第十話:忘れられた地
「私だと神界に行けないと思うんですけど、どうする気なんですか?」
〈そこは抜け道がある〉
お父さんが言うには、神獣として認められているのは、あくまで神力の質によって判断されているらしい。
つまり、容姿などではなく、この人はこういう神力を持っているから、この人物だと特定しているわけだ。
お父さんは昔、神獣として認められていたが、今現在は神力を持っていない。
それは、長い年月によって神様から与えられていた神力が薄まっていき、魔力へと変わっていってしまったせいである。
いや、正確に言えば、神様が持つのが神力で、その神力を得た人が使っているのはあくまで魔力であって、神力ではないというべきか。
神力と同じ性質を持ってはいるけど、根本的に違うもの。ジェネリック医薬品みたいなものだろうか?
だから、薄まっていったというよりは、元から魔力と呼ばれるものだったというべきだと思う。
現状では、お父さんに神力と呼べるものは存在しない。けれど、私は最近神力の取得を目指して神星樹の実を食べまくり、神力をわずかながら得ている。
その微妙な共通点を突くのが狙いなんだとか。
〈ハクの体には我の血が流れている。そして、精霊の体と言うのもあって、魔力が非常に多い。それこそ、当時の我に匹敵するくらいにはな。我に似た魔力と、与えられた神力が合わされば、ハクを我と誤認させることくらいはできるだろう〉
「そんなことが……」
〈もちろんこれは強引な方法だ。できるのは恐らく一回きり、二度目はないと思え〉
つまり、仮に私が神界に行けたとして、何もできずに叩きだされたなら、もうチャンスは巡ってこないということだ。
最低でも、事情を説明できなければ、後は神様自身が気付くのを待つしか方法がなくなるだろう。
かなり重要な役目を与えられたようである。
〈もし余力があるなら、我が直接乗り込むことも考えている。あの馬鹿どもなら、いきなり襲い掛かってきても不思議ではない。本当ならば、ハクにこんな危険な任務を任せたくはないのだが……〉
「もしそれが本当なら、私が行きますよ。弱った状態で行ったら、それこそ殺されちゃうかもしれないじゃないですか」
仮にお父さんに余力があったとしても、神様を相手にできるだけの力が残っているかわからない。
それだったら、万全の状態の私が乗り込んだ方がましというものである。
お父さんにはかなり無理をさせてしまうのだ。それくらいは私がやらないでどうする。
〈すまないが、頼んだぞ〉
「任せてください。必ず、神様に救援を頼んできますから」
〈もし見つけられるなら、境界の神、パドルを頼れ。我の仕えていた神だ、他の神よりは多少ましだろう〉
「わかりました」
境界の神、パドル様ね。見つけられるかはわからないけど、どうにか探してみるとしよう。
他にも色々細かいことを聞きながら、しばらく海の上を旅していた。
それから約一週間。私達は忘れられた地へと辿り着いた。
途中で侵食状況を聞いたけど、結構広がってきているらしい。
あの時あった農村はとうに飲み込まれ、今は黒い大地が広がっているのだとか。
もちろん、大陸全体で見ればまだ被害は軽微なようだけど、着実に広がっているのは確かなようだ。
お母さんは神剣の下を訪れて、何とか抑えられないか試してみたようだけど、流石に元凶を押し留めるだけの力はないらしい。それどころか、お母さん自身も取り込まれそうになるくらい危険だったようで、泣く泣く断念したようだ。
意外と危ない橋を渡っていてこちらとしてはひやひやものである。
避難状況はまだ一割にも満たないらしく、この調子だとどれくらいかかるかわからない様子。
流石に、何も起きてないのに避難する気にはなれないようで、近い場所にいる人から強引に眠らせて一人ずつ運んでいるようだ。
竜も力を貸しているようだけど、やっぱりそれだけではかなり厳しい様子。
何とかしたいけど、こちらからできることは何もない。せいぜい、祈るくらいだ。
できるだけ早く、救援を呼んで泥を取り除いてもらわないといけないね。
「ここが忘れられた地……」
お父さんの背中から地上を見渡すと、荒れた大地が目に入ってくる。
この場所に来て最初に感じたことは、相当魔力が濃いってことだ。
この感じは魔力溜まりと同じ感じだろう。つまり、神力で満ちているのだと思う。
神々が争った影響なのか、ところどころに目で見えるほどの神力が立ち込めている場所もあり、慣れている私でも気持ち悪くなってくるほどに濃密な神力で満ちている。
お父さんは元々神獣だけあって慣れているのか、そこまで気にしていないようだけど、この場所にずっといろと言われたら私はごめん被りたい。
最初に落ちた魔力溜まりとは比較にならないほど気持ち悪いのだから。
〈ハク、大丈夫か?〉
「な、なんとか……凄い神力の濃さですね」
〈様々な神の神力が混在している。神界でもここまで濃いことはないだろう。わかりやすく、死の土地と言うわけだ〉
「死の土地……」
確かに、これでは生物は生存できないだろう。
神力の中ではすくすくと育つはずの植物すら見かけないのは、神々の争いによって土地が荒れてしまったせいだろうか。ただただ、荒野のようなさみしい光景である。
ところどころに建物らしき瓦礫が見えるのは、当時の生活の名残だろうか。
遺跡以上に風化していて、周りが綺麗に何もなければただの岩か何かと思ってもおかしくないほどである。
いったいどれほどの間戦いを繰り広げていたのだろうか。人々に寄り添っていたはずの神様が、ここまで地上を荒らしてしまうのはちょっと考えられないんだけど。
「いったいどうしてここまで……」
〈さあな。奴らのことだ、どうせしょうもない理由だろうが〉
まあ、些細な理由でと言っていたし、それもあり得るのだろうか。
だとしたら、余計にここまでやる理由にはならない気もするけど。
せめて土地の再生とかしてくれたらいいのに。それなら、またここに住むという選択もできたんじゃないかな。
「ところで、神界への道と言うのはどこにあるんですか?」
〈当時、神々が集う大神殿と言う場所があった。そこが一番怪しいだろう〉
大神殿、確かに何かありそうな予感である。
私はこの土地について何も知らないからお父さんに任せるしかないけど、大丈夫だろうか。
こうも荒れ地ばかりでは、どこにいるのかすらわからなくなりそうだけど。
探知魔法が使えればまだましだけど、ここだと役に立たないしなぁ。
〈ハク、気持ち悪くなったら転移で戻って休憩していてもいいぞ。見つけたら連絡する〉
「それは……いえ、ここまできたら一緒にいます。何かあっても嫌ですから」
生き物はいないとは聞いたけど、何事にも例外はあるかもしれない。
例えば、ゴーレムなんかは魔物扱いではあるけど、あれは生き物と言っていいのかわからないだろう。
遺跡のダンジョンでは特殊なゴーレムも出てきていたし、ガーディアンとしてそう言うのがいて、襲い掛かってきても不思議はない。
もちろん、お父さんなら軽く蹴散らせるとは思うけど、神力がないとだめとかだとお父さんだと何もできないかもしれない。
そう考えると、一緒にいたい。
〈いいだろう。だが、体調が悪くなったらすぐに言え〉
「わかりました」
改めて、地上を見下ろしてみる。
何もない荒れた大地。過去の生活を想像することは難しいけど、これが悲しい光景だとは理解できる。
下手をすれば、私達が住む大陸も泥によってこうなってしまうかもしれない。それだけは、何としても阻止しなければならないのだ。
私は改めて自分の使命を確認すると、ぎゅっと拳を握り締めた。
感想ありがとうございます。




