第九話:1万年前の出来事
忘れられた地は、大きさで言うと、五つの大陸の中でも一番大きいルナルガ大陸よりも大きいらしい。
今のように、それぞれの大陸に大雑把に各種族が割り振られていたわけではなく、一つの大陸にすべての種族が存在していたようだ。
お父さんも、1万年前ともなると詳しくは覚えていないようだが、神様の力を借りながら、面白おかしく暮らしていたらしい。
しかし、些細なきっかけで起きた神々の仲間割れにより、大陸は荒れ果て、住めない土地になってしまった。なので、仕方なく別の場所に移動し、その時にそれぞれの種族で別れて行ったらしい。
シャイセ大陸は今でも割といろんな種族が入り乱れているけど、トラム大陸とかはほぼ獣人ばっかりだしね。
「あれ、でも、見渡す限り海ですけど、どうやって渡ったんですか?」
〈その時は、中立の神が海を割って道を作ってやったらしい。中には神と共に戦う奴らもいたらしいが、大半はそれで大陸に渡ったようだな〉
「なるほど……」
海を割るなんて、なんだか神話みたいだね。
いや、実際神様がやったことなんだから神話で合ってるのかな?
それはいいとして、神様と共に戦った人もいたのか。普通に考えて、神様の戦いに人族が介入できると思えないけど、その時は何かあったのだろうか。
いや、もしかして神具だろうか?
神具は、神様の持つ武器の欠片だとかガラクタだとか言われているみたいだけど、もしかしたら、神様が人々も戦わせるためにあえて用意したものなのかもしれない。
守るべき対象である人々をわざわざ戦わせるのはどうかと思うけど、一体どんな理由で争っていたのだろうか。
「お父さんは、当時から活動されていたんですか?」
〈あの頃はまだ若かったが、一応活動はしていた。と言っても、我はすぐに大陸を移動することになったが〉
「神様に命じられたんですか?」
〈そうだ。争っていた連中に仕えていた同胞もいたが、そいつらはほとんど戻ってこなかった。戻ってきたのは、エル達くらいなものか〉
「そうだったんですね……」
確かに、エンシェントドラゴンと呼ばれる竜が少ないなとは思っていた。
1000年を生きるエルダードラゴンはまだ多い方ではあるが、エンシェントドラゴンはお父さんを含めても11体しかいない。
遥か昔、それこそ神様がいた時代から存在していたなら、寿命の概念がないんだからもっといてもいいだろう。
つまり、ほとんどの竜達は神々との戦いに巻き込まれて死んでいったということか。
そう考えると、なんだか悲しいな……。
〈争っていた理由は知らんが、こちらとしてはいい迷惑だった。我が生き残れたのは運がよかったと言えよう〉
「なんだかつらいことを思い出させてしまってすいません……」
〈気にすることはない。神には憤りしか感じないが、ハクが謝るようなことは何一つない〉
お父さんは何でもない風に淡々と答えてくれる。
でも、まさか1万年前にそんな裏話があったとは。驚きである。
竜達はどういう感情を抱いていたんだろうか。自らが仕えている神様に命令されて、同族と殺しあっていたなんて私としてはとても悲しいことだと思うけど。
もちろん、圧倒的に力の差がある人族を蹂躙するのも気分のいいものじゃなかっただろうし、格上である神様に挑むのも気が引けたことだろう。
竜にとっては、戦うことそのものが不利益にしかならなかったように思える。
そんな地獄のような時代を生き抜いた数少ない生き残りがお父さんと言うわけだ。
今でこそエンシェントドラゴンとなって達観しているところもあるだろうけど、当時の衝撃はすさまじいものだったんだろうな。
「一つ聞きたいんですが、私達が神界に行くことは可能なんですか?」
話題を変えるために、私は気になっていることの一つを質問してみた。
神界、その名の通り神の住まう世界である。
そもそもどこにあるのかすらわかっておらず、存在するかもわからない謎の場所。
まあ、神様は実際にいるようだし、そう言う風に伝承で伝わっているのだから、存在はするかもしれないけど、そんな場所に私達は行けるのだろうか?
神界だから、神様しか存在できないとかなったら、直談判云々の話ではなくなってくる。
お父さんは神界への道に心当たりがあるようだけど、道があっても進めなければ意味がない。
そのあたりはどうなんだろうか?
〈神界を訪れることができるのは基本的に神だけとされている。だから、普通の方法では入ることはできないだろう〉
「え、じゃあどうすれば……」
〈基本的に、神のみと言う話だ。例外は存在する〉
神界に入れるのは神様だけと言ったが、正確には神力を持つ者なら入れるらしい。あるいは、神様に認められ、特別に通行を許可された者も入れるようだ。
お父さん自身は入ったことはないようだが、神様は時たま特別気に入った人に加護のようなものを与え、神界へと招待していたこともあるらしい。
また、ある神様は自分の代理となる神獣を地上に送り、報告だけをさせていたというのもあるらしい。
特に竜は、神獣として徴用されることも多かったようで、多くの竜が何かしらの神様に仕えていたようだ。
〈我も行ったことはないが、神獣の一体だった。我の仕えていた神が健在ならば、今もパスは繋がっているだろう〉
「じゃあ、そのパスを辿っていけば……」
〈うむ。神界に行ける可能性はある〉
パスは神様が消滅すると消えるらしいので、お父さんが仕えていた神様が生きていることが前提ではあるが、それを辿れば侵入できないことはないらしい。
お父さんの仕えていた神様がどんな神様かは知らないけど、神様がそうそう死ぬとも思えないし、パス自体は残っている可能性は高そうだ。
でも、そうなると私は何もできそうにないな。
神獣としてパスが繋がっているのはあくまでお父さんであって、私ではない。だから、たとえ神界への道が開いても、私は行くことはできないだろう。
そう考えると、私はお父さんと共に行くのではなく、みんなを手伝って避難を促した方がよかったのではないだろうか。
〈これはあくまで予想だが、我は神界へは辿り着けないと踏んでいる〉
「どういうことですか?」
〈神界への道は本来神のみが開くことができる。それを強引に開こうとすれば、かなりの力を使わなくてはならないのは明白だ。恐らくだが、我は神界への道を開くと同時に力尽きる〉
「えっ!?」
力尽きるって、死ぬってこと!?
いきなりの驚愕発言に思わず鱗を掴んでいる手に力が入る。
神界を開くと同時に力尽きるってことは、私がその先に進めと言うことなのだろうけど、いくら何でもお父さんの命を犠牲にしてまで行きたいとは思わない。
それならば、まだ神様が気付いて何とかしてくれるのを待つ方がましだ。それしか方法がないとしても、初手に切る方法ではないだろう。
心の中に動揺が広がっていく。お父さんを失うなんて、絶対にしたくない。
〈落ち着け。何も死ぬわけではない〉
「そう、なんですか?」
〈言い方が悪かったな。あくまで体力をすべて使い果たして動けなくなるというだけの話だ。もちろん、その間に襲われるようなことがあれば話は別だが、もはやあの地に生き物は残っていない。安心しろ〉
「よ、よかった……」
てっきり死ぬんじゃないかと思って焦った。
神様の世界に行くのだから、それくらいの代償があってもおかしくはなかったし、言い方をもっと考えてほしいところである。
でも、油断は禁物だ。
いくら生き物がいないとは言っても、イレギュラーがあるかもしれないし、お父さんに対しての守りも必要になることだろう。
後は、資格がないはずの私が通れるかも問題になってくる。
そのあたりをどうするのか、私はお父さんを問いただした。
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