった。
元はと言えば、神剣を落としたあちらのせいなのに、それを面倒くさいとはどういうことなのか。
私は、思わずじっと睨み返してしまった。
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